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ep.39 話が通じない

「ご主人様のお名前を最初に聞いた時から、ちょっと不思議だなって思ってたんです。孤児院出身だってお話は聞きましたけど、それにしてもあまりにもナパーズ風の名前に聞こえたんですよね」


「そ、そうか?」


皆が まさかお・うが ではなく マサカオーガ と発音しても、誰も突っ込まないから問題ないと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。


「他の人たちもそう思ってるのか?」


私が尋ねると、ウスキは少し考え込んだ。


「うーん……そうでもないと思いますよ。都で暮らしたことがある人じゃなければ、一生ナパーズ帝国人なんて見ずに終わる人も多いですし。外国人は都でもそうそう見かけるものじゃありませんから」


『なら、まあ大丈夫……か?』


よく考えれば、ナパーズ帝国人と勘違いされたところで、特に問題が起こるとも思えなかった。


『もうそういう設定で押し通してもいいかもしれないな』


「ところでご主人様。ナパーズ帝国式のお名前だとしたら、マサカオが苗字なんですか?」


「そう。ちなみに名前は ーガ じゃなくて、うがだ」


「へえ〜」


「?」


ウスキは何やら納得したように頷いた。


「そうだったんですね。じゃあ、そのナパーズ帝国のご令息が、どうしてわざわざうちのケイナン帝国に来てるんでしょう?」


『あっ、それも考えておかないと……あ?』


質問の声は、私たちの正面から聞こえてきた。


――フウン!


「ゴゴゴッ!」


直後、巨大な羽ばたきの音と共に岩が転がるような轟音が響く。


さっきのガーゴイルだった。


「ど、どうして!? 私の探知魔法にはまだ何も感じられないのに!」


ウスキは動揺しつつも、私の前に立ちはだかり庇ってくれた。


「あたしのゴゴゴンちゃんには、これまで数多くの希少鉱石を食わせてきたの。そして食った鉱石の種類によって様々な能力を得て強化される。探知魔法の無効化も、そのひとつだよ」


ドー・シェパーチの声が、ガーゴイルを通して響いてきた。


『交渉ガイド』


『交渉不可!


対象はモンスターです。モンスターと交渉するには、交渉準備ショップでモンスター交渉権を購入してください。』


実際に話しているのはドーだから、ドーとの交渉ガイドが開くかと思ったが、そうはならなかった。


「ガーゴイルを通じて声を伝えるのも、その能力のひとつなんですか?」


私は探りを入れるために問いかけた。


「ああ。双生石(そうせいしゃく)を食わせて得た能力ね」


双生石とは、完全に分かれていながら状態を共有する石のことだ。


片方の双生石を割れば、触れなくてももう片方も同じ形に割れてしまう。


だが、一度完全に破壊された双生石はただの石ころに成り下がる。


『交渉ガイドなしの交渉か。なんだか久々な気がして妙に緊張するな』


実際には退社してまだ十日ほどしか経っていない。


「ウスキ。あれをここに下ろしてくれ」


私はウスキの魔力で周囲を漂っていたオリハルコンを指さした。


「はい」


やがてオリハルコンが私の足元に置かれる。


「シェパーチ嬢。貴女が欲しているのはこのオリハルコンで間違いないですか?」


私はまず交渉の空気を作るために口を開いた。


「もう要らないわ。あんたが持ってなさい」


「え?」


しかしドーから返ってきたのは意外な答えだった。


『しまった! まだこちらに対して取り繕う気がないことを忘れていた!』


ドーが取り繕いもせず相手を見下す時、それはすでに殺すつもりでいるという意味だ。


「ちょっと待っ……!」

「それより、あんた私の正体も分かってたんだね? ほんとに優秀じゃないの」

「……てください……え?」


私は慌てて言葉を発しようとしたが、ドーの言葉に思わず呆然とした。


――ザクッザクッ。


背後から草を踏む軽やかな足音が近づいてくる。


「しかもその娘はあんたの奴隷でしょ? B級奴隷まで従えてるなんて、有能な人材だわ。気に入った」


悠然と姿を現したドー・シェパーチは、口元に微笑を浮かべていた。


「それで、まだ答えを聞いてないんだけど?」


ガーゴイルはいつの間にか彼女の背後へと飛び移っていた。


「ナパーズ帝国のご令息が、ケイナン帝国の片田舎まで来て、一体何をしてるのかしら?」


ドーが小首をかしげながら問いかけてくる。


私は即座に言い訳を作った。


「まあ決まってるじゃないですか。うんざりする後継者争いに嫌気が差して家を飛び出しただけです。ナパーズ帝国に残っていれば、いつ刺客が来るか分かりませんから、いっそこちらに渡ったんですよ。それより、なら私たちは戦う必要は……」


