大男はよく目立つ
そういうつもりはなかったが、昨日はウィズモアをヘトヘトにして帰してしまった。同じ轍を踏みまくると、自身に苦情が入るかもしれない。なので、シンザーはウィズモアを早めに送り届けることにした。
「明日は遅刻せずにちゃんと迎えに来てね」
馬車から降りたところで、ウィズモアはシンザーにしっかりと小言を言った。今朝は随分と待たされてしまったので、これくらいは言ってもいいだろう。
「ああ、分かってるよ」
遅刻の常習犯でもないのに小言を言われるのはどうなんだろう…そう思いつつ、シンザーは反省している振りをして乗り切ることにした。
1人になったところで、シンザーはニャブリから手渡された紙切れを取り出した。そこにはシンビネからタレコミがあったことが書かれていた。これにはシンザーも眉をひそめてしまった。
ピサロは『風のささやき亭』で絵を切り裂く依頼を見つけたと言っていた。事をなした後の逃走で見せたあれこれは、一介の旅人にできることではない。あれは依頼人の用意したものだろう。シンビネの行為は依頼人を裏切るものだ。どういうことなのか…聞きたいところだな。
『風のささやき亭』には、今日も荒くれ者達が集っているはずだ。こういう時は、そいつらを黙らせるヤツと組んでいくべきだ。いつもならデレインを連れていくところだが…相手が百戦錬磨のシンビネということを考えるとどうか?ここは心理戦で優位に立ちたいところだ。ならば、マドンを連れて行くことにしよう。
「よう、シンザー。こんな所で何浸ってるんだよ?」
マドンの仕事に方が付くまでは1人で何をするでもなく過ごしていたが、どうやらそれも終わりのようだ。
「今日はもう終わりか?」
ガハハと豪快に笑いながらバシバシと肩を叩いてくるマドンに対して、シンザーはそれを上手く受け流しながら確認した。
「おう、今日もグッジョブだったぜ…お前も見てたんだろ?」
マドンは自信満々で胸を張り、腰に手を当てた。何の決めポーズなのかは知らんが、そのおかげで攻撃は止んだ。マドンの攻撃は受け流していても普通に痛いからな…ここはナイス決めポーズだ。
自画自賛のマドンは、頼んでもいないのに今日の尋問で聞き出したことを語り始めた。その中には、シンザーがウィズモアをカフェスペースに連れ出した後に判明した事実もあった。
それによると、ピサロは依頼人からしばらくライラリッジにとどまるように言われていた。いずれほとぼりが冷める…旅はそれから再開すればいい。もっとも手持ちのお金が心許なかったので、当面の生活費として5万リガが渡されていた。だから、確保の際にはまったくの無警戒だったそうだ。
「ああ…おかげで色んなことが分かった。もっとも新たな謎が生まれたがな」
「謎?」
ニャブリの紙切れを知らないマドンは、戸惑いを隠し切れない。
「これからそれを聞きに行く。ついて来い」
「おう!」
普段は外回りなんかせずに、拠点のすぐ近くにあるアパートへ直帰するように命じられているマドンだが、依頼があれば話は別だ。嬉々としてシンザーについてきてくれた。
と言っても、2人仲良く『風のささやき亭』に行くような真似はしない。せっかくマドンを連れて行くのだから、その利点を最大限に活かす必要がある。だから、まずはマドンを1人で行かせることにした。
『風のささやき亭』は、繁華街のど真ん中に店を構えている。当然、人通りは多い。こういう所では、普通にしていれば誰も他人を気にしない。もっともマドンは普通にしていても目立ちまくるので、道行く人は誰もが一度は視線を送ってしまうが…。
マドンは所々に置かれているベンチに座ると、『風のささやき亭』を見るとはなしに見ている。座っていてもマドンは目立つが、それでも立っている時と比べるとマシだ。
「よう、マドン。こんな所で何してんだ?」
気さくに声を掛けてきたヤツは、一見すると堅気のように見えるが、間違いなく何でも屋の連中だ。
「ダチと待ち合わせだよ」
獣が唸るような声でマドンは答えた。あわよくばマドンを追っ払うつもりで声を掛けた何でも屋だったが、それ以上は何も聞かずに立ち去った。
『風のささやき亭』の主のシンビネも、さすがに気にしているようだ。少しばかりのカネを渡して、探りを入れさせたんだろう…意味はなかったけどな。誰にも気付かれることなくその様子を見ていたシンザーは、ひそかにほくそ笑んだ。
「アイツは一体何をしに来たんだ…?」
その頃『風のささやき亭』では、探りを入れさせたものの何の成果も上げることができなかったシンビネが、不快感をあらわにしていた。
マドンが何を考えているのかは分からないが、ここに目をつけているのは間違いない。もちろん、心当たりはある。どの件なのかは分からないが…だったら早めに片付けた方がいいだろう。
シンビネはこの『風のささやき亭』の用心棒でもある2人の優男に指示を出した。それからいつもより早めに酔っぱらい共を放り出し、いつもは閉店間際まで居残っている常連客と、彼らの相手をする店の従業員を、今日は早めに帰した。
もっとも事前に2人の優男から声を掛けられていたヤツらは、帰路につくことなく2階に上がっていく。ここで騒動になることは真っ平御免だが、だからと言って何の対策もとらない訳にはいかない。
そうして朝から賑やかだった『風のささやき亭』にも、ようやく静かな時間が訪れた。それはいつもとは違い、何とも言えない緊張感を孕んだ静けさだ。さてさて、どうなるか…シンビネは窓からちらりと外を見やった。そろそろ動いても良さそうなもんだが、マドンはなかなか動かない。
「あの野郎…何を考えていやがる?」
さすがのシンビネも苛立ちを隠せなくなったところでマドンはゆっくりと立ち上がり、のっしのしとこちらに向かって歩いてきた。




