ep.38 奇縁
一日後。
「ここだ」
私たちは目指していた洞窟に無事到着した。
来る途中、モンスターの襲撃は一度もなかった。
もちろん、姿を見せずにウスキがせっせと追い払ってくれていたのだろうと察していたが、夜になって案の定、ウスキが誇らしげに自分から報告してきたので、私は思い切り褒めてやった。
「ここで何か取るんですか?」
無邪気に問いかけるウスキに、私は答えず笑みを浮かべたまま洞窟へ向かう。
「少し奥まで行くぞ」
「はい! ルクス」
私の意図を敏感に察して光の珠を生み出し、周囲を照らすウスキ。
私たちはためらうことなく洞窟に足を踏み入れた。
洞窟の高さは私の背丈よりわずかに高い程度。時折、頭上から垂れる鍾乳石に頭をぶつけそうになりながら奥へと進む。
「キャア! キャアア!」
ある程度進むと、奥に潜むモンスターたちが姿を現した。
「キャアッ!?」
――ガジッ!
そして一瞬で絶命。
『追い払ったんじゃなかったのか』
ウスキは念動力でモンスターを片っ端から引き裂いて殺してきたのだった。
「えっ? あっ! す、すみません! ご主人様にこんな気持ち悪いところをお見せして……」
私が視線を向けると、ウスキは勝手に勘違いしたのか、まず謝罪の言葉を口にする。
確かに外では、私に見えない遠くからこうして片付けていたのだろう。だが今は洞窟が狭く、しかも潜むモンスターは隠密に特化しているため、事前に全部は処理できなかったようだ。
『叱るつもりはなかったんだが……』
甘えん坊になった一方で、彼女の自信は随分と落ちてしまっていた。
『いや、むしろ自信がないからこそ甘えてくるのかもしれないな』
私はウスキの頭をそっと撫でながら微笑んだ。
「叱ったわけじゃない。ここに来るまでよく頑張ったって褒めてるんだ。ありがとう、ウスキ」
そう告げると、ウスキの表情はぱっと明るくなる。
「はい! ありがとうございます! がんばります!」
こうして素直に褒め言葉を受け取るところは実に良い。
日本のどこかの人間は、褒め言葉をそのまま受け取ったら大変だと言うらしいが――。
『それに、あの女も……。あっ!』
つい無意識にあの女を思い浮かべてしまい、慌てて頭を振って追い払った。
意識しすぎると、本当に彼女と関わってしまいそうな妙な予感があったからだ。
「おっ! やっとだ!」
さらに奥へ進むと、かすかなきらめきが見えてきた。
「ウスキ、光を消してくれ」
「はい」
光の珠が消えても、輝きは失われなかった。むしろ一層はっきりと浮かび上がる。
間違いない。
「探してたものだ。急ごう!」
「はーい! ルクス!」
私が興奮気味に声を上げると、ウスキも弾むように返事をして詠唱を紡ぐ。
そして私の目に映ったのは――
「ゴゴゴゴゴ」
岩が転がるような鳴き声を上げるモンスター、ガーゴイル。
さらにその傍らには――
「あら? どうしてこんなところに人間が?」
女が立っていた。
「こんにちは? ここは私の家ってわけじゃないけど、先に来た者として歓迎するわ。よければ、あの鍾乳石から落ちる水を汲んでおいたから、差し上げましょうか?」
『あの女』だった。
ちなみにその言葉の意味は――「先に来たのは私。石灰水を浴びたくなければさっさと消えなさい」だ。
私はとっさに交渉ガイドを開く。
『交渉不能!
