支えていた人達
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
翌朝、シンザーがウィズモアを迎えに行くと、そこにウィズモアの姿はなかった。門で待っていたのは、いつもウィズモアと一緒にいるメイドさんだけだ。
「ソムニアさん…だっけ?ウィズモアはどうしたんだ?」
シンザーの疑問はもっともである。
「お嬢様は離れで待っております」
そう答えたソムニアは、踵を返して邸宅へ向かった。状況がよく分からないが、ここはソムニアについていくしかなさそうだ。シンザーは肩をすくめて、後を追うことにした。
案内されたのは、邸宅に隣接するように造られたシックな離れだった。どうやらウィズモアはこの中で待っているようだ。ソムニアに促され、シンザーは離れに入ることにした。
そこはカウンター席のみの食堂のような部屋になっていた。黒を基調とした部屋は、洗練された中にもほどよく柔らかさを感じさせる。シンプルでありながら曲線を多用したデザインの椅子や食器棚を配置することで、品の良さと優しさが演出されているようだ。ほっとくつろげる空間とはこのことだろう。
「いい部屋だな。それで…朝っぱらから何をしようとしているんだ?」
ラヴァリーノ家の離れに相応しいと思うが、ウィズモアがなぜここに案内したのか?それがシンザーには分からなかった。
「ソムニアはすごく料理が上手で、将来はお店を持ちたいって考えてるの。だから、応援してあげたくて」
「そうか…」
つまりソムニアが独立した際には、シンザーにも利用してほしいということだ。将来の顧客作りは大事なことだからな。
「朝はまだでしょ?」
「もちろん」
シンザーはいつもファブロス隊が提携している食堂で朝食を済ませている。安くて旨いし量も十分な朝定食、シンザーにとっては最高の朝ご飯だ。
「じゃあ、ここで食べていこうよ」
「そうだな」
ウィズモアの薦めを断る理由はない。今日はこの離れで朝ご飯をいただくことになった。
ソムニアが作ってくれた朝ご飯はカルボナーラとミネストローネ。いかにもウィズモアが好きそうなメニューだ。比べるのも馬鹿らしいことだが、シンザーは普段の朝定食と比べてしまう。間違いなくこちらの方が美味しい。ウィズモアが推すだけのことはあるね。
「テネラニ・キリマベラジってさ…あんなに素晴らしい絵を描くのに、以前はそんなに評価が高くなかったのよ」
朝食の後にソムニアが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ウィズモアがおもむろに切り出した。
「そうなのか…それは意外だな」
シンザーはテネラニの作品をあの追悼展で初めて見た。それでも何かを感じたものだ…あれ程の絵を描ける画家なら、早くから評価されていても不思議ではない。
「情熱的な画風は、画壇では小手先の表現だって言われてたの。それでもロマネラはテネラニの才能を信じて疑わず、献身的に支え続けたのよ」
シンザーはウィズモアほどテネラニのことに詳しくない。今後、何かの役に立つかもしれないな…そう思いながら話を聞くことにした。
「糟糠の妻って言葉は、こういう人のためにあるよね」
「そうだな…」
確かにその通りだ。セルヴェンカ家が名家だからこそできたことかもしれないが、それにしたってたいしたもんだ。
「そんな奥さんを裏切っていたんだからな…罪な男だぜ」
そういう話を聞くと、少しばかり非難するような口調になるのは仕方がないことだ。もっともそれについてはシンザーは疑問を抱いている。でも、敢えてそれを話さなかった。
「ねえ、ソムニアはどう思う?」
ここでウィズモアはソムニアに話を振った。将来、お店を持つのであれば、ただ美味しい料理を作れるだけでは駄目だ。お客さんとの会話は必要不可欠である。
「そうですね…いかにも芸術家、という気がしますね」
ソムニアは、自身が淹れた紅茶の出来に満足げに頷きながら答えた。
「ん…そだね。天才と言われた芸術家の中には、女性関係が派手だったことで知られる人が結構いるよね。彼らの本能に任せた愛情生活は、自らの芸術を深めるための営み…そういうふうにも考えられているの」
この分野に詳しいウィズモアが、得意顔で講釈してくれた。
「なんつうか…一般常識が通用しないのが芸術の世界って感じだな」
ランドルフと同じようなことをしてんじゃねえよ…そこは普通に『飾り窓』でいいだろう。自身も多少は女遊びをするシンザーは、そう思ってしまう。
「テネラニもノガラとの恋愛によって、作品に魂が宿るようになったって言われてるのよ」
シンザーはウィズモアの解説に納得しかねる何かを感じていた。だが、今はそれを受け入れることにした。
「魔性の女が芸術の女神の役割を果たしたのかもしれませんね」
「まあ、色っぽい女であることは間違いないな」
控え目に感想を述べたソムニアに対して、シンザーは自信満々に事実を述べた。
大陸では様々な神様が信仰されている。それはレガルディアにも伝わっているが、芸術の女神はノガラを彷彿とさせる色っぽい女性として描かれるものだ。話を広げるのが上手いね…シンザーは紅茶を飲みながら少しばかり感心していた。一方で、心穏やかでないのがウィズモアだ。
「うん?それは…クラクラしちゃたってこと?」
昨日のことを思い出し、ウィズモアは少し不愉快になってしまう。
「いやいや、そんなことは…ありませんよ」
シンザーはこれまでに何度もこういう状況に遭遇してきた。だから、ここは丁寧な口調でおどけてみせた。
「おやおや、君は何か誤魔化そうとしてますねぇ…」
キャラが変わってんぞ…妙な口調になったウィズモアに、シンザーは苦笑してしまった。
「何を言ってるのやら…俺がクラクラするのはお前だけ」
こういう時には定番文句がある。それをウィズモアに使うとは思わなかったが。
「調子に乗ってる~」
ウィズモアはクスクスと笑いながら、シンザーの首を絞めにかかった。
「クラクラする、やめて」
もちろん、本気で絞めている訳でもないし、本気でやめてほしい訳でもない。それが分かっているから、ソムニアはクスクスと笑うだけで止めはしない。
「そう言えばもう一人いたな。テネラニ・キリマベラジを支えていた人物が…もう一人」
ウィズモアの首絞め攻撃から何とか逃れたシンザーは、鋭い目つきで指摘した。
「もう一人って?」
意外なことに、ウィズモアは気付いていないようだ。まだまだ甘いな…そう思いながら、シンザーは次なる手に考えを巡らせていた。




