早咲きのツバキ
「うん?もしかして…これ、ツバキだよ」
「そうか…」
葉の形からそうかもしれないと思っていたが、ウィズモアが断定してくれたのはシンザーにとって心強かった。だが、テネラニがスケッチしたツバキは花が咲いているが、目の前にあるツバキは既に花の時期は終わったようだ。
「全体の雰囲気からして、これをスケッチしたんだろうな」
それでもそこにあるツバキは、テネラニのスケッチとよく似ている。花は咲いていないが、これをスケッチしたとみて間違いないだろう。
ここは詳しい話を聞きたいところだ。それがこの事件の謎を解く鍵になるかもしれない…そんなシンザーの思いに応えてくれそうな人が、すぐそばにいた。
「ひょっとして…賃貸希望の方ですか?あっ…私、ここの管理人をしている者です」
丁度いいところで、管理人のお爺さんがにこやかに話し掛けてきたのだ。このお爺さんから色々と話を聞くことにしよう…シンザーだけでなくウィズモアもそう思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
「お二人で住まわれるには少し広いかもしれませんが、将来的なことまで考えると…ここはいいですよ~」
管理人のお爺さんは何やら勘違いをしているようだ。まあ、それは気にしないでおこう。シンザーは軽く受け流したが、ウィズモアは妙に照れている。それも気にしないでおこう。
「いえ、そういう訳ではないのですが…あまりにも見事な庭だったもので、つい見せていただきました」
シンザーはまったく動揺することなく、適当に誤魔化した。少しぐらい動揺してもいいのに…ウィズモアは不満に思うが、それを口に出したりはしなかった。
「それはそれは…嬉しいことで。どうぞ、中へ。さあさ…遠慮しないで」
これは断れないヤツだ。なので、シンザーとウィズモアは少し休んでいくことにした。
管理人のお爺さんは2人をこの邸宅の離れに案内すると、自分がこの近くに住んでいることや普段は婆さんと一緒にここの掃除やら何やらをしていること、今日は婆さんが孫の相手をしていること、それからこの邸宅の魅力を延々と語ってくれた。ツバキの話を聞きたいところだが、その機会はなかなか訪れない。
「とは言え、最近はなかなか手入れも行き届きませんで…見ていただくのもお恥ずかしい限りなんですが」
「いえいえ、決してそんな」
管理人のお爺さんは謙遜するが、シンザーは十分に手入れされていると感じていた。
「あの、あちらのツバキなんですけど…」
ようやく話を聞けそうな雰囲気になったので、ウィズモアは気になっていることを聞いてみることにした。
「おお、あれに目をつけて下さるとはお目が高い。ソブリオという早咲きの品種でしてね…小ぶりながら、なかなかのツバキなんですよ」
早咲きの品種…管理人のお爺さんは何でもないことのように話してくれたが、シンザーはそこに見過ごせない何かを感じていた。
「あの、それで…このテネラニ・キリマベラジという画家さんが、ここに写生に来たことはありませんか?」
ウィズモアはテネラニの写実画を見せながら、管理人のお爺さんに尋ねた。
「テネラニ…キリマベラジ……」
管理人のお爺さんは、しばらく虚空を見やった。なんとか思い出そうとしているようで、難しい顔をしている。
「いつだったかは、思い出せんのですが…確かに来られましたよ」
ようやく思い出せたことが嬉しかったのだろう…管理人のお爺さんは、一転してにこにこ顔で答えてくれた。だが、その笑顔はすぐに曇ってしまう。
「先日、心中なさったとか…もったいないことをなさいました」
管理人のお爺さんは、心の底から残念そうに評した。
「先程、ソブリオは早咲きの品種とおっしゃられたと思うのですが…」
シンザーには気になることがある。それを管理人のお爺さんに聞いてみた。
「ええ、11月ぐらいから咲き始めて…2月ぐらいには散り始めますかね。3月になると綺麗さっぱりですよ」
ソブリオのことを聞かれ、管理人のお爺さんはこぼれるような笑みを浮かべながら答えた。
「ツバキは4月…ううん、5月になっても咲いてるものと思っていました」
ウィズモアが目をキラキラさせながら興味深そうに感想を述べると、管理人のお爺さんはぐぐっと身を乗り出してきた。
「普通のツバキと比べると早くに散る…その潔さが、なかなかいいところなんですよ」
ウンウンと頷きながら、管理人のお爺さんはソブリオの魅力をアツく語ってくれた。管理人のお爺さんとウィズモア。どうやらツバキについて歓談できる仲間のようだ。
「ツバキは育てやすくて、木の寿命も長いところがいいですよね」
「花はもちろんのこと、光沢のある濃い緑の葉にも魅入られてしまいますよ」
花は散っているが、ウィズモアと管理人のお爺さんの話には花が咲きまくっている。
「3月ね…」
その一方で、シンザーは花が散る時期に注目していた。そこには明らかな綻びがある。突破口ができたな…そう思いながら不敵な笑みを浮かべつつ、2人の雑談が一段落するのを待つことにした。




