ep.40 強制的に
「シカ・プルゴル!」
先手必勝。
ウスキが先に魔法を放った。
―バチィッ! ドンッ!
B級魔法《雷刃》が文字通り雷の速さで飛び、ガーゴイルの腕を切り落とした。
「まあ……やっぱり有能なのね。ますます欲しくなってしまうわ。」
その光景を目の前にしても、ドーは余裕たっぷりに感想を述べる。
「ゴゴゴゴッ!」
―ブゥン! パチン!
ガーゴイルが咆哮すると、切り飛ばされた腕が強力な磁力に引かれる鉄のように切断面へと吸い寄せられ、ピタリと接着された。
「行きなさい、ゴゴゴンちゃん。あの娘をできるだけ食い止めるのよ。」
「ゴゴ!」
ガーゴイルがウスキへと一気に飛びかかる。
「セパラティオ・アクア!」
水の結界が展開され、私とウスキをそれぞれ包み込んだ。
―ザバァッ!
ガーゴイルの突進を、水の結界が打ち消す。
この水の結界は内外を完全に遮断するものではなく、まるで水中に沈んだかのように動きを鈍らせて時間を稼ぐためのものだ。
だが、B級魔術師が張った水の結界は、まるで深度千メートルの海を圧縮したかのような密度で動きを妨害し、ほとんど突破不可能に近い。
同じB級以上の相手でない限りは。
「ゴゴッ!」
もちろん、ゴゴゴンちゃんの動きも目に見えて遅くなった。とはいえ、一般人が太腿まで水に浸かって歩く程度の鈍さだ。
少しずつだが、確実に結界を突き破ろうとしている。
「グラキエス!」
ウスキの指先から白く鋭い冷気がビームのように放たれた。
ゴゴゴンちゃんは水の結界ごと凍りついた。
「ふふ~困ったわね。」
「ひっ!」
いつの間にか私の結界のすぐそばにまで近づいていたドーが、わざとらしく困った顔をしていた。
「は、ははっ! これで勝負は……」
「B級の水結界ですってそれはさすがに私は突破できないわ。困ったものね。」
自分のガーゴイルが凍って戦闘不能のはずなのに、ドーは見当違いのことを口にする。
「シェパーチ殿。これで勝負はついたでしょう? なら私の要求を……」
「勝負がついた? どこがかしら?」
ドーは本気でわからないというように首をかしげ、ウスキとガーゴイルの方へ視線を移した。
自然と、私もつられてそちらを見る。
「ゴゴ!」
凍りついたままのガーゴイルが動いていた。動作は先ほどと変わらない。
「な、なんだと……?」
思わず間抜けな声が漏れた。
「私がゴゴゴンちゃんに食わせてきた希少金属がいくつあると思う? いちいち説明するのは面倒だから、うちのゴゴゴンちゃんには大抵の魔法は効かないのよ。」
「イグニス!」
ドーの言葉を否定するかのように、ウスキが再び魔法を放った。
水の結界越しでも感じるほどの膨大な熱量が、ウスキの結界内を灼熱の炎で満たす。
自らの水の結界と炎がぶつかり、大量の蒸気が噴き出した。
「やだっ! これは本当に危険ではないの!」
ドーは驚き、私の結界の後ろに隠れた。
「ゴゴゴ!」
煙幕のように広がる蒸気の向こうから、ガーゴイルの咆哮が響いてくる。
「だから、無駄だと言ったでしょうに。」
ドーは自信ありげに言い切った。
―ズシン、ズシン。
「え?」
だが、すぐにドーの口から短い驚きの声が漏れた。
蒸気の中から歩み出てきたのは――ウスキだった。
「はぁ……はぁ……ご主人様、私が勝ちました……ふぅ。」
やがて蒸気が晴れ、地面に倒れ込んだまま関節人形のようにガクガクと痙攣するゴゴゴンちゃんの姿が露わになった。
『熱変形!』
ガーゴイルの身体は有機体ではなく、金属に近い物質。
温度変化によって体積が大きく変動するのだ。
急速冷却からの急加熱で、不均一な熱変形が内部に歪みを生じさせたのだろう。
金属のように硬い物質にとって、その僅かな歪みは致命的な亀裂になりうる。
私の結界も解け、私はウスキのもとへ歩み寄った。
「よくやっ……」
「まだ乾杯には早いんじゃない?」
ウスキをねぎらおうとしたところで、背後からドーが口を挟んできた。
「いや、これで勝負は……」
「ゴゴゴオオオオ!!!」
『今日はやけに会話が遮られる日だな。』
そんな呑気な感想が浮かぶほど、信じられない光景だった。
さっきまで立ち上がることすらできなかったガーゴイルが、平然と立ち上がり咆哮したのだ。
「ふふ……やっぱり説明は省くけれど、ゴゴゴンちゃんは回復力も桁違いなのよ。」
『くそっ、ウスキはもうだいぶ消耗してる。別の方法を……あ!』
そうだ。相手はガーゴイル――モンスターだ。
これまではモンスターに主がいるという事実に可能性を閉ざしていたが、直接試したことはなかった。
『交渉準備ショップ!』
私は即座にショップを開いた。
「諦めていないのね? それなら、もっと戦いましょう。ゴゴゴンちゃん!」
「ゴゴオ!」
ガーゴイルが咆哮し、再び私たちに襲いかかろうとする。
『急げ……頼む、早く!』
私は必死にショップを漁った。
―ドン! ブゥン!
