見つかる綻び
翌朝、シンザーはウィズモアを迎えに行く前に、自身に女遊びを教えてくれたランドルフを訪ねることにした。いつもならどこにいるのか分からない男だが、今は裁判中の身。なので、自宅で謹慎中である。居場所が分かっているのはありがたいことだ。
「よう、先輩。元気にしてっか?」
正々堂々と窓から入ったシンザーは、ケラケラと笑いながらランドルフを茶化すように言った。
「おかげさまでね。今日は何の用だい?」
正々堂々と窓から入って来たシンザーに、ランドルフは文句ひとつ言わない。いつものように紅茶の準備をしながら、ランドルフはシンザーに尋ねた。
「この男についてどう思う?」
シンザーは紅茶をいただきながらテネラニ・キリマベラジの写実画を見せ、単刀直入に聞いてみた。この写実画がテネラニということは話さない。ランドルフがどう思うのか…それを知りたいからだ。
「随分と地味な男だねぇ…誰だい?」
「テネラニ・キリマベラジ」
自身が抱いた感想以上に失礼な感想を抱いたランドルフに、シンザーは苦笑しながら簡潔に答えてやった。
「へえ…確かウチの従姉と心中した男だったね」
まるで他人事のように話すランドルフに、若干の違和感を覚えながらシンザーは続きを促した。
「ノガラとは時々会うけど、テネラニとそういう関係だったなんて初耳だから驚いたよ」
「そうか…」
ノガラがランドルフに何でも相談していたのか?それが分からない以上は何とも言えないが、違和感の正体はこれだろう。
「君が何かを感じたのなら、それはほぼ間違いなく正しいことだと思うよ」
相変わらず人のことをよく見ているランドルフに、シンザーは苦笑しながら頷いた。それでもこの男に太鼓判を押されるのは悪いことではない。
「ありがとよ、先輩。邪魔したな」
しばらくランドルフの部屋でどうでもいい話をしながらグダグダと過ごしたシンザーは、礼を言って立ち上がった。
「暇をもて余しているからね、大丈夫だよ」
来た時と同じようにシンザーは窓から出ていき、ランドルフはにこやかにこの後輩を見送った。
「お~そ~い~!」
いつものようにメイドさんと一緒に門で待っていたウィズモアが、いつもより1時間も遅れてやって来たシンザーに不満をあらわにする。
昨日はお疲れだったが今朝は元気いっぱいなウィズモアを見て、シンザーは思わず苦笑してしまった。それでも1時間も遅れてやって来たのだから、そう言われるのも仕方がない。
「わりいわりい、寝坊しちまった」
ランドルフを訪ねていたことは敢えて言わない。言う必要はないだろう。
「拠点に行ったら見てもらいたいものがある。それについて、ウィズモアの意見が聞きたい」
「ん…分かった」
シンザーに頼りにされていることに、ウィズモアは満更でもない様子だ。シンザーにとって、こういうのは朝飯前である。
拠点で半年前の心中事件の資料を見たウィズモアは、すぐにおかしなことが2つあることに気が付いた。1つはシンザーも気付いているはず…でも、もう1つは?そこは確認しておかないとね。
「テネラニ・キリマベラジは自らの胸にナイフを刺して亡くなり、ノガラ・ラベルフィーユは心機能障害を引き起こすセンペルヴィレンスの葉を摂取して命を断とうとした…」
物事には順序がある。だから、ウィズモアはまず事件の概要を簡潔に話した。
「そうだ。アトリエで倒れている2人を、テネラニの奥さんのロマネラと画廊のオーナーラグーザが発見した。その時点で既にテネラニは息絶えていた」
それはシンザーも分かっている。だから、ここは素直に応じることにした。
「テネラニと愛人のノガラが心中したところを見つけてしまうなんて…ロマネラも気の毒ね」
「そうだな」
それについてシンザーは疑問に思っているが、敢えて何も言わなかった。
「ロマネラはあれは心中事件ではなく殺人だって言ってたけど…」
「不倫関係のもつれによる殺人事件。あり得なくはないな…いや、大いにあり得る。それで?」
普通に考えるとあり得るが、この事件には普通ではない要素がある。そして、ウィズモアはその内の1つに気付いているようだ。シンザーが知りたいのはそれだ。
