強制交渉権
「政嘉男・宇賀です。姓はマサカオ、名はウガ。よろしくお願いします。」
「ドー・シェパーチよ。よろしくね。」
互いに名乗りを終え、正式に交渉を始めた。
『賠償を要求するだなんて……確かに難易度が高いな。』
自分の非が明白な時ですら、賠償の話になるとしらを切る人間はいくらでもいる。
ドー・シェパーチも、言ってみればそういう類の人間だろう。
しかも今の状況は、賠償を求めるのが微妙な状態だ。
「まず確認しておきます。私たちは襲撃を受けました。被害に対する賠償を求めます。」
とりあえず正直に切り出してみた。
「マサカオさん方の襲撃への対応は見事でしたよ。隣で学びたいくらいに。」
『また前の言い回しが出てきたな。』
つまり「襲撃とはいっても傷一つ負っていないじゃないか。それより私のそばで働け」という意味だ。
京都の言い回しに似て非なる、相手を惑わせながらも結局は自分の望む方向に話を進める処世術である。
「対応が良かったから怪我がなかった、というのは結果論です。シェパーチ殿は我々を害する意図で攻撃を仕掛けた。その事実自体に対する賠償を求めます。」
「そういえば洞窟での即応も感心しましたわ。あの力量と勇気が羨ましくて欲しくなって、つい後先考えずにマサカオさんを追いかけてしまったほどです。」
つまり「そもそも先にオリハルコンを奪ったのはあなたでしょう。それは正当な報復だ。それより私はあなたが欲しい」という意味だ。
「冒険者の世界にはこういう言葉があります。『ギルド依頼の報酬は、最終的に依頼完遂の証をギルドに持ち帰った者が手にする』。先を越されたのが悔しいのは理解しますが、私がしたことは不当ではありません。よって、その件で我々が襲撃されたのは不当です。」
「まぁ、冒険者というのはロマンに満ちているのですね。そのロマンを多くの貴族は理解できない。実に惜しいことですわ。ナパズ帝国の貴族はそのロマンを理解していらっしゃるのかしら? 一度お話してみたいわ。ねぇ、私をナパズ帝国へ案内してくださらない?」
要するに「野蛮な冒険者のルールを貴族に持ち込むな。あなたも貴族の出でしょう。それよりナパズまでの短い旅でも共にしてみよう」ということだ。
「私はもうナパズの貴族ではありません。幼少期をエンジェル孤児院で過ごしたのは事実です。私はケイナンの平民であり、強き者として己の流儀を貫きます。襲撃に対する賠償を、なさい。」
「なんと気概に満ちた方でしょう! 父は少々堅苦しいところがありますけれど、マサカオさんのお話なら喜ばれると思います。その意味で、私と一緒に父にお会いになりません? ご一緒ならうまく取り成して差し上げますわ。」
『平民を名乗るなら貴族に逆らうな。父に言いつけてやるわ。でも私と一緒ならむしろ良いように話してあげる。……って、どうせ最近父に直接会ったことすらないくせに。』
シェパーチ家特有の後継者争いは、血を引いていれば公平に参加できる代わりに、この期間中は誰も当主に個人的に会えないのだ。
『やはり無理か……。』
それとは別に、交渉に進展はなかった。
そもそも理不尽を言い立てているのはこちら側なのだから。
『強制交渉権で交渉ガイドを使うと、みんなこうなるのか?』
名分も権力もドーにあり、力でもやや劣る。
そんな相手に無条件で賠償を取れというのは、金棒を持った鬼と戦って勝てというようなものだ。
もし強制交渉権を使った交渉の目標が皆こうなら、使用を少し考え直す必要がある。
『……そういえば、人間相手に強制交渉権を使った場合、もし制限時間があったらどうなるんだ?』
モンスター交渉権では、制限時間が切れるとモンスターは暴れ出した。だがそれはモンスターだからだと考えられる。
人間相手の場合も同じように暴れるのだろうか?