「ご主人様、来ます!」
ガーゴイルが地面を蹴って跳び上がり、ウスキが限界の身体を押して再び私の前に立つ。
『早く……まさか、無い……あっ!』
見つけた。
詳しい説明を読む暇もなく、すぐさま購入。
「ガーゴイルの餌を購入しました。」
そして注目を集めるべく、即座に取り出す。
―トンッ!
「ゴゴ?」
その瞬間、主の命令すら忘れるほどの強烈な誘惑に、ゴゴゴンちゃんが動きを止めた。
『今だ!』
モンスター交渉権はすでに買ってある。
「ゴゴゴンちゃん! 俺と交渉しよう!」
私の声は、確かにゴゴゴンちゃんに届いた。
「交渉を開始します。
特異事項発生!
対象は翻訳システムでも会話不能なほど知能が低い存在です。
ただし、対象には別途“主”の資格を持つ者が存在します。
その主はすぐ近くにいます。
現在、その主との交渉が進行中です。
処理中……」
見たことのないメッセージが出現した。
「えっ?」
間の抜けた声を漏らしたのは私ではなく、ウスキだった。
「どうした? 何かあったのか?」
「いま、ガーゴイルから何か魔力が……」
そう言いながらウスキが視線を横に逸らす。
その視線を追うと――
「……。」
そこには、呆然とした顔のドーがいた。
「処理完了!」
「交渉を開始します。
交渉当事者:政嘉男・宇賀、ドー・シェパーチ
交渉タイプ:交渉権を用いた強制交渉
交渉目標:ドー・シェパーチの賠償
交渉ヒント:
① 強制交渉権による交渉です。交渉目標値は最高レベルで固定され、推奨戦略は使用できません。
② 相手はあなたを家臣として雇いたいと考えています。
③ あなたにはファインギルドを離れられない使命があります。
④ 相手のランクは低いです。制限時間はありません。 」
進行中だった交渉ガイドの内容が書き換わった。
『モンスター交渉権を使ったのに、いろんな条件が重なって人間への強制交渉権に変わったってことか? 五倍も得したな。』
モンスター交渉権は千ポイント、強制交渉権は五千ポイント。
私は書き換わった内容を確認しながら考え込む。
『……話を聞かなきゃ力づくで屈服させようとする相手に、賠償を勝ち取れって? 難易度高いな。……でも制限時間がない? そうか、ドーのランクが低いから魔法耐性が低いってことか。今のドーはE級……なるほどな。』
マナの才能は血筋や特別な条件には左右されない。
両親ともマナと縁のない一般人なのに、大陸最高峰の才能を持つウスキがその証だ。
逆に、A級モンスターを従え、自らもA級の現侯爵シェパーチ家の直系であるドー・シェパーチのマナ才能は低い。
私は一人納得し、静かに頷いた。
「交渉なんて退屈なこと、私は嫌いよ。長くなりそうなら、いっそ戦って屈服させる方が好きなの。」
ドーの表情に生気が戻る。
「でも……あなたは特別だから。初めて気に入った人材だもの。少しだけ退屈を我慢してあげるわ。さあ、お話を始めましょう。」
『……強制交渉権って、本当に恐ろしいアイテムだな。』
傲慢なドー・シェパーチの瞳には、今や私への穏やかな好意がたっぷりと宿っていた。