相手に交渉の余地はありません』
「なぜ……?」
思わず呟く。
この女がバザールに現れるには、ファインギルドとバザールを一定以上に成長させなければならないはず。
「あらまぁ。随分と慎重なのね。ご両親の教育がよかったのかしら。礼儀正しそうだわ」
つまり、「礼儀がないところを見ると、親のいない孤児ね」という意味だ。
「……どうして?」
「ふふふ! なるほど、頭は悪くないみたい。ゴゴゴンちゃんもあなたを気に入ったみたいね」
これは、「礼儀がないんじゃなくて、ただの馬鹿だったのね。ガーゴイルとでも遊んでなさい」という意味。
「……」
だが女の笑みはふっと消え、顔を伏せて左右に首を振り、私を嘲笑った。
「無駄ね。この辺の領民なら、どうせあの崩れかけのバザールでしょ。貧乏領の食糧を無駄に食うくらいなら、ここで死になさい」
飾り立てた言葉をやめて本性を見せるのは、相手を殺すつもりだという合図。
彼女は徹底した実力主義者だった。
どれほどの美男子であろうと役に立たなければ、資源を食いつぶすだけだとあっさり殺そうとする。
逆に有能で役立つなら、モンスターでさえ重んじる。
まして自分が飼うガーゴイルに至っては、人間以上に大切に扱っていた。
「ゴゴゴンちゃん、お掃除して」
その一声とともに、ガーゴイルが動き出す。
「ゴゴゴ!」
私は馬鹿を演じ、実力主義の女の注意を逸らすことに成功すると、ごく小声でウスキに念話を飛ばした。
【ウスキ。あの輝いている鉱石がオリハルコンだ。あの女はまともに相手をする必要はない。適当にあしらって、隙を見てオリハルコンだけ持って逃げるぞ】
【えっ? あ、はい!】
私の指示に、ウスキは魔法ではなく肉弾戦でガーゴイルに挑む。
「ゴゴゴゴ!」
「うっ!」
だが驚いたことに、ウスキが少しずつ押され始めた。
『もう……? この段階で、どこまで育ててあるんだ?』
ガーゴイルの等級は最低でD級上位、平均C級、そして理論上限界はない。
この世界でも数少ない成長型のモンスターだ。
いくらウスキの主力が魔法とはいえ、今は狙いが別にあるとはいえ――B級はB級。
つまり、このガーゴイルはすでにB級に達しているということだった。
――ガコン!
ついにウスキの念動力がオリハルコンを壁から引き抜いた。
「エルプティオ・ベントゥス!」
ウスキとガーゴイルの間で空気爆発が起き、二体は互いに吹き飛ぶ。
「ゴゴッ!」
「ゴゴゴンちゃん!?」
女の注意が愛玩の魔獣に向かったその隙に、私たちはすでに逃げていた。
――シュン!
ウスキの念動力によって、私とウスキ、そしてオリハルコンの原石は一瞬で遠くへと飛ばされる。
後方からは意外にも何の声も聞こえてこなかった。
狭い洞窟なのだから叫べばここまで響くはずなのに。
「ご主人様? あの女はいったい何物なんですか?」
いきなり襲いかかってきた相手に良い感情を抱けるはずもないウスキは怒りを顔に浮かべながら、私に問いただしてきた。
「ドー・シェパーチ」
「シェパーチ? シェパーチなら……」
「ウスキも知ってるか?」
そう訊くと、ウスキはうなずいた。
「都で少しでも暮らせば知らないわけにはいきませんよ。三公七侯の一族ですから」
三公七侯――三つの公爵家と七つの侯爵家。
伯爵が三十家もいれば別だが、最上位の貴族家は名声が轟いて当然だ。シェパーチ家はその中の侯爵家の一つだという。
「当主が代々A級モンスターを従えている、すごい家ですよ。どうして公爵に上がらないのか、みんな不思議がってます」
「まあ、爵位を決めるのは軍事力だけじゃないからな」
「じゃあ、あの女はシェパーチ家の跡継ぎなんですね」
ウスキは不思議そうに洞窟の奥を見やった。
「いいや、違うよ」
私は首を横に振った。
『むしろ本当にそうならよかったのに』
そうであれば、この貴い侯爵家の跡継ぎがこんな田舎までさすらって来る理由がない。
