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覚醒

今回はちょっと急ぎ気味に展開しちゃいました。


エピソードが長くなりすぎちゃったので……。


タイトルを見れば分かると思いますが、本編はまだ始まってもいません。

言ってしまえば、まだプロローグみたいなものですね。


だから今回の話は、ちょっとドタバタしてるかもしれません。


どうか広い心で見てもらえると嬉しいです……。


「駄目かと思って、心臓が跳ねて死ぬかと思いましたよ……」


酒場の店主が胸を押さえながら言った。


『思ったより少し時間がかかってしまったな』


残りの制限時間をほとんど使い切ってしまった。

正直、私も少しビビっていた。


『それでも……!』


私は満足げに二号奴隷を見上げた。


「クオオ! 主人! 命令だけしろ! 俺はいい奴隷だ! いい奴隷には旨いものをくれるだ! ウオオ!」


「余計なこと言うな。とりあえず領地の外に出て待っていろ」


「クオ?」


突然つっけんどんに言われて、オーガは首を傾げた。


「その前に一つだけ命令しておこう。二度と絶対に人間を食うな」


先ほどオーガ自身が言ったことではあるが、主人として念押ししておいた。


「人間食ないだ!」


「よし。じゃあ出て行って待ってろ」


「クオ! オーガ、主人の言うことよく聞くだ!」


オーガは無駄に軽快な足取りで、自分が壊した城壁の方へと出て行った。


『誰がやるもんか』


もちろん全部、詐欺契約だった。


普通の契約なら、詐欺が発覚すれば契約は自動で破棄されるのが原則だ。だが奴隷契約は、そもそも普通の契約ではなかった。


奴隷となる者が命を捧げる覚悟。それだけが唯一の契約条件。


主人になる側の同意すら必要ないし、対価や事情など一切問われない。


つまり──主人となる者はもっともらしい条件を提示する必要すらなく、さらに言えば詐欺を働いても構わないということだった。


『たまに気が向いたら一つ二つ投げてやればいいか。それより交渉の結果はどうなった?』


妙に、前のウスキのときもそうだが、結局は撤退させるのが目的だったのに奴隷にしてしまった。


ウスキのときは「交渉目標超過達成」ということで大量のポイントを貰えたが、今回はどうだろうかとすぐに確認した。


「交渉成功!


あなたは成功しました。


交渉ガイドが提示した目標を超過達成しました!


大きな報酬が与えられます。


ガイド目標:オーガの撤退


交渉成果:オーガの服属


交渉ポイントが支給されます。


ポイント:700,000pt.


※初のモンスター奴隷アチーブメント達成!