「センペルヴィレンスはハーブティーの原料の1つとして、それから薬草として用いられていたけど、効能よりも毒性が問題視されるようになったの。だから、数年前から診療所での使用は禁止されているんだよ」
ウィズモアは生徒に講義するように、自身が気付いたことをシンザーに話し始めた。
「でも、その香りに魅せられて愛飲し、中毒を起こす人は後を絶たないんだよね。そういった経緯から、センペルヴィレンスは毒草として広く知れ渡っているの」
「確かに…そういう話は聞いたことがあるな」
誰かさんは何でもやる隊と揶揄していたが、その名の通りファブロス隊には実に様々な事件が舞い込んでくる。だから、シンザーもそれぐらいのことは知っている。
「毒草と言っても毒性がそれほど強い訳じゃあないから、それで死ぬには相当量を摂取しないと駄目なの。ここに書かれてある量だと、ノガラは死なないと思う」
ウィズモアの見立てに、シンザーは言葉を失ってしまった。
これは…盲点だったな。典型的な先入観に基づくミスだ。それもあって、この報告書を書いたヤツも気付かなかったのだろう。だが、早い段階で気付けたのは大きい。やはりウィズモアにこれを見てもらったのは正解だった。
ウィズモアの予想通り、シンザーは気付いていなかった。自身の説明を聞きながら感心したように頷くシンザーに、ウィズモアは鼻高々である。
「それで…今日はどうするの?」
新たな事実が分かった。それをさらに有益なものにするためには、ノガラに話を聞く必要がある。でも、昨日の今日だから面会の約束はしてないよね…ウィズモアの心配はもっともだが、それは杞憂に過ぎなかった。
「昼過ぎにノガラと面会することになっている。それでおかしなことに答がでるさ」
ランドルフとノガラは親戚なので、すんなりと面会の約束を取り付けることができた。持つべきものは友である。
自身の手際の良さに感心したように頷くウィズモアに、シンザーは鼻高々である。たいしたことではないが、たまには得意になってもいいだろう。
とは言え、午前中は何の予定もない。そして、何やら言いたげなヤツがウィズモアの背後にいる。ここは鎌をかけてみることにしよう。
「それまではまだ時間があるし、あの切り裂き男でも捜すか?」
それはウィズモアに言った言葉であり、ウィズモアの背後に立っている男に掛けた言葉でもある。
「その必要はないですよぉ…」
ウィズモアの後ろからのんびりとした声で話し掛けたてきたのは、ニコニコとした中年の男だ。このファブロス隊の隊長、ニャブリである。
「ひゃあ!い、いつの間に…」
シンザーとは違い、まったく気付いていなかったウィズモアは、本気で驚いている。
気配を断って近付くのはニャブリの趣味だ。あまりいい趣味とは思えないが、そのおかげでニャブリは誰にも壁を感じさせない。そもそも正規の魔法戦士なら気付いて当たり前なので、シンザーは気にも留めていない。
一方で、見習い魔法戦士やウィズモアのような外部協力者が気付かないのはよくあることだ。あんなに初々しい反応をしてくれると、ニャブリも満更ではないだろう。
「必要ないってのは?」
ニャブリのアレは、ファブロス隊の拠点での恒例行事みたいなもんだ。その存在に気付いていたシンザーにとっては、ニャブリの真意の方が重要だ。
「タレコミがありました…既に数名の魔法戦士が確保に向かっています」
ニャブリは何でもないことのように言ったが、これはかなり異例なことだ。
「昨日の今日でタレコミとは…随分と早いな」
ラグーザやロマネラには悪いが、昨日の事件では絵が切り裂かれただけで、人が死んだ訳ではない。今朝の新聞での扱いも小さなものだった。それを考えると、このタイミングでのタレコミは早すぎる。
「そうですねぇ…そういうことなので、今日もいつも通りでお願いします」
ここでは話せないことのようで、ニャブリは話をはぐらかした。その代わりに、シンザーは紙切れを手渡された。
わざわざウィズモアの死角で渡したってことは、動く時には別の者を連れて行けということだ。何が書かれてあるのかは分からないが、一先ず保留でいいだろう。




