ロマネラへの聞き込み
「あ、あの~…」
ウィズモアはこれ以上ないほど恐る恐る話し掛けてみた。そんなつもりはなかったのだろうが、寡婦はウィズモアをギロリと睨み付けてきた。こ、怖い…。
「て、テネラニさんの奥さんの…ロマネラさん、ですよね?私は一位武官、シンザー・アーチバルドの補佐を務めているウィズモア・ラヴァリーノです」
彼女が何者なのか…ウィズモアはそれを知っている。でも、ちゃんと確認しておく必要はあるだろう。それから自身のことを簡潔に伝えた。いつもより早口になってしまったのは…この状況を考えると仕方がない。
「犯人は誰なの?早く捕まえてください!」
ロマネラは自分のことは何も話さず、要求だけを突きつけた。気持ちは分かるけど、それってどうなの?
「落ち着いてください」
ウィズモアは宥めるように話し掛けながら、気持ちを落ち着かせる魔法をかけた。
とは言え、普通に魔法をかけると興奮しているロマネラでも気付くだろう…だから、ウィズモアは話し掛ける前に、発動を遅らせた魔法を既にかけている。その際に使ったのは、いつもの錫杖ではなくブレスレットだ。
本来は手首につけるブレスレットをもっと肘よりにつけ、魔法が発動した際に生じる魔法具の光をPMDで隠す。ロマネラはもちろんのこと、ほとんどの人はウィズモアが魔法をかけたことに気が付かなかった。それに気付いたのは、シンザーだけだ。
ウィズモアは意図的に効き目を抑えて魔法をかけた。だから、ロマネラも自然に落ち着いていくように感じるはずだ…先程までは手がつけられない感じだったロマネラが、今は静かに憤りを感じているように見える。
「こちらへ…どうぞ」
ロマネラが落ち着いたのを見てとったラグーザは、彼女を画廊の一角に併設されているカフェスペースへ案内した。
たいしたもんだ…これにはシンザーも感心してしまった。ウィズモアの対応は完璧だったと言っても過言ではない。やはりウィズモアに任せて正解だったな。シンザーはほくそ笑みながら、もう少し様子を見ることにした。
「粗茶ですが…」
例の女性スタッフが、ロマネラに紅茶を持ってきた。何かトラブルが起こると、この人が対応することになっているのかもしれない。今日は大忙しだな…これにはシンザーも同情を禁じ得ない。
ウィズモアの魔法と女性スタッフが持ってきた紅茶で、ロマネラは落ち着きを取り戻したようだ。それでは話を聞くことにしよう。シンザーが歩み寄ると、ラグーザは一礼してこの場を立ち去った。
「少し…落ち着かれましたか?」
シンザーが紳士的に話し掛けると、ロマネラはこくりと頷いた。
「私はファブロス隊所属の一位武官、シンザー・アーチバルドです」
「あの女よ…」
名乗ったシンザーに対して、ロマネラは名乗りもしない。もっともロマネラのことはウィズモアから少しばかり聞いているので、特に問題はない。
ロマネラ・セルヴェンカは、亡くなったテネラニ・キリマベラジの妻だ。いわゆる良家の出の女性である。ラグーザが丁重に対応するのもよく分かる。
「あの女?」
それは赤い髪の女を指す隠語だ。もちろん、ロマネラの言うあの女は、赤い髪の女ではないだろうが。
「犯人は男だって聞きましたけど、きっとあの女に雇われたんだわ」
今のところそんな証拠はない。だが、ロマネラはそれを確信しているように見える。
「あの女と言うのは、ノガラ・ラベルフィーユさんのことでしょうか?半年前にテネラニさんと心中を企て、生き残った女性と聞いています」
シンザーは事実をありのままに丁寧に伝えた。そうすることで、ロマネラを揺さぶるつもりなのだ。
「心中なんかじゃないわ…殺人よ!夫はあの女に殺されたんです」
案の定、ロマネラは憤りを露にし、立ち上がって自説をぶちまけた。自身の策が上手くいっていることに、シンザーは内心でほくそ笑んだ。
「なぜ、そう思われるのです?」
更に揺さぶってやろうという魂胆だったが、結果は意外なものだった。
「なぜって…夫は私のことを愛していたんです。他の女と死のうとする訳なんて、ないじゃありませんか」
再び席に着いたロマネラは、自信満々に言い切った。それは思い込みなどではなく、確信しているように見える。
「なのに捜査をした魔法戦士はただの自殺関与だと…あの女、強制労働にもならなかった」
ロマネラはテネラニとの関係を、自信たっぷりに語っていた。それを踏まえると、ノガラに向ける敵意は尋常ではないように思える。だが、シンザーは敢えてそれを気にしないことにした。
「半年前の出来事が仮に殺人事件だったとして…なぜノガラさんは、テネラニさんの絵を切り裂く必要があるのでしょう?」
尋ねながら、シンザーは少し混乱していた。
あの絵が切り裂かれた後にした見立てでは、こんな話が出てくるとは思っていなかった。どうやら一筋縄ではいかないようだ…そうじゃなければ面白くないが。
「嫉妬よ」
正妻の余裕とでも言うべき自信を持って、ロマネラは答えた。
「嫉妬…とおっしゃいますと?」
聞きながら、シンザーは腑に落ちない思いを抱いていた。
寄り添うツバキは、テネラニが自分自身と愛人の姿を花に託して表現した…ウィズモアはそう話していた。その愛人とはノガラのことだろう。だとしたら、なぜノガラは絵を切り裂いたのか?ここはロマネラが寄り添うツバキをどのように見ているのか…それを知りたいところである。
「あの絵に描かれたツバキは、テネラニと私なんです。真冬の寒い中、寄り添うように咲く二輪のツバキ。テネラニは、私との夫婦愛をツバキに託して表現したのよ」
思惑通りに、ロマネラは寄り添うツバキについて話してくれた。解釈の仕方は人それぞれだ。それもアリだろう。
「どんなに愛人を作っても、あの人はいつも私のところに帰ってきた。他の女との関係はすべて…捨て石」
「捨て石…ですか」
話を聞きながら、シンザーはある人物のことを思い浮かべていた。同じようなことをして、裁判沙汰になっている先輩だ。アドバイスをもらいに行ってもいいかもしれない。
「芸術という花を咲かせるためにね」
シンザーがこの分野に疎いことを、ロマネラが知っている訳がない。それでもロマネラは諭すように言った。
「私の父も画家でしたから、そういうことには…」
話がそれてしまったが、今後のことを考えると信頼関係を築いておいた方がいいだろう。そう判断したシンザーは、ロマネラに好きなだけ話をさせることにした。




