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止められない女たち

母との再会を果たしたあと、以前よりも明るい表情を見せるウスキに、ひとまずは建物の管理人の仕事を続けてみてはどうかと提案した。


どうせ私はギルドで働き続け、その規模を大きくしていかねばならない。わざわざウスキに新しい仕事を探させる必要もなかった。


それに、ウスキ自身もどこかでそれを望んでいるように見えた。


「ご主人様のお部屋、私が毎日お掃除したいです!」


理由は単純にそれだった。


「えっと……私にも私生活があるから、毎日はちょっと困るな。必要な時にお願いするよ」


「はいっ!」


「それより、先に頼みたいことがいくつかあってね……」


そんなふうに言葉を交わしながら、結局ウスキが管理人を続けることで話はまとまった。


そして残りの一日は部屋にこもり、今のギルドの状況をどう打開すべきか、ひたすら思案しながら過ごしたのだった。


---


皆が眠りについた夜。


リシは昼間に買ってきた本を開いた。


「必ず成功させるんだから……」


それは魔法書だった。


「私も絶対に、マサカオさんの……!」


この世界に生まれた子供は、普通十歳前後になるとマナを覚醒させるための修練を始める。


そして五年間の修練を経ても十五歳になるまでにマナを覚醒できなければ、その者は一生一般人として生きることになる。


リシも十五歳までマナを覚醒できなかった。


本人も諦め、普通の人間として生きてきた。


だが、昼間に見た光景が、リシの心にひとつの執念を刻みつけた。


「マサカオさんの奴隷になるんだから!」


アリスも負けじと政嘉男に好意を示している。だが、政嘉男は照れはしても決して受け入れようとはしなかった。


しかし、強大な力を持ちながら自ら奴隷となったウスキに対しては、彼の態度はまるで違っていた。


「私も奴隷になって、ご主人様のマサカオさんに甘えるんだ! ぎゅっと抱きしめてもらうんだ! よしよしってされるんだ!」


リシは十年以上も前の記憶を掘り起こし、再びマナの修練に身を投じた。


そして驚くべきことに、その努力はそう遠くないうちに報われることになるのだった。


---


目を覚ましたのは、自分の部屋だった。


「夢か」


目を開けた瞬間に、そう直感した。


「最近もこんな夢を見たな。三日前だったか?」


ベッドから降りて扉を開け、部屋を出る。

そしてリシの部屋の前に立ち、扉を開けようとした……?


「……?」


開かなかった。


「どういうことだ? 確かリシさんの部屋に、リシさんの姿をした女神が……あ!」


女神の言葉を思い出す。


「女神がリシさんの姿をしていたのは、俺の無意識に投影された姿だからと言っていたな。今は正直、リシさんよりウスキのことを考える時間のほうが多いし……」


半信半疑のまま、一階に降りてウスキの部屋へと向かう。


――ガチャッ!


「ご主人さま!!!!」


扉を叩く間もなく、ウスキの部屋の扉が勢いよく開き、彼女が飛びついてきた。


「昼間に見た場面だな」


違うのは、あの時のウスキは泣きそうだったのに対し、今のウスキは笑顔を浮かべているということ。


「それにしても、やっぱり女神さまじゃないですか。ウスキの姿をするだけならまだしも、どうして昼間の出来事まで真似するんですか?」


「うふふ! 気分がいいからですよ! 三日前のことはとても見事でしたからね!」


「ありがたいですが、三日遅いですよ」


「まだ力を回復中なんですもの、仕方ないじゃないですか。ふんっ!」


俺の指摘に、女神はすねたふりをしてみせた。

三日前の夢の最後に本性がバレてしまったせいか、以前のように上品ぶることはなくなっていた。


「では力の回復に専念して、まずは能力の欠陥を直してください」


実は翻訳機能のうち、カタカナで表示されるべき部分がハングルで表示される問題はいまだに解決していなかった。

俺がハングルをそれなりに勉強していたおかげで、仕事中に詰まることはなかったが、目にするたびに一瞬固まってしまう。


「あっ! そ、それは! やってますよ! 忘れずに努力してますからぁ~!」


「間違いなく忘れていたな」


ここは俺の夢の中、無意識の世界だ。だから考えたことがそのまま口から出てしまう。

分かっていながら、あえて口にした。


「ひゅ~ひゅ~♪」


女神は聞こえないふりをして口笛を吹いた。


「……」


――ピシッ!


