暗躍するラグーザ
シンザーですら気が付かなかったことがある。それはラグーザが2人のやり取りと、それを真剣な眼差しで観察しているウィズモアの様子を、ひそかに窺っていたことだ。
この画廊の展示スペースは吹き抜けになっているが、だからと言って2階や3階がない訳ではない。そして、3階にはラグーザが使っている書斎のような部屋がある。ラグーザはそこから見ていた。
「まさか…こんな所に一位武官がいるとは」
ラグーザは思わず毒づいてしまった。
魔法戦士が来ることは分かっていた。それでも画廊に魔法戦士が…それも一位武官がいることは、ラグーザにとって想定外のことだった。ここは慎重の上にも慎重を期して事を進めなければならない。
この部屋に戻った時に鍵をかけたが、かけ忘れていないか…もう一度確認する。大丈夫だ。これからする話は誰にも聞かれてはならない。ラグーザは盗聴防止の結界を張るオルゴールの蓋を開けた…大丈夫、ちゃんと発動している。
ならば、連絡を…と思ったものの、シンザーの存在がラグーザをどうにも不安にさせる。何か仕掛けられたのではないか?念のために、探知の魔法を使って部屋の中を隈無く見て回った。何もおかしなことはないようだ…それでは連絡することにしよう。
ラグーザは精巧な装飾がされたコップを2つ取り出した。一見するとコップだが、これは伝声の魔法具だ。周囲の人間に話を聞かれないように工夫したもので、これと盗聴防止のオルゴールを使えば、盗み聞きなどできないはずだ。
だが、対になる魔法具を相手が取ってくれなければ、声を伝えることはできない。それほど待たされた訳ではないが、すぐ近くにあの一位武官がいることから、ラグーザは随分と待たされているような気になる。だから、伝声ができる状態になると、ラグーザはホッとした。
「私です…上手くいきました。絵はズタズタです」
この件には、他ならぬラグーザが関わっていたのだ。
「そう…良かった。安心したわ」
ラグーザから連絡を受けたのは女性だった。彼女は少し鼻にかかった声で感謝の意を伝える。それだけ伝えると、ラグーザは通話を切り上げた。
その頃、シンザーはロマネラとの会話をたっぷりと楽しんでいた。それは無駄話と言っても過言ではないもので、少し離れた所から2人を観察していたウィズモアも、うんざりしてカフェスペースを後にした。
それでも何もしない訳にはいかない。聞き込みをしてくれた他の魔法戦士から報告を受け、作成された写実画を回収する。そうして出入り口を封鎖している魔法戦士以外は、通常の任務に戻ってもらった。
やるべきことは終わったと思うけど…そう思いながらウィズモアがカフェスペースを見やると、そこではシンザーとロマネラが楽しそうにお喋りをしていた。気を利かせて席を外していたラグーザも戻ってきたが、この状況を見て困惑している。
ウィズモアはため息をついた。このままだとここで夜を明かすことになりかねない…シンザーが何を考えているのかは分からないけど、そろそろやめさせてもいいんじゃないかな。
「あの~…そろそろ終わりにしませんか?」
今日はこういう役回りが多いな…ウィズモアは嘆息したいのをぐっと我慢しながら、楽しくお喋りしている2人の間に割って入った。
「うん?もうそんな時間か?」
「楽しい時間はあっという間ですねぇ…」
シンザーもロマネラも、まったく悪びれる様子はない。予想通りだったから、ウィズモアは特に何とも思わなかったけれど。
「本日はご協力いただき、ありがとうございました」
先ほどまでは仲の良い友人のようにくだけた感じだったシンザーが、再び紳士的に礼を言った。
「こちらこそありがとうございました」
画廊にやって来た時には怒り狂っていたロマネラも、帰る時には穏やかに礼を返し、画廊を後にした。
「そっちはどうだった?」
ロマネラの姿が見えなくなったところで、シンザーはウィズモアに聞き込みの成果を尋ねた。
「ん…絵を見に来た人は、あの絵に描かれているのはテネラニと最後の愛人ノガラを描いたものだと思っているみたいね。私もそうだと思ってた」
それはロマネラの解釈とは違うが、寄り添うツバキがテネラニの遺作だということを考えると納得できる。
「それから、テネラニがミスワキ芸術大学に通っていた頃の同期の人がいたの。その頃のテネラニは女性には無頓着で、ライラリッジへ移り住んでからの変貌に驚いてたよ」
これはウィズモアも知らなかったようで、目を輝かせている。その気持ちはよく分かるね。
これらの情報がこの事件に関係があるのか…それともテネラニにまつわるただのこぼれ話なのか…今の時点ではシンザーにも分からない。だから心に留めておくことにした。
「あと…この画廊でトラブルのようなことは特になかったみたい」
何か隠していることがあれば、聞き込みをした魔法戦士が必ず気付くはずだ。それがないということは、トラブルの線はないと考えていいだろう…シンザーはそう判断した。
「そうか…それじゃあ一先ず戻るか」
長居してしまったことをシンザーは何とも思っていないようだが、ウィズモアはラグーザに頭を下げた。何だか腑に落ちないが、ウィズモアはこういう役割を楽しんでもいる自分に気が付いていた。
「長いことありがとな」
最後まで残って出入り口を警備してくれた魔法戦士に、シンザーは礼を言った。相手が一位武官のシンザーということもあり、2人の魔法戦士は緊張した面持ちで一礼した。
「ご苦労さまでした。必要な事後処理はすべて終わりましたので、通常の任務に戻ってください」
ウィズモアは裏手に回ると、こちら側の出入り口を警備してくれた魔法戦士に礼を言った。相手が可愛い女の子であるウィズモアということもあり、2人の魔法戦士は嬉しそうに一礼した。




