ウィズモアは見ている
「わりいわりい、取り逃がしちまった」
ちっとも悪いと思ってなさそうなところが実にシンザーらしいが、この言葉にウィズモアは吃驚仰天してしまった。
「こっちは…どんな感じなんだ?」
そんなことはお構いなしに、シンザーは自分が留守にしていた間に起こったことを聞いてきた。
「シンザーって人間なんだね…」
もっともウィズモアは聞かれたことには答えず、しみじみと呟いてしまったけれど。
このタイミングでそれを言われることになるとは思ってもみなかったので、これにはシンザーも爆笑しそうになった。だが、この状況でそれはさすがにマズすぎる。なので、何とか堪えた。腹筋様々だな。
「それで…クッ、どうなんだ?」
堪えきれない笑い声が漏れてしまったが、それでもシンザーはウィズモアに状況の説明を求めた。
それに対して、ウィズモアは思わずまじまじとシンザーを見てしまった。どうやらシンザーは笑いを堪えているようだが、何でだろう?よく分からないけど、このまま見つめる訳にもいかないよね…だから、ウィズモアはシンザーが戻ってくる間の出来事を詳しく説明することにした。
「そうか…」
一通りの説明を聞いたシンザーは、切り裂かれた寄り添うツバキの前でがっくりと肩を落とす男性を見やった。おそらく画廊のオーナーであるラグーザだろう。
「あの人がラグーザだよ…」
ウィズモアがシンザーに耳打ちをし、シンザーはこくりと頷いた。その道に詳しい人がいると助かるね。
「あの…原状回復できるといいですね」
シンザーに促され、ウィズモアはおずおずと声を掛けた。
「ここまで派手に切り裂かれてしまったら…裏打ちとレタッチを施したところで、完全にもとの通りという訳にはいかないでしょう…」
ラグーザは頭を振りながら答えた。テネラニの遺作、寄り添うツバキは失われてしまったのだ。
「そんな…」
その事実に、ウィズモアはショックを隠しきれない。一方でシンザーは、この行為の持つ意味を考えていた。
これはテネラニの追悼展だ。まさかとは思うがね…いや、予断を持って判断すべきではないだろう。だから、これは可能性の一つとして心に留めておくことにした。
そうこうしているうちに、他の魔法戦士が画廊にやって来た。この騒ぎを聞きつけたのか…或いは通報を受けてやって来たのか…いずれにせよシンザーは呼んでいない。あの偽物を追いかけながら気にしていたが、ウィズモアが呼んだ訳でもない。
これはウィズモアのミスだな…シンザーには呼び笛を使う余裕はあったが、敢えて使わなかった。ウィズモアに使わせるためだ。だが、ウィズモアにはそんな余裕はなかったようだ。何もかも完璧にこなすなんて不可能だからな…仕方がないさ。
一先ずシンザーはやって来た魔法戦士を割り振ることにした。関係のないヤツらが入ってこないように表と裏の出入り口を数人で封鎖させ、残りはウィズモアの要請で残ってくれた人への聞き込みや、写実画の作成などだ。
これで色んなことが上手く回るだろう…それでは、こちらも聞き込みをすることにしよう。シンザーはまず人質にされた男の方から済ませることにした。
この男には気になることがある。だが、今のところそれがこの件にどう関わっているのかは分からない。おくびにも出さんようにせんとね…まあ、容易いことではあるが。
男にはまだスタッフの女性が付き添っている。役得だな…俺と変わってほしいという気がしなくもない。こういう時はなるべくリラックスできるようにするもので、男は上着を脱いでいる。
「災難だったな。あとでウチのヤツらが聞き込みにくるかもしれないから、名前と住所を教えてくれるか?」
シンザーが気さくに声を掛けると、男は素直に名を名乗り、住所を教えてくれた。
「ありがとな。今日はもう帰っていいぞ」
シンザーは男の上着を手に取ると、空中で器用にたたんで男に手渡してやった。男はシンザーに軽く会釈をし、画廊を後にした。
「何か気になることでもあったか?」
ものすごい視線の圧を感じ、シンザーは苦笑しながらそちらを見やった。そこには少し離れた所から、このやり取りを食い入るように見つめていたウィズモアがいた。
「ん…何でもない」
今後のことを考えると、シンザーの一挙一動を見逃すことはできない。そうすることで、シンザーのような魔法戦士に肩を並べることができるはず…そう思っているものの、今のやり取りには言葉の通り、特に何も感じなかった。
「それじゃあ、本題に取りかかるか…」
その言葉に、ウィズモアはこくりと頷いた。シンザーはウィズモアを伴い、切り裂かれた寄り添うツバキの側で悲しげに佇むラグーザのもとへ歩み寄った。




