夜更けの会合
ここは魔法の王国レガルディアの首都ライラリッジ。魔法都市という二つ名を持つライラリッジは、魔法使いや魔法戦士の総本山とも言われている。そのおかげか…人口の割に治安は良い。だが、この街にも暗部がない訳ではない。
そのような影の世界への入り口とも言われているのが『風のささやき亭』だ。繁華街のど真ん中に店を構えている居酒屋である。と言っても、この店で何か怪しげな儀式が行われている訳ではない。そこは朝から晩まで賑やかな居酒屋だ。怪しげな雰囲気などまったくないと言っても過言ではない。
それでも影の世界への入り口と囁かれるのは、お洒落な名前の割りに集うのは荒くれ者が多いからだ。それもそのはず、ここでは所謂何でも屋の仲介をしているのだ。それもあって、『風のささやき亭』ではトラブルの種に事欠かない。
相も変わらず喧嘩があった。何人かの荒くれ者が、軍の魔法戦士に連行されていった。店主であるシンビネが事情を聞かれた。いつものことなので、誰も気にしない。
「向こう見ずなヤツらにも困ったもんさ…」
「まあ、そうですね」
シンビネは苦笑しながら事情を説明し、軍の魔法戦士も特に問題視はしなかった。お互いに分かっているからだ。
若かりし頃のシンビネは軍の魔法戦士だった。そういうこともあり、シンビネは今も軍との関わりが少なからずある。その一つが『風のささやき亭』に何でも屋を装った軍の魔法戦士がいることだ。シンビネはそれを黙認している。お互い様ってヤツだ。
その後もあれやこれやのトラブルに見舞われたが、そういうことへの対処はお手のもの。そうじゃなければ、この仕事はやっていけない。そうして今日もすっかりと夜が更けた。
店内に客の姿はない。少し前まで酔いつぶれていた客が数人いたが、店主のシンビネや店の従業員、それからまだ駄弁っていた常連客らが協力して外へ放り出した。その後は常連客も店の従業員も、それぞれの会計と仕事を済ませ、姿を消した。
そうして朝から賑やかだった『風のささやき亭』にも、ようやく静かな時間が訪れた。シンビネはこの時間が好きだ。誰にも邪魔されることなく店内を見渡し、テーブルや椅子を慈しむように一つずつ確認する…この時間は何ものにも代え難い。
「こいつと…それからこいつも修理に出さないといけねえな…」
長年、苦楽を共にしてきたテーブルや椅子の中には、ガタが来ているものもある。もとが中古だから、仕方がないことではあるのだが。
「捨てるヤツがいりゃあ拾うヤツがいるもんさ」
誰に言うでもなく呟きながら、シンビネはその内の一つに座った。
「俺はそういうのを直して使うのが好きなんだよ…」
たまに遊びに来てくれる娘からは貧乏たらしいと言われるが、頑として譲るつもりはない。そもそもこういう店に新品を置くのは馬鹿げている。
「倉庫には出番を待っているヤツらがいるからな」
さて誰を表舞台に出すか…そんなシンビネにしか分からないことを考えながら、悦に入っていた時だった。
キィィ…
いつもならギーギーと煩い入り口の戸が、ほとんど音を立てることなく開いた。そして、フードを深く被り、夜の闇に紛れるような全身黒ずくめの男が店内に入ってきた。あれこれと楽しげな考え事をしていたシンビネだが、一瞬で頭が切り替わった。
たいしたもんだ…シンビネは感心しながら男を見やった。こんなに静かに入ってこれるヤツはそうはいない。何を得物としているのかは分からんが、腕も立ちそうだ。それでも男は遠慮しているようで、入ってきたもののその場で佇んでいる。
「もう閉店だよ」
閉店間近の時間に一人でやって来た胡散臭い男に、シンビネはぞんざいに言い放った。
この男をさっさと追っ払い、裏の倉庫に行って明日からデビューするテーブルと椅子を決めよう。他のヤツらはまったく理解してくれないが、それはそれは楽しい時間になるはずだ。
「パーティーの予約をしたい」
そんなシンビネの思惑を無視するように、黒ずくめの男は淡々と用件を伝えた。
「パーティー?」
男の言っていることが理解できなかったのは一瞬のこと。シンビネはすぐに今晩の用件を思い出した。