「シェパーチ家は跡継ぎを予め定めない。直系だろうが傍系だろうが区別しないんだ」
「あっ! そういえば聞いたことがあります。シェパーチの名を継いだ者のうち、最初にA級モンスターを奴隷にした者が次の後継者になるって話ですよね?」
「その通りだ」
私が答えると、ちょうどそのとき洞窟の外へ出た。
『そういえば、ついて来なかったな』
ウスキの念動力はD級程度だ。あのB級に見えるガーゴイルに乗って追って来ていたら一瞬で捕まっていただろうに、素直に見逃してくれたらしい。
「でも、そんなすごい女がどうしてこんな所まで来たんだろう?」
「……そうだな」
ウスキの問いで、ようやく私には整理がついた。
「オリハルコンの情報を得たんだろう。どうやって知ったかは知らないが、侯爵家には独自の情報網があるんだろう」
「オリハルコンなら、どんな侯爵家でも手に入れるのは難しいでしょうけど、それにしてもここまで来る理由がわかりません。人を使って持ってこさせればいいのに……」
ウスキの言葉に、私は首を振った。
「後継者争いで負けたんだ。ガーゴイルは通常C級にしかならないからね」
『通常は、だが』
「で、でもあのガーゴイルは絶対にC級じゃなかったです! 明らかにB級でした!」
「そうなんだ。ガーゴイルってのは特別な種で、成長の余地がある」
まだ世間には広く知られていない事実だ。いや、そもそもドー・シェパーチが初めてそれを明らかにしたのだ。
「ガーゴイルをA級まで育てれば、少なくともチャンスが出てくるだろう」
交渉ガイドが失敗するのは最初から予想していた。いくら私が何かを報酬にしても、侯爵位と比べれば価値が足りないからだ。
「つまり、あの女がオリハルコンを狙っているのは、ガーゴイルの成長に関係があるからだな?」
「その通りだ。希少な金属を食べさせれば成長するんだ」
正確には、マナを帯びた金属だ。通常の金属にはマナは宿らない――それは錬金術師がいくらでも作れる。オリハルコンのようにマナを宿す金属は、錬金術師に作れない。だからこそ希少金属と呼ばれるのだ。
『ともかく気をつけないとな。あの女がここでうろついているなら、オウガ・サーカスが出来ないかもしれない』
交渉で遠くへ誘導できればいいが、目の前のオリハルコンに執着して「愚かな人間」とレッテルを貼られた今、私の言葉はもう耳に入らないだろう。
「ふむ」
ところがウスキが突然、鼻を鳴らして何かおかしいとでも言うように声を上げた。
「ふーむ」
私をじっと見つめながらそう言う。『喋りすぎたか。だが仕方ない。あの女がここで飛び出すとは予想しなかった』と思いながら、私はウスキを真っ直ぐ見返した。
「え? へっ? うっ!」
するとウスキは慌てて視線をそらした。
「ご、ご主人様? そんなにじっと見られると恥ずかしいです……」
「ウスキ」
ちょっと照れていたかと思えば、私が真剣に名前を呼ぶだけで――
「はい、ご主人様。おっしゃってください」
ぴんと背筋を伸ばして、命令を待つ姿勢になる。
『ウスキには打ち明けてもいいだろう』
可愛くて忠実な、私の奴隷だ。
「言っておくことがある」
「はい。ご主人様のご信頼に深く感謝します。聞く準備はできています」
間髪入れずに私は言った。
「私は、別のところから来た人間だ」
「はい。そですね。事実は察していました」
だがウスキからは意外な返答が返ってきた。
「え、え? どうしてわかったんですか?」
『まさか、私みたいに憑依されている人間が他にも?』
そうざわつく心の内を押し殺していると、ウスキの言葉は続いた。
「この前、リシさんとアリスさんがご主人様を“マサカオ”って呼んでいるのを聞いたんです」
「そんなことでどうやって……」
「貴族なんですよね? 向こうの大陸、ナパース帝国の」
私は少し呆気にとられ、そしてぎこちなく頷いた。
「……ああ、そうだ」
『まあそんなことにしよう』
私はぎこちなくうなずいた。