報酬:①奴隷の位置追跡機能が解放されます。

   ②奴隷の視界共有機能が解放されます。」


『あん!? たった七十万ポイント?』


ウスキはもっと下のC級だったのに百五十万ポイントも貰えた。


それなのに、B級に分類されるオーガは半分にも満たない七十万しか貰えなかった。


『モンスターは知能が低くて騙しやすいから、難易度が低いと判定されているのか?』


これが一番納得できる推測だった。


『まあ、それはそれとして……アチーブメントはまた奴隷関連かよ。これ、交渉ガイドじゃなくて奴隷ガイドなんじゃね?』


文句はともかく、面白い機能が追加された。


『奴隷の位置追跡か……試しに使ってみるか』


これまでと同じように「使う」と思っただけで、手の甲からまっすぐ伸びる鎖のようなものが二本現れた。


『これは……?』


鎖の先を目で追うと、一つはオーガが出て行った城壁の向こうへ、もう一つは私が来た方角から少しずれた方向へと伸びていた。


どちらも障害物をそのまま貫いていて、動いても引っかかる感じはなく、私にしか見えない幻影のようだった。


『あ、そういえばウスキさんの方はもう終わったかな?』


ここに来る途中、ウスキに「ホブゴブリンと戦うかどうか決めてほしい」と言われ、私は「戦え」と指示した。


ウスキもC級、ホブゴブリンもC級。ならば「天才」と呼ばれていたウスキなら勝てるだろうと軽く考えて下した判断だった。


『せっかくちょうどいい機能ができたし、試してみよう』


私は奴隷の視界共有機能を発動させた。


---


時間を少し遡り、ウスキが政嘉男の命を受けてホブゴブリンのいる路地へ飛び込んだ直後のこと。


ウスキに必要だったのは細かな戦術指示ではなく、行動の方向性を示してくれる存在だった。


かつて「天才」とまで呼ばれたその資質は健在である。


政嘉男により大まかな方針が与えられた後、ウスキの判断と行動は迅速かつ果断であった。


路地に入るや否や、まずマルコスへとまっすぐ駆け寄る。


両手には圧縮された空気が宿っていた。


「はあっ!」


一撃。


拳がマルコスに触れた瞬間、圧縮されていた空気が爆発を起こし、衝撃波となってマルコスを直撃する。


「…ぐはっ!」


痛快な一撃でマルコスを気絶させた。


「まだだ!」


その勢いのまま、近くにいたホブゴブリンに魔法を叩き込もうとする。


「ケルッ!」


――スゥッ…。


しかし拳が突き抜けたその体は、蜃気楼のように掻き消えた。


「まさか…幻影魔法か」


それは精神への干渉ではなく、実際に存在する幻影を見せる魔法。


精神干渉なら心を防御するだけでよいが、この幻影を見破るには特別な魔法が必要だった。


「フェネトラティ……んぐっ!」


だが幻影看破の呪文を唱えようとした矢先、別の妨害が襲いかかる。


「幻影の上に精神干渉だと? しかも効果は認識改変と発情…見た目通り下劣で卑猥なやつめ」


「ケルルッ!」


ホブゴブリンのあざ笑うような声を追って、ウスキは建物の上に飛び上がった


「アスタ・イグニス!」


跳躍の最中、詠唱。炎の槍が三本、彼女の周囲に顕現する。


――フンッ!


まず一本を放つ。


――ドガァン!


――スゥッ…。


再び幻影が消え失せる。


「ケルッ!」


「やぁっ!」


声の方向にすぐさまもう一本。


――ドガァン!


――スゥッ…。


またしても同じ。


「ケルッ!」


「はあっ!」


三本目も結果は変わらなかった。


「ケケケケ!」


嘲笑う声が響き、直後、魔力の奔流が飛んでくる。


「そこ!」


ウスキは既に感知していた。


炎の爆発音に紛れて、密かに探知魔法を繰り返していたのだ。


「コンプレシオ・ヴェントゥス!」


足元に圧縮された空気が集まり――


――ドンッ!


小さな爆発を足場に、彼女は跳び上がる。


向かった先は逆に建物の下、マルコスのいた場所だった。


軽やかに着地すると、そこにはよろよろと立ち上がるマルコスの姿があった。


「ぐうう……」


まるでゾンビのように。


「ケルルルッ!」


ホブゴブリンはその背後に隠れて嗤っている。


「フルゴル!」


――バチィィッ!