俺は女神の頭にデコピンを食らわせた。

ウスキの姿をしているから背が低く、ちょうど叩きやすかった。


「きゃあっ!? な、何をするんですか! 二度目の出会いにして、私をあまりにもぞんざいに扱いすぎじゃありません!? 私、こう見えて女神なんですよ!」


女神は頭を押さえて抗議してきたが、俺は細めた目で黙って睨みつけただけだった。


「俺がこの世界を気に入っているかどうかは別として、人を勝手に異世界へ連れ込む迷惑女神に、良い感情を抱けるわけがないでしょう」


最初に会った時は余裕がなかったから流しただけだ。


「ぷぷっ! 異世界ライフを満喫してる誰かさんにだけは言われたくないですね」


「誰が満喫してるんですか。忙しくて死にそうだっての」


そう言った瞬間、ふと考えがよぎった。


「いや待て。むしろ都合がいいな。ここでギルドを立て直す方法を考えるとするか」


どうせ夢だしと、俺は床にごろりと横になった。


「女神さま。床がちょっと硬いんで、場所を変えてくれませんか? あ、畳なんかも再現できるんですか? 久々に畳の上で寝転がりたいですね」


「女神に私的な用事を頼まないでくださいっ!」


「私的な用事じゃありませんよ。ファイン・ギルドを立て直せば、世界も救えるんじゃないですか」


「……ぐぬぬ!」


女神は頬をふくらませ、ぷいっと顔を背けた。


「おお、本当に変わった。ありがとうございます」


俺の言葉が理屈に合うと思ったのか、寝転がった場所は畳敷きの部屋に変わっていた。


「いいでしょう。ここで考えをまとめることは許します。でもその前に、私の話を聞いてください」


女神は急にいたずらっ子の態度をやめ、再び気取った口調になった。


「分かりました」


俺も真剣な話だと察して、姿勢を正して座り直す。


「私が機嫌がよかった理由、あなたを褒めたい理由が分かりますか?」


「え? ああ……オーガからバザールと多くの人を救ったからでは?」


俺は本気でそう考えていた。


「違います。私が褒めたいのはポイントです。交渉成功の報酬ですよ」


「ああ。それはむしろ俺が感謝すべきことなんですが……なぜ……」


「では、なぜお礼を言わないのです?」


「……少し忘れていただけです」


人の言葉をさえぎって礼を要求する女神を、俺は再び細めた目で睨んだ。


「それに、まず褒めてくださるんじゃなかったんですか?」


しばし沈黙。


「……えへん! そうですね。褒めましょう」


そう言った瞬間、女神の身体から光が溢れ出す。

ウスキの姿は消え、光の輪となった。


「異邦より来たりし者よ。この世界の主である我、女神ソチエタスはあなたを称えます。縁もないあなたの献身的な活躍によって、この世界は平和に一歩近づきました。感謝します」


「ええと、ありがとうございます。ですがその姿は……?」


「本当なら本身で顕現し、直接褒めてあげたいのですけど、まだ不可能ですからね。せいぜい、あなたの魂に負担がかからない程度の顕現です」


そう言うと、光の女神は再び形を持ち、女性の姿となった。


「……あら? どうしてまた違うんでしょう?」


今度はアリスの姿になった女神が、自分の身体を見回して首をかしげる。


「さっき光の黄色を見て、アリスさんの金髪を思い出したんですよ」


どうせ無意識の世界だから嘘はつけない。正直に答えた。


「ぷふっ……罪な人」


「いや、善行ばかりしてきたとは言えませんけど、そんなに罪深い人間でも……」


「さあ! くだらないことは置いといて、早く質問なさい」


「くだらないことって……」


確かに自分の利益のために悪事を厭わない面はある。だが女神に「罪深い」と言われるとさすがにこたえた。

とはいえ、女神の圧に押されて、さっき中断された質問を続けざるを得なかった。


「ポイントの本質とは何です? 本来それを得て喜ぶべきは俺なのに、なぜ女神さまが嬉しそうにして感謝まで伝えるんです?」


「ふふふ。やっとその質問が出ましたね!」


女神は上品な態度を崩し、再び小悪魔のような顔に戻った。


「……まさか」


嫌な予感がした。


「それは秘密ですよ☆」


「連続デコピン!」


「きゃああ! ちょ、ちょっと! 仕方ないんですってば! 摂理に関わることだから詳しくは言えないんです!」


逃げながら言い訳する女神を、俺は容赦なく追いかけ、頭を叩き続けた。


「じゃあ簡単にでも説明しろ!」


「わ、分かりました! もうやめてください! 冗談だったんです! 最初から話すつもりでしたから!」


そこでようやく手を止める。


「はあ……無駄な冗談を……」


「くぅっ! やっぱり罪な人!」


「今の罪で地獄に落ちるなら、後悔なく落ちますよ。それより、もっと叩かれたくなければ早く言ってください」


「分かりましたから、手を下ろしてください!」


俺は手を下ろした。


「まず、交渉ガイドが提示した目標を超える成果を得ることが、神の力をも超える偉業に匹敵すると前に言いましたよね?」


「ええ、覚えてます」


「つまり、あなたが神の力を超える偉業を成すほどに得られるポイントが多くなり、それによって私とあなたとの存在の調律が行われる……。言えるのはこれくらいです」


女神と俺の存在の調律。


「ふむ……聞いてもよく分かりませんね。まあ、ありがとうございます。ところで今回の逢瀬の残り時間はどれくらいですか?」


「うーん……もうあまり残っていません」


「役に立ちませんね」


「な、なんですって!?」


「せっかく質問しても詳しい答えはもらえず、ギルド再建のために考える時間もろくに与えられないじゃないですか」


「嘘つかないで! 今ひらめいたじゃないですか! ギルドを再興する方法を!」


「それは女神さまの頭を叩いていたら偶然……あ!」


「ふん! ほら見なさい! 役に立ったでしょ! ……っていうか、私の頭が薪だって言うんですか!?」


「女神さま、ご健勝を。力の回復が順調であることを祈っております。もっとも本人に祈るようなものですが。さて、私はそろそろ目を覚まします」


そう言った瞬間、夢の世界にひびが入り始めた。

やがて空間そのものが崩れ、意識が浮上していく。


その最後に、女神が不穏な一言を残した。


「わ、私にこんなふうに扱われたのは、あなたが初めてだ!」


その声を最後に、俺は夢から覚めた。

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