絵を盗んだ男
翌朝、シンザーとウィズモアは、デレインの案内でモルヴェドが働いている木工所を訪ねた。シンザーの見立てに間違いがないか?確認するためだ。デレインが木工所の支配人に話をつけ、モルヴェドを連れてきてくれた。
「忙しいところなのにすまないな。少しつき合ってくれ」
これからする話は、ここでできるような話ではない。だから、シンザーは場所を変えることにした。これにはモルヴェドもこくりと頷いた。
「傷、治ってきたみたいだな」
「ええ、まあ…」
モルヴェドが勤めている木工所は、ライール川の近くにある。堤防の上からライール川を眺めながら、シンザーはモルヴェドを気遣った。それに対して、モルヴェドは何とも言えない返事をした。
「絵を切った犯人、捕まったそうですね」
不運な偶然だったとは言え、モルヴェドはあの事件の被害者だ。関心はあるだろう。だが、それは自身が被害者だから…だけではない。シンザーはそう睨んでいる。
「ああ…何者かに、カネで頼まれてやったそうだ。お前も災難だったな」
シンザーは簡潔に絵を切り裂いた男ピサロのことを話した。
「ええ、まあそうですね…」
ここでもモルヴェドは何とも言えない返事をした。自身のもとへ魔法戦士がやって来たのはなぜか?心当たりがあるからだ。
「あの時、ギャラリーで気付いたんだけどな…その上着、裏地が破れているよな?」
事実を確認するシンザーに対して、モルヴェドはあらぬ方向に目をやってしまう。そして、何かを隠すように上着の裾を掴んだ。
「どこで、何に引っ掛かって破れてしまったんだ?」
「…覚えてませんよ。そんなこと」
問い詰めるシンザーに対して、モルヴェドは落ち着きをなくしてしまう。
「そうか。ところで…テネラニ画伯のアトリエに、絵の入っていない額縁が1つだけあってな。元々は寄り添うツバキが収められていたそうだ」
何でもないことのようにシンザーは話すが、モルヴェドは不安げな体の揺れを抑えることができない。
「木製の太いフレームには彫刻が施され、その一部に繊維が引っ掛かっていた」
ここでシンザーは魔法の小瓶を取り出した。その中には光沢のある紺色の繊維片が入っていた。
「光沢のある紺色の繊維で…そうそう。この裏地の繊維じゃないかと思ってね」
「この裏地はそんなに珍しい物じゃない。どこにでもあるような裏地ですよ」
モルヴェドの説明には一理ある。だが、後ろめたいことがあるのだろう…その説明は早口だ。
「色は似ていますが、それは俺の上着の繊維じゃないかもしれない」
それが自分が着ている上着の裏地と同一のものなのか?証明するのは難しいはずだ…モルヴェドはそう考えていた。
「ルクエ782180434モア」
ここでウィズモアが、一聞すると意味のないように思える文字と数字の羅列を口にした。その羅列の持つ意味が分からないようで、モルヴェドは戸惑っている。だが、これこそモルヴェドを追い詰める切り札だ。
「PMDは作られる際に固有の記号が付与されます。それはこの繊維片からも検出済み…つまりこの繊維片は、PMDの一部だったということです。あなたの上着を調べさせてもらってもいいですか?」
ウィズモアに問い掛けられたモルヴェドは、返事をすることができなかった。
「お前のことは色々と調べさせてもらった。窃盗の前歴が数回あるそうだな。手口はいずれも留守宅に侵入し、現金や宝飾品を盗み出すというもの…テネラニ画伯のアトリエに盗みに入ったな?」
「いや…」
シンザーはモルヴェドの犯行を確信し、問い詰めた。モルヴェドは尚も否定しようとするが、その声は掠れている。
「お前はアトリエから寄り添うツバキを運び出そうとした。そのまま抱えていてはあまりにも目立つ…だから、その上着で隠して持ち出そうとした」
まるであの時の出来事を見ていたかのようなシンザーの見立てに、モルヴェドは目を見開いてしまった。
「だが、絵の額縁のフレームは太くて厚みがあった。それをバレないように包むのはかなり難しい…何度か試してみたものの上手くいかず、その際に裏地が破れてしまった」
ウィズモアとデレインは、事前にこの見立てを聞いている。改めて聞いても、非の打ちどころのないもののように思える。
「だから、額縁から絵を外して持ち去ることにした。その後、お前はテネラニ・キリマベラジ追悼展に、寄り添うツバキが出品されることを知った」
ここまで来ると、その後の展開は誰にでも分かる。
「驚いたでしょうね…自分が盗んだはずの絵が、追悼展に出品されていたんだから」
ウィズモアの指摘はもっともだ。
「どういうことなのか…お前は確かめずにはいられなくなった」
だから、あの時モルヴェドは追悼展にいたのだ。
「そして、あの事件に遭遇した」
これがシンザーの見立てだ。それを聞いたモルヴェドは観念したのか、手を膝についてガックリとうなだれた。
「話は後でゆっくり聞かせてもらうからな」
そんなモルヴェドの肩に手をかけ、デレインが引き起こした。
観念したモルヴェドを、デレインがファブロス隊の拠点に連行していく。まだやることが残っているので、シンザーとウィズモアもついていくことにした。拠点にいた魔法戦士にモルヴェドを引き渡すと、一先ずカフェで一服だ。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?なぜモルヴェドに目をつけた?」
紅茶を飲みながら、デレインがシンザーに尋ねた。
『何となくだ』
あの時、シンザーはへらへらと笑いながらそう答えた。だが、何らかの根拠があったはずだ…それはデレインだけでなく、ウィズモアも知りたいと思っていた。
「俺達が絵を鑑賞していた時、アイツは寄り添うツバキを見ながら『なんで…』って言ったんだ。それだけだよ」
「そうか」
いかにもシンザーらしい…デレインはそう思った。
それはモルヴェドを疑うには弱すぎる根拠だ。だが、モルヴェドを観察するにはそれで十分だ。そして、これにはウィズモアも驚きを隠せなかった。
そこにいたのはシンザーだけではない。自分もいたのだ。でも、モルヴェドがそんなことを呟いていたことには、まったく気付かなかった。改めてシンザー・アーチバルドという男の凄さを目の当たりにし、ウィズモアはただただ感服していた。




