能天気な二人
「ん~美味しかったね~」
満ち足りた笑顔を浮かべながら、ウィズモア・ラヴァリーノは隣を歩く青年に話し掛けた。
「お前も物好きだよな」
隣を歩くシンザー・アーチバルドは、苦笑しながら答える。
「分かってないな~、シンザーは。まぜそばには世界があるんだよ」
したり顔のウィズモアが、まぜそばの素晴らしさを語り始めた。
「甘味とキレのあるお醤油の味わい、さらには魚介の風味…これだけでも至高の美味しさなのに、まぜそばの主役はやっぱり麺だよね!しっかりとした食感は、自家製麺だからこそ。ガツンと来る濃厚な味が特徴のタレに負けない太くてちょっと短めの麺。ツルツルでモチモチで小麦粉の香りもしっかりと感じられて…とにかく、まぜそばには世界があるのよ!」
ウィズモアはまぜそばの素晴らしさを、一気にまくし立てた。
たいしたもんだな…まくし立てられたシンザーは感心してしまった。ウィズモアの言っていることは、ついさっきまで自分達がいた『麺処恋に酔う』の名物オヤジに吹き込まれたことだ。
初見の客には自分が作ったまぜそばがいかに旨いのかをこんこんと言い聞かせる困ったオヤジだからな…ウィズモアの説明を聞いたら泣いて喜ぶだろう。それでも初体験のまぜそばがどれだけ美味しかったのか…それはウィズモアの表情を見れば、よく分かる。
「スープと麵のバランスは大事だからな…」
確かに旨いが、シンザーにとってはいつもの味だ。でも、水を差す訳にもいかない。ここは上手い具合に調子を合わせるべきだろう。
「そう!そうなのよ!!」
火に油を注いでしまったような気もするが、これは自身で選んだ道だ…シンザーはとことんまで付き合う覚悟を決めた。
同じことを何度も言い聞かされたような気もするが、それでもいつかは終わりがくるというもの…どうやらウィズモアも満足したようだ。ようやく別の話題に移れそうで、シンザーは人知れず安堵した。
仕方がないことではあるんだけどな…ホッとしながら、シンザーは自分とウィズモアの違いを改めて思い知らされていた。
名家として知られるラヴァリーノ家のウィズモアが、これまでの人生でまぜそばを食べる機会があったとは思えない。一方でアーチバルド家は、名ばかり貴族と言っても過言ではない家柄だ。なので、シンザーにとって『麺処恋に酔う』は行きつけの店の一つだ。
「まあ、高けりゃ旨いってもんでもないってことよ」
シンザーがよく行くお店に行ってみたいと言い出したので連れてきてやったが、ウィズモアも満足してくれたことだし…上手くいったと言っていいだろう。
「うん?何?」
シンザーが何やら呟いたようだが、ウィズモアはそれを聞き取れなかった。
どうやら思いが口を衝いて出てしまったようだ。こいつはうっかりだぜ…シンザーは再び苦笑した。
「何でもねえよ」
話したくないという訳ではないが、わざわざ話すようなことじゃあない…だから、シンザーは言葉を濁すことにした。ウィズモアは少し不満そうだけれど。
「ところで…俺達はどこに向かっているんだ?」
ウィズモアのまぜそば絶賛話を聞きながら歩を進めているうちに、2人はガイラルディア通りにやって来ていた。行き先はウィズモアのみ知ることだ。
「ん…チケ屋のナザリトの所」
だろうな…察しはついていたので、シンザーは特に驚きはしなかった。
「何でそんな所に?」
「あそこのジンジャーエールは最高だからね!」
聞かなくても分かっていたことだが、それでも聞いたシンザーに、ウィズモアは弾けるような笑顔で答えてくれた。
チケ屋のナザリトは、チケットの売買だけでなく絶品のジンジャーエールも作っている…それはシンザーが教えたことだ。だから、ガイラルディア通りにやって来た時点で目的地の予想はついていた。驚きはない。それでもシンザーは足を止め、驚きを隠せない表情を浮かべた。