「嘘ね」


私が戦意の有無を探ろうとした瞬間、ドーは鋭く遮った。


「……嘘とは、どういう根拠で?」


「ナパーズの言語体系は、私たちとはまるで違う。生まれながらに両大陸を行き来して二つの言語を同時に学んでいない限り、ナパーズ出身者がケイナン帝国語をまともに発音できるはずがないのよ。でも、あんたはケイナン帝国語を流暢に操ってる。つまり、あんたがナパーズ出身ってのは嘘ってこと」


『……ぐぬっ!』


私は思わずカッとなりかけて、ぐっと堪えた。


『まるでアメリカ大統領に恥をかかされた記者みたいじゃないか……いや、思い出すな!』


妙に日本人の痛い所を突かれた気がしたのだ。


『日本人だって、ちゃんと教育を受ければ英語くらい話せるんだ! それにお前らアメリカ人だって日本語まともに話せないじゃないか! くそっ!』


「……ご主人様、戦いますか?」


「はっ! いや、戦うな」


「分かりました」


私がひとりで日本人の鬱憤を抱えているのを、ウスキが誤解して声をかけてくれたおかげで、我を取り戻すことができた。


「実は私がこちらに来たのは、かなり幼い頃のことなんです。後継者争いの冷酷さに耐えかねた私は、家臣ひとりの手を借りてケイナンへ渡りました。そして孤児と勘違いされ、この辺りの孤児院で育てられたんです。だから今ではケイナン帝国語の方が母語に近いんですよ」


「ふぅん……そう」


「はい!」


私は瞬時に別の言い訳を紡ぎ出した。


「いいわ。信じてあげる。正直、あんたの言い訳に穴が多いのは分かってるでしょう? でも、見逃してあげるってこと。過去がどうであれ、今の実力が大事だから」


「……ありがとうございます」


短時間で考えた割にはうまくいったと思ったが、やはり本物の貴族の目には粗が見えていたようだ。


「それでね。あんたに提案があるの」


『提案か…そういえば本人が出てきたんだし、交渉ガイドが開けるはずだ』


私は交渉ガイドを起動させた。


「私の家臣にならない?」


『交渉を開始します。


交渉当事者 : 政嘉男・宇賀, ドー・シェパーチ


交渉タイプ : スカウト


交渉目標 : カウンタープロポーズ


交渉ヒント :

① 相手はあなたを家臣にしたいと思っています。

② あなたにはファインギルドを離れられない使命があります。

③ ドー・シェパーチの最終目的は、シェパーチ侯爵家の家督を継ぐことです。

④ 別の形で後継者争いに有利となるカウンタープロポーズを提示しましょう。

⑤ 推奨戦略はゴゴゴンちゃんの成長に協力することです。』


『ゴゴゴンちゃん?』


最後の戦略推奨にガーゴイルではなく「ゴゴゴンちゃん」と書かれているのを見て、私は思わず目を留めた。


『モンスターに名前をつけると、それが交渉ガイドにも反映されるのか……』


大したことではなさそうだが、今度オーガにも名前をつけてみようかと思った。


『ていうか、このガーゴイルの名前、『ゴゴゴン』ちゃんじゃなくて 『ゴゴゴンちゃん』 だったのか』


私はガーゴイルに一瞬視線をやってから、再びドーに目を戻した。


「申し訳ありません。ドー・シェパーチ殿のお誘いは光栄ですが、私にもやるべきことがありますので……家臣になるのは難しいかと」


私は丁重に断り、さらに言葉を継ごうとした。


「構わないわ。どうせあんたは私の家臣になるんだから」


ところがドーは妙なことを口にした。


「提案が通らなければ命令すればいい。命令も効かないなら脅せばいい。脅しすら効かなければ、戦って奪えばいい」


ガーゴイルとウスキが同時に戦闘態勢に入った。


「交渉なんて、決して難しいことじゃないのよ」


ドー・シェパーチは、不気味に笑った。

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