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伐採隊、帰還

夕日が沈みかける頃。


私はウスキに頼んでオリハルコンに精神干渉の魔法をかけ、他人には見えないようにした上で伐採隊の拠点へ戻った。


「オーガの奴はおとなしくしていましたか?」


「ええ。ずっと横になっていましたよ。」


伐採隊の総監督は、それでも他の魔物の襲撃が一切なかったのはおかげだと言い、豪快に笑った。


そして今夜はここで一泊してから出発する、と聞き、監督と別れた。


ウスキは寝床を整えると言って立ち去り、私は相変わらず寝転がったままのオーガに近づいた。


『名前か……。』


実は戻る道中、オーガの名前候補をいくつか考えてみたのだが、どうにも決め手に欠けた。


『ゴゴゴンちゃんみたいに武骨でも直感的な名前がいいのか? クオオングン……とか。でも呼ぶのが恥ずかしすぎるな。』


ゴゴゴンちゃんなんて名前も、ドーはどうしてあんなに平気で口にできるのか不思議で仕方がない。


「ふぅむ……。」


悩みが深まって、思わず唸ってしまった。


「クオ? ご主人、来た?」


その声に反応して、オーガが目を開けた。


「起き上がって座れ。」


目は開けたまま寝そべっている無礼な奴隷に、主人として命じる。


「クオオオン? 身体が勝手に動くだ?」


オーガはむくりと起き上がった。


「お前、名前みたいなのはないのか?」


ダメ元で聞いてみる。


「名前、あるんだ。」


「あるのか!?」


驚いたことに、名前があるらしい。


「何という名前だ?」


「クオオンだ。」


「……は!?」


『さっき私が冗談で考えたのと同じ!? 魔物ってみんなそんなふうに名付けるのか? じゃあゴゴゴンちゃんも、ドーがつけた名前じゃなかったのか?』


頭の中で疑問がぐるぐる回り始めた。


すると突然、目の前にホログラムが浮かび上がった。


「あなたの奴隷が名前を名乗りました。この名前を確定しますか?


はい/いいえ」


「ふざけるな!」


私はすぐさま「いいえ」ボタンを連打する……と妄想をした。


「クオ? 俺の名前、立派で荘厳な名前だ。」


『……オーガの言葉では、クオオンってのは良い意味なのか?』


固有名詞はたとえ意味があっても音のまま翻訳される。

どうやらクオオングンは、オーガ社会ではかなり良い名らしい。


「とにかく私は認めん!」


頭が熱くなり、思いつきで別の名を与えることにした。


「お前の名前は今から“アケボノ”だ! 異論は認めない!」


再びホログラムが浮かぶ。


「モンスター奴隷の名前を決定しました。メッセンジャー加入手続きが進行中です」


『な、なんだと? メッセンジャー!? LINEって冗談じゃなかったのか!?』


呆気に取られるばかりだった。


「完了!


