疑われるラグーザ
翌朝、シンザーはいつものようにウィズモアを迎えにいき、昨日と同様に離れで朝食をとることにした。今朝のメニューはたっぷりキノコのスープパスタと春野菜と山菜を使ったサラダ。昨日の朝食に勝るとも劣らない逸品である。
食後はソムニアが淹れてくれた紅茶を飲みながら、至福のひとときを過ごすことに。でも、昨日のことがあるので、そんなにゆっくりはできない。シンザーは言伝て屋を頼み、ニャブリに遅れることを伝えた。昨日と同様にソムニアに見送られながら、シンザーとウィズモアは離れを後にした。
向かった先は拠点ではない。テネラニ追悼展だ。そこでは開館を待つ人が行列を作っていた。あの事件以降、シンザーは画廊を訪れていない。ウィズモアもそうだろう。事前に聞いてはいたが、これには驚きしかない。チケットが暴騰していることが、よく分かるというものだ。
「凄いね…」
ウィズモアは思わずそう呟いてしまった。テネラニファンの一人としては、嬉しい限りだ。
「そうだな。行くぞ」
その気持ちはよく分かるが、今日は絵の鑑賞に来た訳ではない。だから、シンザーはウィズモアを連れて中に入ることにした。
あの切り裂き事件以降、入り口は軍の魔法戦士が警備している。まだ開館していないが、シンザーは自身の階級章を見せ、中に入ることにした。それを見た魔法戦士が直立不動になってしまったので、ウィズモアはペコペコと頭を下げながらシンザーについていった。
画廊の奥まった所に、切り裂かれた寄り添うツバキが展示されていた。それを見たシンザーは、満足げに頷いた。ニャブリに動いてもらったこと…それは絵の返還だ。そして、ラグーザは返還された絵をすぐに展示することにしたようだ。ここで待っていれば、ラグーザはやって来るはず…少し待たせてもらうことにしよう。
奥から出てきたラグーザは、開館を待っている人々に深々と一礼をした。そこでシンザーとウィズモアが、開館の前にも拘らず画廊に入っていることに気が付くと、困惑した表情を浮かべながら2人のもとへやって来た。
「まだ、開館前なのですが…」
シンザーとウィズモアが何者なのかを知っているので、追い出すようなことはしない。それでもラグーザは迷惑そうに抗議した。
「お手間は取らせませんので」
こういう時のシンザーは実に紳士的だ。いつもとは大違いよね…ウィズモアは改めて感心してしまった。
「寄り添うツバキ、戻ってきたんですね」
切り裂かれたままではあるが、それを見たウィズモアは嬉しそうに言った。
「昨日の閉館前に返還されました…本当にありがたいことです」
それはシンザーが動いた結果なのだが、ラグーザがそれを知る由もない。それでもラグーザは、シンザーとウィズモアに軽く会釈した。
「でも…このまま展示しちゃっていいんですか?」
裏打ちもレタッチもされていない絵を見ながら、ウィズモアがラグーザに質問した。
「妙なもので…この状態を見たいという要望が数多く寄せられていまして。奥様にも了解を得ています」
妙なものと言いながら、ラグーザは困惑している訳ではないようだ。シンザーには、その理由が何となくだが分かった。
「作品に向けられた憎しみも、テネラニ・キリマベラジという画家を彩る物語の一つ…そういうことなんでしょうね」
「大衆とは、得てして物語性を求めるものですから」
シンザーは一般論としてこの状況を解説し、ラグーザもそれに同調した。
「でも、ラグーザさんには、そのことが初めから分かっていたのではないですか?」
絵画の持つ魅力について、ああだこうだと語り合うのも悪くない。だが、それほど時間がある訳でもない。だから、シンザーはここで動くことにした。
「はあ?」
それは意外な質問であり、同時に心外な質問だったのだろう…ラグーザは少しばかり不快感を示した。
「この追悼展、私達が来た時よりも人気出てますよね。以前はあんな行列なんてなかったですから」
とは言え、シンザーに同調するように事実を指摘したウィズモアの言い分はもっともだ。離れでの打ち合わせ通りではあるけれど。
「芸術に興味を持っている人はもちろんのこと、これまで芸術に縁遠かった人も、事件によってテネラニ・キリマベラジという画家の名を知り、例の心中事件を知り、画伯の作品に興味を抱いた…」
目の前の事象を言葉に表すと、シンザーの言う通りになる。
「不謹慎を承知で申し上げれば、追悼展のタイミングで世の中の注目を集めるというのは、画家にとってなかなかの幸運です」
シンザーは言外に匂わせてやった。そして、それはラグーザにも伝わったようだ。
「何が…おっしゃりたいんですか?」
だから、ラグーザはそれをはっきり言うように促した。
「単刀直入に言いますと…寄り添うツバキ切り裂き事件を仕組んだのは、あなたじゃないですか?」
自身と同じく芸術を愛する者として、そのようなことは決してないと思うが、ウィズモアは心を鬼にして問い質した。
「生前のテネラニ・キリマベラジは、画壇での評価がそれほど高くはありませんでした。しかし、あなたは早くから彼の才能を見抜き、作品を多数購入していたと聞いています。だからこそ、このような追悼展を開くことができた」
シンザーでなくても、ラグーザのことを調べれば誰もがそう推測するだろう。
「作品の価値を上げるには作者の名前を広めるのが一番。ですから…」
少し大げさかも…と思いはしたが、身振り手振りも交えて、ウィズモアはラグーザを疑っていることを示した。
「私が指示して…この絵を切り裂いたと。そう…言いたいのですか?」
それは芸術を愛する者にとっては、侮辱以外の何ものでもない。ラグーザの声が怒りで震えている。
「どうでしょう?動機としては無理がないように思えますが?」
お構いなしに、シンザーは涼しい顔で問い掛けた。
「当たり前ですよ。画家の名を広めるために、その画家の絵を切り裂く?あり得ませんよ!」
怒気をはらんだ声で断言し、ラグーザはこの場を立ち去った。残されたシンザーとウィズモアは、顔を見合わせて肩をすくめた。




