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アルバスの奴

『でも、それならどうしてアルバスはナパズ帝国語を知っていたんだ?』


私がアルバスを伯爵家の息子だと思い込んだ理由こそ、その流暢な外国語の腕前だった。


『わからないな。あとで考えよう。今はそれが重要じゃない』


「申し訳ありません! 私は知りませんでした! 私も騙されたのです!」


伯爵の従者たちに捕まる前に、私は先に声を張り上げた。


「聞くに値せぬ言い訳だ。たとえお前の言が正しいとしても、調べは受けてもらう。大人しくついて来い」


アゴラ伯爵は私の弁明を一刀両断に切り捨てた。


『こういうときに口を閉ざしちゃいけない!』


もちろん悔しければ自然と反論はするものだ。何らかの明確な理由で捕らえられる状況なら、隠すべき情報以外はとにかく投げ打つべきだ。


取引の本質とは、互いに不要なものを必要なものに変える行為である。


情報もまた同じ。


金を狙って追ってくる強盗から逃げるとき、必要な分だけを残して金をばら撒くように――欲する相手には情報をまき散らすのだ。


『それに今となっては、アルバスに関して隠すべき情報なんてない!』


私はあの不届きな伯爵詐称犯について知る限りを惜しみなくぶちまけた。


「彼も伯爵様のように白髪でした! 顔立ちは中性的な美形で、声も少年のようでしたが、性格は無駄に真っ直ぐで正直すぎるせいか、人と衝突しがちなタイプでした!」


性格については正直余計だったが、どうせ隠すことはないのでついでに口にした。


――ザッ、ザッ。


しかし伯爵の表情は微動だにせず、従者たちも足を止めない。


「他に特徴といえば、派手な剣を持っていました! 自分を貧しいと名乗っていたくせに、ずいぶん値の張りそうな剣でした!」


「……剣?」


ようやく伯爵の顔色に変化があった。


「はい! 刀身もピカピカで滑らかで、しかもクロスガードの部分は黄金で作られていました!」


剣の知識がない私なりの、全力の説明だった。


「ふむ」


伯爵は手を挙げ、従者たちを制した。


「そのクロスガードに、何か銘が刻まれてはおらなんだか?」


そして私に問いかけてきた。


『銘? 正直覚えてないけど、ここは無条件に“はい”と答えるしかない!』


「その通りです!」


咄嗟の嘘。愚かだが、今は仕方ない。


「申してみよ」


「はい?」


案の定、即座に試された。


『マルコスさん!』


その瞬間、マルコスがアルバスの剣を欲しがっていたことを思い出したのは、まさに奇跡だった。


私は振り返り、マルコスを見た。


「女神の経典の一節でした。『闇は光に勝てず、されど光もまた闇を滅ぼすことはできない』」


『あっ……これは……』


いつどこで聞いたのか思い出せないが、確か元の世界でも耳にしたことのある言葉だった。


「それで?」


伯爵に促され、マルコスは顔を上げて伯爵を見返した。


「……」


「反対側にも刻まれておったはずだ」


『……まさか知らない?』


一瞬の沈黙に、不安が胸をよぎる。


「承知しています。経典の続きでしょう。『されば汝は永遠に消えぬ光となれ』」


幸いマルコスは淀みなく答えた。


「よし。案内せよ。罪人ではなく客人としてな」


伯爵は満足げに頷き、従者へと命じた。


『や、やった……』


私は胸を撫で下ろした。


この身分制度の厳然たる世界で、いきなり貴族を侮辱した罪人にされかけたのだ。心を落ち着けるのは容易ではなかった。


危機の中にこそ機会があるというが、今回はただ運が良かっただけだ。


『伯爵の心変わりの理由を探らねば』


彼はなぜアルバスの剣の話を聞いただけで、私たちを罪人から客人へと引き上げたのか。


私は再びマルコスに視線を送った。


二つ目の銘を答える前にあった、あのわずかな間がどうにも引っかかる。


マルコスは何かを知っている――そう強く感じた。


「マルコスさん。アルバスさんの剣は、いったいどういう代物だから伯爵様の心を揺らしたのですか?」


伯爵の顔色を伺いながら小声で問うと、


「知らん」


「えっ?」


思わぬ答えに、思わず声が漏れた。


「どういうことです?」


「忘れたのか。俺が見たのはアルバスの奴が取り出したレプリカだ。本物の剣を詳しく調べたことなどない」


そういえば確かにそうだった。


「ですが、さっきは何か知っているような……。剣の銘も淀みなく答えていましたし、途中で……」


「私が言ったのは勇者様の剣だ」


「勇者……ですか?」


勇者ホワイト。


ゲームでは直接姿を現さず、徹底して特徴が隠されていた存在。


だから私は勇者ホワイトがどんな容貌で、どんな装いにどんな武器を持ち、どんな口調で話すのかすら知らなかった。


「では、さっきの間は……?」


「……」


マルコスはまたも沈黙した。


「アルバスが、本当に勇者様だったのではと、ふと思っただけだ」


考え抜いた末のその答えは、私の虚を突いた。


『アルバスが……伯爵家の息子じゃなく、勇者ホワイトだった……?』


そう思うと、背筋が粟立った。


現ファイン・ギルドの究極の目的は勇者の支援。


なのに私はゲームで描かれた勇者の奇縁をすべて知っている。


ならば勇者と先に接触すれば、単なる支援どころか勇者を直接育てることさえできる。


そして、その過程で生じる副産物をギルドで得られれば、こんな苦労をせずとも大陸有数のギルドになれるだろう。


「いいえ,まさか……」


現実逃避のようにも思えたが、可能性は低い。


「そうだ。ただの若造が勇者様の剣に憧れて、同じ物を作って持ち歩いている――その可能性の方がよほど高い。勇者様の剣の特徴は、誰も知らぬ秘事というわけではないからな」


けれど、広く知れ渡っている話でもないとマルコスは付け加える。


歴代勇者パーティーの偉人たちが生前に口を滑らせ、あとから「秘密にしてくれ」と頼んだり。聞いた者も勇者への敬意から、進んで秘密を守ったりするため、世間で知る者は少ないのだと。


伯爵が彼の言を信じたのも、そのためだろうと。


「マルコスさんは、どこでお聞きになったんですか?」


私が尋ねると、マルコスは珍しく表情に出るほど皮肉な笑みを浮かべた。


「言ったろう。私はよくこの土地に傭兵として来ていた、と。伯爵の奴の話を、直接聞いたのさ。盗み聞きではあるがな」


「伯爵相手にも奴て呼ばわりですか……」


いずれにせよ、貴重な情報を得た。


『勇者も、早めに見つけておくべきだな』


もちろん、その前に目の前を歩く伯爵との競争に勝たなければならない。


どう見ても伯爵も勇者を狙っているのは明らかだからだ。


『アルバスのことを聞かれるだろう。まさかとは思うが、もし本当に勇者だった可能性がゼロではない以上、適当に誤魔化すしかないな』


やがて私たちは伯爵邸に到着した。


「入れ」


『そして当然、本来の目的である木材取引も成功させなければ』


私は覚悟を決め、伯爵の後に続いた。

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