バイト
急いで動いたおかげで、徴用を免れた馬車をすぐに見つけることができた。
「思ったよりも早くお会いしますね。」
なんと、その馬車の御者は以前、私たちをアゴラまで送り届けてくれた、あのバザール出身の御者だった。
「まさか、私たちを待っていてくださったのですか?」
「ははは、実はそうなんです。」
聞けば、彼は私たちをもう一度乗せるために、ずっと仕事を休んで待っていたという。
「救世主様を再びお乗せできるとは、光栄の至りです。」
御者は深々と頭を下げた。
どうやらバザールの人々の中で、私の功績は自分が思っている以上に大きな意味を持っているようだった。
「ありがとうございます。では、すぐに出発しましょう。」
私も丁寧に礼を返し、馬車に乗り込んだ。
そして、私たちは数日間走り続けた。
アゴラとマケットがすでに開戦していてもおかしくない頃、ついにオークキングと出会ったあの湖の近くへと辿り着いた。
『とにかく急いでここまでは来たけど……オークたちの拠点がどこなのか、まだ分かっていないんだよな。』
そこで私たちは一日だけ待ち、もしオークたちが現れなければ、一旦バザールに戻ることに決めた。
だが、一日待つまでもなかった。
「来るぞ。」
マルコスが指差した方を見ると、オークキングが直々に行列を率いてやって来ていた。
到着からわずか二時間後のことだった。
「おお、ちょうど良いところに来たな。」
「その日以来、部下を交代でここに待たせていたのだ。」
それがオークキングの説明だった。
「試作品を一つ持ってきた。見てみるがいい。」
彼はすぐに斧を取り出し、本題に入った。
「私は武器のことは分かりませんからね。斧をよく使われるマルコスさんに見てもらいましょう。」
「ああ。」
私はオークキングから斧を受け取り、そのままマルコスに手渡した。
「……。」
マルコスは何の感嘆の言葉もなく、黙々と斧を観察していた。
『……何か欠陥でもあるのか?』
そう思いたくなるほど、彼の表情は真剣だった。
「いい出来だ。」
そして短く評価した。
「……本当に良いんですか?」
マルコスなら、欠点があればはっきり口にするだろう。それを知っていても、つい疑ってしまうような言い方と表情だった。
「並の人間の鍛冶屋が作る物より上だ。俺の斧よりも出来がいい。正直、欲しいくらいだ。」
問い返した私に、マルコスの口から最大級の称賛がこぼれた。
「そうですか。オークたちとの取引が本格化したら、一つ差し上げましょう。」
「ほう、それはありがたい。」
私は満足げにオークキングを見やった。
「量産はいつから可能ですか?」
「もう始めている。」
「もう? いつから?」
私たちが別れてから二週間と少し。
「五日前からだ。すでに五十本は作ってある。お前が食い物を持ってくるなら、それに見合う数を渡そう。」
『……いかにも商売初心者らしいな。』
特に製造と流通の初契約では、発注が確定する前に在庫を抱えるのは危険だ。
もし相手が人間で、力関係が拮抗しているなら、私はここであえて突っぱねただろう。
そうすれば相手は、製造にかけた費用と保管コストで追い詰められ、不利な契約にサインせざるを得なくなる。
『だが相手は人間のように理性的でも、所詮モンスターだ。人間でも追い詰められれば暴走する者はいる。オークキングがどう出るか分からない。』
下手をすれば、本当に捕まって死ぬまでキリゲイターの餌を納めさせられ、資金が尽きたらそのまま食われかねない。
「あなた方の本拠地までは、ここからどれくらいかかりますか?」
「お前たちと同じくらいの背丈のオークの歩幅で六千歩だ。」
「え? ああ、なるほど。」
『……時間の概念を教えておく必要があるな。』
所要時間を聞いたのに、距離で答えてくる。
おそらくオークには時間を測るという発想がなく、質問の意図を正しく理解できなかったのだろう。
もちろん、太陽の昇り沈みくらいは分かるだろうから、一日単位では把握していたけど。
ともあれ、成人男性の歩幅で六千歩なら、おおよそ一時間ほどの距離だ。
『そういえば、ここに着いてからオークキングが来るまで二時間ほどかかったな。』
そのくらいなら問題ない。
「場所を移しましょう。ここは道と湖が近すぎて、他の人に見られるかもしれません。」
当然だが、モンスターであるオークたちとこうして普通に話しているところを他の人間に見られたら、ただでは済まない。
「オークたちだけが知っていて、人間には知られていない場所はありますか?」
「ふむ。そのような場所ならある。」
そうして私たちは、馬車と御者、そして護衛の最低限の人数を残し、オークキングの案内で場所を移した。
「以前お渡しした肉の塊は美味しく召し上がれましたか? 足りなかったのでは?」
「正直、少し足りなくて節約して食べた。」
「えっ、あれで足りませんでしたか……? 失礼ですが、あなたの配下はどのくらいおられるのです?」
「食う者は百。あの時もらった分だと、腹いっぱい食えば五日分だな。」