「生憎とウチはしがない居酒屋なんでね…他を当たってくれ」
それを思い出しても、男を粗略に扱う様は変わらない。だが、これはこの男が何者なのかを確かめる試験のようなものだ。
「それは困ったな…大事な来賓のために盛大に開きたいと思っているんだ」
盛大なパーティーを開きたいとか言っているのに、男に高揚感は一切ない。むしろ一字一句違わず復唱することに集中しているようだ。
「盛大に?」
だが、大事なのはここからだ。別に意地悪をしている訳ではないが、シンビネにはシンビネの事情がある。
「そうだ。カルルタリチェ産の20年物の赤ワインとアルザナー産の10年物の白ワイン、それぞれ半ダースずつ。至急、取り寄せてほしい」
ここも事前に伝えた通りに、まったく間違えることなく言い切った。たいしたもんだ…間違えていたら問答無用で追い返していたのに。
「さて、それは困ったな…すぐには用意できそうにない」
これは只の合言葉、だから用意する必要などない。男もそれは分かっている。その上で最後のセリフを言った。
「どうしても用意してほしい」
これで決まりだ。男の話を聞くことにしよう。
「そうか…分かったよ。ついてこい」
シンビネは立ち上がると、黒ずくめの男を奥の個室へ案内した。そこでは2人の男が壁にもたれかかって待っていた。
どちらも夜が似合う優男だ。多くの異性を虜にする魅力を持っている…そう言っても過言ではない。だが、わざわざシンビネが待たせていた男が、ただの優男の訳がない。この2人は、やろうと思えば力ずくで物事を解決できる実力を持っている。知性と屈強さを兼ね備えた、腕利きの魔法戦士なのだ。
見るからに怪しげな黒ずくめの男に対して、2人の優男は挑発するような鋭い視線を向けた。それに呼応するように、黒ずくめの男もピリッとした殺気を放った。
「そこまでだ。お互いに仲良くしろとは言わないが、ここは話し合いの場だ」
シンビネが苦言を呈すると、2人の優男はケラケラと笑った。分かっていてやっているのだ。
「軍の魔法戦士か?」
だが、黒ずくめの男は警戒を解かない。訝しむように尋ねた。
「昔な…2人ともとうに退役して、今は軍とは無関係だよ」
シンビネは至極簡潔に2人のことを説明しながら席に着いた。黒ずくめの男は無表情で頷いたが、席に着こうとはしない。
「こういう仕事に危険はつきものだ。自分の身を守るためならあらゆる手を使う…それぐらいはお前さんだって分かっているだろう?」
諭すように事情を話すシンビネに対して、黒ずくめの男はクククと笑った。
「もちろん、分かっている」
そうして黒ずくめの男も席に着いた。どうやらこちらも分かっていてやったようだ。たいしたヤツだ…これにはシンビネも感心せざるを得ない。
「さてと…それじゃあ話を聞かせてもらおうか」
今回もここまでたどり着くのに随分と時間がかかってしまったが、いつものことなのでシンビネはまったく気にしていない。
「最初に断っておくが、こいつは匿名の依頼ということになる。だから、ウチで引き受けたとしても、人の紹介をしたりはしない。やりたいヤツが現れるまで待つことになるし、場合によってはこの件を引き受けるヤツはいないかもしれない。それでもいいか?」
こちらの条件を説明したシンビネに対して、黒ずくめの男は何も言わずに頷いた。
「それから誰かを殺るって話は基本的に不可だ…」
大事なことなので、そこはしっかりと念を押しておく。
「基本的にね」
「そう、基本的にだ」
優男の1人が的確な補足をし、シンビネもそれを肯定した。
「心配しなくても誰かを殺るって話じゃあない。いや、既に死んでいるか…」
口を滑らせた訳ではないな…シンビネはそう判断した。男の表情は分かりにくいが、それでもこの男はそんなヘマをするようなヤツではないだろう。わざと漏らしたのだ。真意は分からないが…。
「何にせよそんな物騒な話じゃない。頼みたいことは…」
男の話を聞きながら、シンビネは一つの事件が人知れず芽吹いたのを感じていた。これがどのような結末を迎えるのか…それは分からないが、シンビネは興味を惹かれていた。