「うん?先生じゃん」
同じく足を止めたウィズモアが、彼女達と彼に気が付いた。
ウィズモアが先生と呼ぶ人物は、立場上はその地位にあるが歳は同じだ。この魔法の王国レガルディアで、最高の魔法使いと言っても過言ではない…ユリーシャ・リム・レガルディアである。
「今日はカレンと一緒みたいだね」
「そうだな」
ウィズモアの言う通り、確かにカレンがお供をしている。だが、シンザーはあまり興味がなさそうに返事をした。とは言え、カレンをしっかりと観察することは怠らない。
カレン・グランシェール…確かユリーシャ専属の魔法戦士の一人だったはずだ。それなりに腕は立つようだが、シンザーに言わせるとまだまだ甘い。正規の魔法戦士の、それも二位武官の地位にある者をそれなりに腕が立つ…とは不当な評価のようにも思えるが、シンザー自身は一位武官なんだから仕方がない。
「それから噂のルーキー君もいるね~」
「そうだな…間違いなく有名人だ」
少し茶化すようにウィズモアが評した男、ショウ・ナルカミこそがシンザーを驚かせた男だ。
たいしたもんだ…見るとはなしに観察しているシンザーといえども、ショウのことを認めざるを得なかった。
シンザーが初めてショウを見たのは、去年の10月だった。その時、ショウは軍の施設で魔法樹の森に挑んでいた。それは馬鹿の一つ覚えのような生産性のない挑戦で、評価すべき点は何一つなかった。
だから、その後にショウが正規の魔法戦士になったという話を聞いた時には驚きしかなかった。何か見えない力が働いたんだろう…そう思っていた。だが、そういう訳でもなさそうだ。それは動きを見れば分かる。
男子、三日会わざれば刮目して見よ…まだ見習いだった頃のシンザーがめきめきと腕を上げる様を、剣の師匠がそのように評した。後になってその意味を知り、少しばかり得意になったものだ。今なら師匠の気持ちがよく分かる。こいつはマジでたいしたもんだぜ…。
「少し目つきが鋭くて暗いイメージがあるけど…でも、間違いなく先生のタイプね」
「それはそれはまあ…」
シンザーの周りにもユリーシャの熱狂的なファンが数人いる。彼らがウィズモアの評を知ればがっかりするだろう。
「噂のルーキー君のこと…意識してる?」
シンザーの心情を慮ってか…ウィズモアは少し控え目に聞いてきた。
「してないと言えば嘘になる」
シンザーは赤い髪の女の捜索に最初期から関わっていた。だが、何の手がかりも得ることはできなかった。だから、この件はどうにもならないだろうと思っていた。
「何か…持っているのかもしれないな」
ショウがユリーシャと共にアインラスクを訪問した際、赤い髪の女が関わる事件に遭遇した。エステルマギの埋蔵金事件と名付けられたこの事件については、シンザーも詳細に知っている。
その上で思うのだ…不公平だろうと。シンザーもこれまでに何度もアインラスクに足を運んできた。ちょっとした事件に遭遇し、向こうの魔法戦士と協力して解決したこともある。だが、そこにあの女の影などなかった。
「何かって何?」
「それが分かれば苦労はしないさ」
何かが気になるようでグイグイきたウィズモアに、シンザーは苦笑しながら言葉を返した。
誰もが賞賛する成果を残した。それは間違いない。でも、それがショウにとって良かったのかと言うと…決してそうとは言い切れない。
一位武官であるシンザーは、ショウが次に命じられた任務のことを知っている。それは過酷なものになる可能性が高い。裏に潜む事情を知れば、誰もがそう思うだろう。
頑張りすぎるなよ。それから…生きて帰ってこい、必ずな。ガイラルディア通りと直交するエリオット通りを、博物館の方へ向かっている3人を見送りながら、シンザーは心の中でエールを送った。