これより当該モンスター奴隷に遠隔でメッセージを送ることが可能です。


当該モンスターは知能が低く、メッセンジャーを正常に利用できません。モンスター奴隷からの送信機能を制限します。」


ようやくこの案内文を見て、少し冷静になった。


『つまり……これで遠隔命令も可能ってことか。』


そうであれば、私がいなくても伐採隊を動かすことができる。


定期的に奴隷の視界共有で状況を確認し、それに応じてLINEで命令を送ればいい。


『名前をつけてよかったな。LINEを使う以上、名前は必須だし。』


【オーガの餌を購入しました】


「ほら、これ食って寝ろ。」


気分が急に良くなった私は、オーガ――いやアケボノに餌を渡した。


「クオオ! 何か知らんがありがとうだ!」


アケボノは訳も分からず団子を頬張り、あっさりと横になった。


『さて、私も寝るとするか。』


バザール男爵から借りた領主用の馬車へ向かう。


そこには馬車に積んできたの大きな天幕が張られていた。


「ご主人様。寝所の準備が整いました。」


二日間、甘え放題だったウスキは、人目のあるここではより一層きちんとした態度を取っていた。


『最初は、人権教育を受けた自分が年上の奴隷を従えるなんて……と思ったが、もう慣れてしまったな。』


感謝の気持ちでウスキの頭を撫で、彼女が張った天幕へ入った。


モンゴル人のゲルを思わせる丸い天幕の中には、ハンモックもそれらしく吊るされていた。


私はハンモックに横になりながら誘う。


「ウスキも入って寝ないか?」


これは二度目の誘いだ。


最初に誘ったとき、ウスキがこの世で一番幸せそうな顔をして飛び込んできたのを思い出す。


「……それは、夜伽を意味するのですか?」


しかし今回は、寂しそうに問い返してきた。


「いや。外で一人で寝るのは寒いし、寂しいだろう。もう一つハンモックがあるから、私の隣に吊るして……。」


「それはできません。主人と奴隷が同じ場所で眠るのは、夜伽以外ではあり得ません。」


ウスキはきっぱりと言い切った。


昼間はあんなにくっついてくるくせに、夜となると同じ空間にいることさえ拒む。


最初に誘ったときも、彼女はそういう誘いだと思って大はしゃぎしたのだ。


私がそうじゃないと告げると、見ている者が切なくなるほどしょんぼりして出て行ったのを思い出す。


『そういえば、あの頃から妙に艶っぽい悪戯をするようになったんだよな。』


ウスキの想いを知らぬはずがない。


彼女の心は、ただの奴隷としての忠誠心ではなかった。


そして、その気持ちに応えたい気持ちが私に全くないわけではない。


ただ問題は……。


『……いくら合法でも、私には受け入れがたいんだ。』


外見で人を判断してはならないのは常識だ。だが、ウスキの場合は方向性が違う。


「ウスキ……すまない。」


去ろうとする少女に、思わず謝っていた。


「……おやすみなさいませ、ご主人様。」


その挨拶を最後に、どこか決然としたウスキの足音が遠ざかっていった。


---


伐採隊がバザールへ戻ってきた。


再びバザール領主自らが出迎える歓待の儀を経て、マサカオはギルドへ帰還し、報告のためにギルド長室へと足を運んだ。


「お疲れさまでした〜」


木材の数量確認や保管の事務手続きに駆り出される二人を除き、受付を守る役を決める勝負で勝利したアリスが、笑顔でウスキを迎えた。


「ええ。こうしてギルドを長く離れていたのは初めてだから、不思議な気分ね。うちのお母さんは?」


「……それ、私に話してますよね?」


だがウスキの焦点は、なぜかアリスから微妙に外れていた。


「ああ、そう。アリスに話しかけているの。ごめん。B級になってからは探知魔法だけで周囲を把握するのが癖になって、最近は視線をあまり気にしなくなってしまって……」


そう謝りながらも、ウスキの視線はやはりどこか近くに寄せられていた。


まるで目の前に見えない本を置いて読み込んでいるかのような姿だった。


「よく分かりませんけど、そういうことなら……」


アリスはあまり気に留めなかった。


B級以上の実力者には変わり者が多い――そんなことは高位冒険者のいない田舎でさえ常識とされている。


相手と視線を合わせない程度なら、むしろ大人しい方なのだ。


「ウスキさんのお母さまは最近食欲が戻られたようで、よく召し上がってますよ。おかげで血色も良くなって、伝説の花魁の美貌を取り戻されたとか」


「ふふ……良かったわ」


そう笑うウスキの顔は、明らかに純粋な喜びだけの笑みではなかった。


「?」


その笑みに漂う陰りに、アリスは一瞬首をかしげる。


―パァン!


「きゃっ! ごめんなさい、ミア! 手が滑っちゃった!」


外から聞こえた打撃音とリシの悲鳴に、アリスは違和感をいったん忘れ、代わりにいたずらっぽい笑みを浮かべてウスキへ耳打ちした。


「リシね、最近寝不足なのか失敗ばかりで……。しかも時々マサカオさんの名前を口にするの。きっと夜な夜なマサカオさんのことを想って……! きゃあ!」


アリスは恥ずかしい想像をしているふりをしながら、リシの怪しい行動を大げさに告げ口した。


「ふうん〜 リシも、ね」


「……?」


どこか満足げなウスキの態度に、アリスは先ほどの違和感をまた思い出した。


「アリスはどうなの? 最近、主さまにちょっかいを出してるって噂を聞いたけれど?」


「……え?」


思わず身を引きながら答えるアリス。


「……なんでもないわ」


ウスキはその様子を見て曖昧にごまかした。


マサカオは誤解していた。


『これで主さまを満足させられる女を二人も確保できたわね』


――ウスキの心を「ただの少女の想い」だと。


だが今のウスキにあるのは、告白に失敗した女の悔しさではない。


自らが仕える神に、満ち足りた供物を捧げられない巫女としての悔恨であった。


(はは)が若い頃、遊女を経て花魁にまで上り詰めたと言っていたから心配はいらないはず。久しぶりに客を取ると思えばいい。ただ気がかりなのは年齢かしら』


ウスキの母タイラは、あの事故のときに外見が固定され、いまなお若く美しい姿を保っている。


だが実際には五十に近く、十四年ものあいだ寝たきりで過ごした身である。


夜伽に耐えられる体力が残っているかが気がかりだった。


『それにリシも、いったい何を企んでいるのか分からない。無理に夜伽を強いたとしても、それは主さまがお嫌がりになるでしょう』


幸い、まだマサカオが女に飢えた様子を見せていない。


焦る必要はない――そう判断したウスキは、ゆっくりと策を練ることにした。

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