『あの時、五つ渡したから……キリゲイターの餌一つが一日分ってことか。価格設定の参考にしよう。』
オークたちは人間社会の物価を知らない。だから最初の取引が肝心だ。
そうして私は、情報を頭に刻みながら、彼らと共に森の奥へと進んでいった。
やがて私たちは一つの広場にたどり着いた。
「ここは……?」
「俺が現れた場所であり、かつて俺たちが住んでいた場所だ。」
どうやら、オーク族の旧居跡らしい。
「なるほど。」
『生まれた、ではなく“現れた”って言ったな……少し気になるけど、今は重要じゃない。まずは取引を進めよう。』
「では、話を戻しましょう。肉の塊一袋につき斧を十本。いかがでしょうか?」
私は相手が何か言う前に、すぐさま価格を提示した。
物々交換では、先に価格を提示したほうが有利になる。
自分の品が基準になり、相手の品で交渉が進む形になるからだ。
つまり、私の品が“商品”で、相手の品が“通貨”になる。
餌の価格を調整したくなれば、私の肉の量ではなく、斧の数が変動する。
『キリゲーターの餌一つは、私にとっての最低価格。そして、オーク側にとっては一日で作れる斧十本が最大価格になるわけだ。』
つまり私は、最初から自分の最低価格と相手の最大価格を同時に提示して、交渉を仕掛けるつもりだった。
『まあ、それでも意外と高くはないんだ。偶然だけど。』
キリゲーターの餌一つが一日三食で三百人分の肉。
二十万ゴルドの斧を十本、つまり二百万円相当。
一人分に換算すれば七千円にも満たない。
しかもこれはオーク基準。人間基準なら四百人分はある。
一人分五千円ほど。安めの和牛と考えれば妥当な値段だ。
『さて、我らが賢明なるオークキングの交渉術を拝見しようか。』
私は満足げに相手の表情をうかがった。
「よかろう。満足のいく提案だ。そのまま取引しよう。」
「……え?」
一日働いて一日分の食料しか得られない、不合理な契約に即座にサインするオークキングを見て、私は逆に呆気に取られた。
「……その、値切ったりとかは、されないんですか?」
「ん? 一日働けばその日の食を満腹に得られる。どこに問題がある? むしろ我らにとっては好条件だろう。」
「……あっ!」
その瞬間、私は気づいた。
『狩猟経済!』
オークたちは狩りで糧を得ているのだ。
狩りは技術もいるが、何より運に左右される。
百人もの口を満たすために、毎日狩りを成功させるなんてほぼ不可能。
つまり彼らは、どれだけ働いても“その日を満たせるとは限らない”生活を送っていた。
そんな中で「確実に満腹になれる食料」を得られる条件を提示したのだ。
それは彼らにとって、これ以上ないほど魅力的な提案だった。
『オークが人間の相場を知らないように、私もオークの相場を知らなかったってことか……まったく、抜けてたな。』
結局、私は人間の常識に囚われたせいで、もっと有利な契約のチャンスを逃してしまった。
だが、今さら取り消すこともできない。
「では、決まったところで斧の在庫をすべて持ってきてください。合意した分の肉をお渡しします。」
「実はすでに来る途中で部下を向かわせておいた。すぐに届くはずだ。」
その言葉どおり、しばらく待つと斧を十本ずつ抱えた五体のオークが現れた。
「皆さん、少し運搬をお願いします。」
馬車を置いてきたので、冒険者たちに運びを頼んだ。
『取引のたびに私が出向くわけにもいかない。肉の運搬方法を考えないと。』
そして、今後は私のポイントで買う餌ではなく、実際の肉で取引することになるだろう。
『キリゲーターの餌を五つ購入しました』
「約束どおり斧五十本を受け取りましたので、肉の塊を五つお渡しします。どう扱うかはお任せしますが、しばらくは前のように節約しながら斧を作り続けてください。」
「ああ、わかっている。次に来るまで、また日がかかるのだろう?」
「ええ。次の取引は十五日後です。その次はもう少し遅くなるかもしれま……」
言いかけて、私はあることを思い出した。
「今さらですが、肉を保存するとどのくらい持ちますか?」
「心配するな。我らの呪術師が冷気を操る。凍らせておけば長く保つ。」
「呪術師がいるんですか。」
人型モンスターの中でも、オークには特に呪術を使う個体が多い。
「それなら安心ですね。では次の次の取引から、定期取引日を設定しましょう。」
「わかった。」
こうして取引を終え、私たちは別れた。
『まあ、なんにせよ現金にして一千万エンが手に入ったと考えれば悪くない。最初にバザールへ来たときは文無しだったんだし。』
今回の肉は私のポイントで買ったものだから、斧を売って得る金はすべて私の懐に入る。
この取引のことを知っているのは、今回同行した者たちだけ。
ウスキにも話さなかったから。
『借金を返して、冒険者たちに謝金を渡してもまだ余るな。ウスキの管理名簿からも外れるだろう。まあ、今さらどうでもいいけど。』
私は、どこか軽やかな気分で森の出口へと歩き出した。




