暴騰するチケット
ウィズモアにとってはいつもの朝ご飯だが、シンザーにとってはいつもとは段違いに美味しい朝ご飯を堪能し、2人はラヴァリーノ家の離れを後にした。見送ったソムニアは、ウィズモアがご機嫌だったことに満足していた。
「まずはニャブリの所に行くんでしょ?」
「もちろん」
今朝は妙に機嫌がいいウィズモアに聞かれ、シンザーも笑みを浮かべながら答えた。
ウィズモアの言うニャブリの所とは、ファブロス隊の拠点のことである。どうも拠点とは言いたくないようだ。可愛くないからとか…そういう理由だろう。その気持ちは分からなくもない。シンザーにとってはどうでもいいことだが。
離れでのんびりしていたせいで、拠点に着いたのはいつもより遅かった。だからと言って、誰かから咎められるようなことは滅多にない。軍の魔法戦士の中でも、ファブロス隊は時間に縛られることは稀だ。だから、シンザーはここにいるのだ。
「今朝は少し遅かったですねぇ…」
いつものように、のんびりと問い質してきたのはニャブリである。稀なことだが、そういうことがない訳ではない。
「例の件について調べていたんで」
実際はソムニアが作ってくれた朝ご飯を堪能していたのだが、テネラニに関する話もしていたので、あながち嘘という訳ではない。
「それについて、隊長に動いてほしいことがあります」
ファブロス隊の隊長であるニャブリは、こう見えていつも忙しくしている。拠点にいないことは珍しいことではない。そういう意味では今日はついている。
シンザーの要請を、ニャブリはすんなり受け入れた。そもそもそれほど無茶な要請ではないので、ニャブリにも断るという選択肢はないだろう…ここまではシンザーの思惑通りに事が運んでいる。
これで今日の用事の一つは終わりだ。ここからはいつも通りブラブラすることになる。いつものようにチケ屋のナザリトの所に行くことになるが、それは世間話をするためではない。
「今日も暇そうだな…でも、何でもやる隊が暇なのはいいことだよな」
相変わらず聞き捨てならない言葉を連発するナザリトだが、その言い分には一理ある。いつものようにジンジャーエールを堪能しながら、シンザーは頷いてしまった。
「この前のチケットのことなんだが…あれからどうなってる?」
それこそシンザーが知りたかったこと。暇で暇でしょうがない訳ではない。
「色んな人から話を聞いてね…ちょっと強気の値段に変えたんだ」
ナザリトが提示したテネラニ追悼展のチケットの額は2000リガ。それはシンザーがチケットを買った時の20倍に当たる額である。
「それはそれはまあ…」
ついこの前まで暴落していたチケットが、今度は暴騰である。これにはシンザーも苦笑してしまった。
「どうしてそんなことになったんですか?」
ウィズモアは目をぱちくりさせながらナザリトに尋ねた。
「追悼展で絵を切り裂く事件があっただろう?それ以降、興味を持つヤツが増えてるんだよ。これでも安いぐらいさ」
ナザリトはほくほく顔で答えてくれた。
確かに暴騰したが、それ以前が酷い有り様だったからな…適正価格に戻っただけと言われれば、それまでのことだ。頬がゆるみっぱなしのナザリトを見ながら、シンザーは冷静に分析していた。
「そう言えばお前さん達に売った日だったな…あれから見に行ったのか?」
「そうだ」
シンザーとウィズモアが事件に巻き込まれたことを察したナザリトは、ほくほく顔から一転して少しバツが悪そうになった。
「気にすんな。俺はまったく気にしていない」
事件なんてものは必ず起きるものだ。だったらその場に居合わせた方が解決の可能性は高まる。だから、シンザーは気にしていない。ウィズモアもそうだろう。
もっともナザリトがそういう人柄だからこそ、シンザーはこのチケ屋を贔屓にしているのだ。そして、同じようにその人柄に惹かれてやって来たヤツがいた。
「ようシンザー、久しぶりだな。そっちは新しい女か?」
ボサボサの髪に無精ひげとだらしない服装、にも拘らずどこか憎めないこの男の名はパネンカ。レガルディア・タイムズの記者だ。
「ちげえよ…この娘はウィズモア・ラヴァリーノ。俺の部下だ」
シンザーは簡潔にウィズモアの紹介をし、ウィズモアは軽く会釈した。
「そして、こいつはパネンカ。レガルディア・タイムズの敏腕記者だ」
シンザーは簡潔にパネンカの紹介をし、パネンカはガハハと馬鹿笑いをした。
パネンカを加えて4人になった一同は、ジンジャーエールを片手に雑談に花を咲かせた。先程までチケットの話をしていたので、話は自然とテネラニ追悼展のことになる。
「俺達もこの前行ったんだけどさ…あれからテネラニ追悼展はどうなっている?」
ナザリトからチケットが暴騰している話は聞いたが、それは結果だ。そこに至った原因…パネンカならそれを知っているはずだ。
「レガルディア・タイムズでは、事件の翌日の記事でかなり詳しく伝えた。それもあって、事件以降に訪れる人が増えたんじゃないかな」
いい記事が書けた自負があるのだろう…パネンカは少し自慢げに話してくれた。
「どうしてあんなに詳しい記事が書けたんですか?」
ウィズモア自身はその記事を見ていないが、高機能ゴーレムのウィズはしっかりとそれを読んでいる。その上で生じた疑問。この記事、詳しすぎじゃない?
あの切り裂き事件は昼下がりに起きた。そこから取材をして記事を書いていたのなら、こんなに詳しくは書けないはずだ…実際に他の新聞では、この事件の扱いは小さい。どういうことなんだろう?それを知れば誰もが気になるはずだ。
「追悼展の記事はもとからあったんだ。採用されなかったんだけどな。つまり、あの事件のおかげで日の目を見たって訳だ」
パネンカの説明は理に適っている。ウィズモアも納得することにした。
もっともあの時画廊にはそれなりに人がいたからな…口コミで追悼展のことを知ったって人もいるだろう。或いはその中にサクラがいたのかもしれない。何にせよ、シンザーは自身の見立てが間違ってはいないように思えた。
だが、そこには大事なものが欠けていた。ここは鎌を掛けてみるしかないだろう…そうするだけの価値はある。さてさて、明日は何が出てくるか?それを楽しみに待っていることに気が付いたシンザーは、少しばかり苦笑してしまった。




