手を打つシンザー
画廊を後にする時には、既に夕暮れ時になっていた。ファブロス隊の拠点に向かう巡回馬車に揺られながら、ウィズモアは欠伸を隠しきれないでいる。色んなことがあった1日だった。そういうことに慣れっこのシンザーはピンピンしているが、ウィズモアはそうではない。
これは途中で降ろした方が良さそうだ。幸いなことに、ラヴァリーノ家の邸宅はファブロス隊の拠点に戻る途中にある。邸宅の前で停まってもらい、シンザーはウィズモアを馬車から降ろした。
「今日はゆっくり休むんだぞ」
「ん…分かった……」
シンザーのアドバイスに、ウィズモアは眠たそうに答えた。事前に連絡をしていたので、ウィズモアは出迎えてくれたメイドさんと一緒に、庭の奥にある邸宅に入っていった。
1人でファブロス隊の拠点に戻ったシンザーが、最初にやったことは報告書の作成だ。切り裂き男を取り逃がした件について、事実をありのままに書く。そうすることで、次に同種の事件が起きた時にしっかりと対処できるはずだ。
さてと…報告書を出したところで、シンザーはぐるりと大広間を見回した。何人もの魔法戦士が忙しそうに仕事をしている。そこに目当ての人物を見つけた。
「ようデレイン、ちょっといいか?」
今のデレインは何でも屋を装っている。だから、ここに来るのは週に一度だけ。ついているのかもしれないな…頼みごとをしようと思っているシンザーは、ひそかに笑みを浮かべた。
「何だ?」
この後にシンザーが何を言うのか…それを予想するのはデレインにとって容易いことだ。
「ちょっとした仕事の話だ」
シンザーの口から出てきた言葉は、デレインの予想を裏切るものだった。だから、本気で驚いてしまった。
「お前は俺を何だと思っているんだ?」
「答えた方がいいか?」
抗議するシンザーに、デレインはニヤニヤと笑いながら聞き返した。
「いや、いい…」
過去のあれやこれやを掘り返されると、話が長くなる。だから、シンザーは話が逸れるのを防ぎ、用件を告げた。
「そいつは被害者じゃないのか?」
シンザーからあの画廊であった事件の概要を聞いたデレインは、そこを確認する。
「そうだ。それでも必要なことだ」
それに対して、シンザーは当然だと言わんばかりに答えた。
「理由は?」
「何となくだ」
へらへらと笑うシンザーに、デレインは苦笑を浮かべた。
「分かった。明日から観察する」
シンザーの勘は侮れない…これまでにそれが事件を解決に導いたことが何度もある。それが分かっているから、デレインはすんなりとこの仕事を引き受けた。
デレインに頼みごとをすると、シンザーは明日の段取りをするために資料管理室を訪れた。半年前の心中事件の資料、それが必要だ。それにはこの部屋の主、パゴさんに聞くのが一番である。ドアをノックして中に入ると、ニコニコと愛想よく笑うパゴさんが出迎えてくれた。
「半年前に画家のテネラニとノガラが心中した事件の資料を探しているんだ」
シンザーは簡潔に用件を伝えた。それに対して、パゴさんは机の上に置かれたお洒落な掲示板の一角を指さした。
『少し待っていてほしい』
そこにはそう書かれていた。
「構わないよ」
シンザーがパゴさんの向かいの席に座ると、パゴさんは気を利かせて冷たい麦茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
それほど喉が乾いている訳ではないが、シンザーは麦茶を一気に飲み干した。
「旨いね!」
満面の笑みを浮かべるシンザーを見て、パゴさんは嬉しそうにウンウンと頷いた。
パゴさんは言葉を喋れない。まったく発音ができない訳ではないが、彼の口から発せられる音は何かの獣の鳴き声のようで、誰にもそれを理解することができない。
そこで意思の疎通に不便がないように、お洒落な掲示板が作られた。ここに来る用件なんて決まっているので、それがあれば意思の疎通は問題なくできる。掲示板にない話は筆談ですればいい。だから不便はない。
少し待っていてほしいと伝えられたが、パゴさんはすぐに目当ての資料を持ってきてくれた。さすがは資料管理室の主、伊達じゃないな。いつものことだが、シンザーは改めて感心してしまった。
「これ、しばらく借りてていい?」
資料は持ち出し可になっているが、シンザーはそれをしっかりと確認しておく。パゴさんはこくこくと頷いた。
ファブロス隊の拠点にはシンザーの個室がある。個室といっても壁面に設置されたカウンターが机で、あとは天井までの空間に収納棚があるという簡素なものだ。ここでシンザーがすることは、資料を読むことと報告書を書くことだけなので、この個室でもまったく問題はない。
資料を読んだシンザーは、すぐにおかしなことに気が付いた。これは本当に心中事件なのか?それとも画家ってヤツらは、そういうことをするもんなのか?いずれにせよ、それは本人に直接会って確認すればいいことだ。明日、ウィズモアにも意見を聞くことにしよう。