稲妻がマルコスを貫いた。


「そんなものを盾に使うのか?」


「ケル?」


ホブゴブリンは訝しげに首を傾げる。


人間は危機の際、互いを庇い合うか、見捨てても罪悪感に苛まれる――そう学んできたのだ。


だがウスキにはためらいも罪悪感もない。


マルコスは操られた時点で、ただ「いじめてもいい子」に成り下がっていたからだ。


さらに彼女は長年の追跡経験から、相手を殺さず痛めつけたり昏倒させたりする術を数多く身につけていた。


「くだらない手はやめろ、大人しく――ぐぅっ!」


「ケルルッ!」


ホブゴブリンの精神干渉が再び襲いかかる。


「き、効かない!」


辛うじて振り払うが、先ほどよりも動きが鈍った。


「ケケケ!」


そしてまた幻影を残して姿を隠す。


こうして少しずつ消耗させられ、ウスキは追い詰められていった。


その結果、政嘉男の視界に映ったのは――


「ケケケケケ!」


「くぅっ! はぁっ!」


ついにウスキを制圧し、踊るように勝ち誇るホブゴブリンの姿だった。


政嘉男は即座に思考を巡らせる。


オーガを連れて行くのは無理だ。


彼が奴隷にした事実はまだ知られていない。


もし領地内を歩かせれば、大騒ぎは避けられない。


何より無理に同行させる必要もない。


「ケンサマ! ワナサマ! 領内にモンスターが侵入しました! ランクはC! ウスキさんが応戦中ですが危険かもしれません! 援護を!」


「なにっ!? なぜそれを今まで隠していた!」


セラが政嘉男を咎める。


「……これは行かざるを得ないな」


エイブは溜息をつきながらも急いで装備を整える。


「すみません! 私の油断でした! 一刻を争います! 私が道を知っています!」


「よし、背中に乗れ! 案内を!」


「えっ、あ、はい!」


セラの言葉に政嘉男は一瞬たじろいだが、状況は急を要した。


「急げ!」


C級冒険者の脚力は凄まじい。


出発から程なく、ウスキとホブゴブリンの姿が視界に入った。


もっとも、それはC級の視力ゆえで、政嘉男には見えなかったが。


「何だあれは? ゴブリンか?」


「あの化け物、動揺しているようだな」


「どういう状況だ…? まあいい。距離は十分。マサカオーガを背負っている分、威力は落ちるだろうが、先手必勝だ!」


「私は背負ってくれなんて頼んでませんが!?」


「バザール流・第四章・第五式」


セラは軽く無視して、政嘉男を背にしたまま姿勢を整える。


「狙撃」


発射された弾丸は矢のように飛び、ホブゴブリンの背を撃ち抜いた。


その瞬間、確かにホブゴブリンは動揺していた。


「ぐぅっ! ご主人様! マサカオ…様。すみま……ぐああっ!」


精神干渉で認識を改変したはずなのに、ウスキは主として従う様子を見せなかった。


当然だ。命まで委ねる奴隷契約は、認識改変よりも上位の魔法なのだから。


焦ったホブゴブリンはなおも無理に干渉を重ねるが、そのせいでウスキは激しい頭痛に苛まれていた。


魔力も尽きかけ、見えない束縛に抗うこともできず、ただ苦しむだけ。


心を占めていたのは――主の命令を果たせなかった悔恨と、自らの無力さ。


それが何よりも彼女を苛んでいた。


「ケルルルッ!」


耐え切れなくなったホブゴブリンが、ついにその醜悪な欲望を露わにして迫る。


だがその瞬間――


――シュパァン!


「ギャアッ!?」


セラの弾丸が飛来し、背を撃ち抜いた。


その隙に三人は声を届けられる距離にまで迫っていた。


「ウスキさん!! 目を覚ましてください!! あなたの主がここにいます!!」


「…主?」


背後から響いた言葉に、セラは思わず眉をひそめる。


だが政嘉男は気にする暇もなかった。


「ご主…様? ご主様? ご主様! ご主様!!!!!」


安堵と謝罪と激痛に混乱する頭の中で、ただ本能のままに主を求めるウスキ。


そして待ち望んだその声が耳に届く。


「目を開けろ! 覚醒するんだ!」


――覚醒。


ウスキは既に一度、命令を守れなかった。


主の命を命より優先する身にとって、それは死に値する大罪。


――覚醒せよ。


だというのに、優しい主は再び機会を与えてくれた。


ならば今度こそ、命を賭してでも果たさねばならない。


修行をしていなかった今の自分に、そんなことができるはずはない。方法も知らない。


それでもやらなければならない。


それこそが存在意義だからだ。


――覚醒します!


その瞬間、ウスキの魔力が大きく膨れ上がる。


――クワァァァァン!!


爆ぜるように、覚醒が訪れた。


「ケルッ!?」


その余波でホブゴブリンが吹き飛ぶ。


「うわっ!? なんだ!?」


飛んできたそれを見て、エイブは反射的に結界を張った。


侵入を強行すれば跳ね返す、C級の結界。


「ケルルァッ!」


そこへB級の魔力嵐がぶつかり、圧し潰す。


ホブゴブリンは絶叫を残して死に果てた。


「一体何が……」


あまりに予想外の展開に、セラは呆然とウスキの傍らに立ち尽くした。


囲む三人をよそに、ウスキは主の命令を果たせた満足を胸に、安らかな表情で眠りに落ちていた。


もう一度、この日は、政嘉男にB級奴隷を手に入れた日として記録されることになった。

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