2人の依頼主
「いらっしゃい。それで…今日は何の用だ?」
多少嫌味っぽく、シンビネはマドンを出迎えてやった。この大男が何を考えているのかは分からないが、十分な準備をしている…対応できるはずだ。
「相変わらずぼろっちいなあ、ここは」
シンビネはギクリとしてしまった。それを言ったのがマドンなら驚きはしない。そうではなかった…それを言ったのは、いつの間にかそこにいたシンザーだったのだ。
まさかコイツもいたとはな…マドンが単独で動く訳がない。確実に誰かと一緒に来ている。過去の経緯から、シンビネもそのことを知っている。相棒の姿がどこにも見えないことを気にはしていた。それでもシンザーが来ていたのは予想外だった。
「話を聞こうじゃないか…」
こうなってくると、シンビネの事前の準備は十分ではない。実力行使は分が悪い…そう判断したシンビネは、席を立とうとした。
「ここでいいよ」
だが、シンビネの思惑を無視して、シンザーは椅子に腰を下ろした。シンビネは思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまった。
ここではテーブルや椅子を直しながら大事に使っている。それは周知の事実で、シンザーはそれを自身に有利になるように利用したのだ。シンビネにとっては人質を取られたようなものだ。それだけではない…さらにシンビネを苛立たせることが起こっていた。
「よっこいしょと…」
マドンが少し離れた席に座ろうとしていた。この大男の体重をもろに受けた椅子が、ミシミシと悲鳴を上げている。お前はそこに立っとけ!シンビネは思わず怒鳴りそうになったが、ぐっと堪えた。
「いいだろう…」
シンビネはそれを受け入れた。どのみち実力行使という選択肢はないのだ。だったら、どこで話をしても構わない。
「それで?今日は何の用だ?」
シンビネも席に着くと、まずはシンザーが何の用件でここに来たのか…それを聞くことにした。心当たりはたくさんある。
「昨日、テネラニ追悼展で寄り添うツバキという絵が切り裂かれた。犯人はピサロ。一人旅をしている男だ」
シンザーは昨日から今日までの出来事を、簡潔に説明した。
話をしながらそれを聞いたシンビネの様子を窺うが、シンビネはこくりと頷いただけでまったく動じていない。この件はシンビネにとっては取るに足りないことだ。当たり前か…。
「仕事が早いな。さすがはファブロス隊だ」
おべんちゃらではなく、シンビネは本気でそう思っている。かつてシンビネもファブロス隊に所属していた…つまりシンビネにとって、シンザーは後輩に当たる訳だ。そのシンザーがこの件に関わっているとは思わなかったが。
「ピサロはここで匿名の依頼を受けた」
ここからが本題だ。シンザーもシンビネもにこやかな笑顔を絶やさないが、内心ではちっとも笑っていない。
「その通りだ。でも、斡旋した訳じゃあない。匿名の依頼ってのはそういうもんだ…それはお前さんだって分かってるだろう?」
「もちろんだ」
狐と狸の化かし合いのようなやり取り。だが、シンザーはいつまでもこんなことをするつもりはない。
「引っかかったのはそこじゃない。昨日の今日でピサロを確保できたのは情報提供があったからだ…その情報の出所はシンビネ、あんただ。これは信義則にもとる行為じゃないのか?」
核心をついたシンザーの暴露に、マドンは驚きを隠せないでいる。
ピサロを売り渡したこと自体はたいしたことではない。だが、『風のささやき亭』は軍とも深い関係がある。どういうつもりなのか…そこは確認しておく必要がある。それに対するシンビネの答えは、実にこの男らしいものだった。
「俺は依頼主を裏切るようなことはしていない。これまでも…そして、これからも」
シンザーの問いに対して、シンビネは穏やかに答えた。そこには矜持を超えた何かがある。
シンザーは少し考え込んだ。シンビネは依頼主を裏切っていない…それは間違いないことのように思える。だが、実際には裏切ったようにしか見えない。これを上手く説明するにはどうしたらいいか?
「依頼主は2人いたってことか…1人は匿名の依頼主、もう1人はシンビネ…あんただ」
シンザーの答えに、シンビネは満足げに頷いた。
「そうだ。匿名の依頼を受けたピサロが絵を切り裂き、依頼主は逃走の手筈を整えた。そこから先は俺の依頼だ…俺はピサロがライラリッジにとどまるように仕向けた」
シンビネは昨日から今日に至る経緯の裏側を明かした。それはシンザーにとっても腑に落ちるものだった。とは言え、疑問がない訳ではない。
「なぜそんなことをした?」
真相は分かったが、そこにある思惑はシンザーにも分からなかった。どう考えても、シンビネにとって何の得もないように思える。それに対して、シンビネは一筋縄では行かない答えを返してきた。