『……試してみるか?』
どうせ今のところ交渉成功は難しい。
成功したとしても賠償金がどれほど取れるかは不透明だ。
シェパーチは侯爵家とはいえ、ドーは私生児に近い。
金といっても大した額は望めまい。
『そういえば強制交渉権の説明に、こんな文言があったな。』
「※このアイテムで始めた交渉には他のアイテムは使用できません。」
ならば、この警告を無視して別のアイテムを使おうとしたらどうなるのか。
『まずはそれを試してみよう。』
私は先ほど取り出していたガーゴイルの餌をドーに差し出した。
「賠償金をそのまま出すのが難しいなら、これを買う形ではどうでしょう。ゴゴゴンちゃんがとても好む餌です。」
ところが、このガーゴイルの餌、先ほどは慌ただしくて気づかなかったが、オーガの餌と違って肉ではなく金属の玉のようなものだった。
片手にすっぽり収まる大きさだが、金属だけにずっしり重く、非力な私は持ち続けるのも辛いほどだ。
だからドーに差し出したその玉をウスキに預けようと振り返った瞬間、目の前にホログラムが浮かび上がった。
「交渉失敗!
あなたは強制交渉権の他アイテム不使用条項に違反しました。
自動的に失敗と処理されます。」
すると、ドーの表情が急に冷たくなった。
「あなたも結局は商売人に過ぎなかったのね。失望したわ。」
そう言って身を翻すドー。
無情に去ろうとする姿に、私はむしろ安堵した。
『一度で断定はできないが、少なくとも必ず暴れるわけではないんだな。』
満足のいく実験結果が得られた。
『ドー・シェパーチとは最初から関わりたくなかった。』
初登場は敵、というお約束をなぞる外部ヒロインの中でも最も厄介なドーとの邂逅を、無難にやり過ごした。
『オリハルコンは俺がもらう!』
ゲームではあり得なかったはずの、この場所にドーが現れた理由は分からない。
だが勇者の奇縁はしっかり手に入れた。
『よし、戻るとしよう……。』
――ガシャーン!
気分よく身を翻したその時、割れるような金属音が響いた。
「え?」
振り向くと、ゴゴゴンちゃんが何かを食べていた。
「あっ! ガーゴイルの餌! いつの間に!?」
私の手にあった金属玉を、いつの間にか奪って口にしていたのだ。
「ん?」
あっさり去っていったドーが、その騒ぎに足を止めて振り返った。
「ゴゴゴンちゃん? 何してるの? さぁ、こっちにいらっしゃい。」
「ゴゴゴ!」
ゴゴゴンちゃんは何事もなかったかのように、ひょいと去っていった。
「呆れたな。」
私は首を振り、ただドーが厄介事を起こさずに去ってくれたことを礼だと思って、再び踵を返した。
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自分でも理解できない失望感に突き動かされ、衝動的にマサカオのもとを去ってしまったドー・シェパーチ。
しかし今、彼女はそれを骨身に染みて後悔していた。
「……あの鉄球を受け取るべきだった!」
ゴゴゴンちゃんが主の命令に従っている最中にも、あの玉に関心を示していた時点で只者ではないと直感していた。
だが、それほどまでに貴重な品だとは夢にも思わなかった。
「ゴゴゴンちゃんに最も効果がある霊薬だったなんて!!」
一晩のあいだにゴゴゴンちゃんの状態を点検した結果、驚くほどのパワーアップを果たしていたのだ。
あの洞窟のオリハルコンをすべて食べ尽くしたとしても、到底あり得ないほどの成長ぶりだった。
「マサカオ・ウガ……と言ったわね。探し出さなくては。」
もちろん、あの男が差し出した玉そのものは、ゴゴゴンちゃんがぺろりと飲み込んでしまった。
だがマサカオの態度からしても、まだ多く残っているか、あるいは彼にとっては入手が容易な代物に違いなかった。
「確か、あの男……近くの孤児院で育ったと言っていたわね。」
ドーは当初、マサカオをバザールの人間だと推測していた。
だが会話の中で、彼は何度も「この近くの孤児院で育った」と口にしていたのだ。
普通、森の中にいて森の外の街や村を語るときに「この近く」とは表現しない。
「森の隅々まで探し出してやる!」
ドーは森の奥へと足を踏み入れた。
もちろん彼女の脳裏には、マサカオがさらりと漏らした「エンジェル孤児院」という名が鮮明に刻まれている。
あの時すでに、有能なマサカオに強い関心を抱いていたからだ。
こうしてドー・シェパーチは、思った以上に早く目的を果たすことになるマサカオ追跡を開始したのであった。




