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混乱

「ところで、ウスキさんはどうしてここに? まさかオーガと戦うのを手伝いに行くんですか?」


アリスが私に怒鳴っていた時とは違い、ウスキに向かってはおとなしい声で問いかけた。


彼女はまだ道にぺたりと座り込んでいた。馬車の通る舗装路だからといえ、疲れている様子とは別に、その行為は妙に自然だった。


「ええ。たいして役には立てないでしょうけど。大事な故郷であるバザールが滅びるのを、ただ黙って見ているわけにはいきませんから」


私の奴隷になってからは外見どおり甘えん坊のように振る舞っていたウスキが、アリスに向かって話すときは再び上品な女性の口調に戻っていた。


「そ、それなら失礼ですが、一つだけお願いしてもいいでしょうか?」


アリスの声が急に切迫したものになる。


「ごめんなさい。今の私はもう自分の行動を決める権限がありません。これから私に頼みたいことがあれば、まずご主人様におっしゃってください」


ウスキはまるで接客業を心から楽しんでいるかのような笑顔で、アリスを私へと案内した。


「えっ? ご、ご主人様!?」


すると、なぜかリシの方が飛び跳ねた。


「はい。成り行きでそうなりました。アリスさん、ウスキさんに頼みたいこととは何ですか?」


「え? あ、あの、向こうでマルコスさんがモンスターと戦ってるんですけど、助けてもらえませんか? 相手はCランクの中でも上位の希少種ホブゴブリンです! マルコスさん一人じゃ長くは持ちません!」


アリスも衝撃を受けたらしく、しばらく呆然としたあと、我に返って慌てて要件を伝えてきた。


『ホブゴブリン!?』


私は思わずウスキを見た。


「ご主人様のお望みのままに」


ウスキが丁寧に頭を下げ、指示を仰いできた。


「すぐに行ってホブゴブリンを討て心臓を確保しください! ウスキさんのお母さんを癒すポーションの素材です!」


「えっ!? あ、はい! 謹んで命令を承ります! ありがとうございます!」


思いがけない情報に一瞬驚いたウスキだったが、すぐに弾むような声で再び私に深々と頭を下げ、感謝を告げた。


「リシ、案内をお願いできますか?」


「……は、はいぃ……」


『……どうしたんだ?』


リシはなぜか魂が抜けたように呆けたまま、のろのろと返事をする。


だがウスキは気にも留めず、リシに近づくてそのまま抱き上げた。


「ご主人様、行ってまいります!」


「はい。任務を果たすか、特別な状況になったら必ずラインを。知ってますよね?」


「はい!」


ウスキは快活に返事をし、アリスが示した方向へ駆け出していった。


やがてその姿が見えなくなると、アリスが口を開く。


「どういうこと? ご主人様って……ウスキさんが本当にあんたの奴隷になったの?」


「成り行きで……。今は悠長に説明している場合ではないので、後ほどに。というか、突然ため口に変えるんですか?」


「だって、あんたのせいで散々な目に遭ったんだから、丁寧に接してやる気分になれないわよ。それにあんた年下でしょ? ギルドでも新人だし。さっきはウスキさんが急にご主人様って言ったから、それに合わせただけ」


「ははは……」


『まるで何か過去を隠してる女性みたいだな……。実は学生時代はギャルとか不良だったとか。平民だから学校には行ってなかっただろうけど』


苦笑しつつ心の中でアリスに対する評価を修正していると、不意にアリスが笑い出した。


「ぷふっ! あははは! でもやっぱり面白いわ、あんた。よりによってこんな時にウスキさんを落としちゃうなんて。騒ぎを起こす天才ね!」


さっきまで敵対的に見えていたのに、今はまた急に好意的にこちらを見てクスクス笑っている。荒っぽいが根に持たない性格らしい。


「落とすなんて、人が聞いたら誤解しますよ」


『ロリコンってな』


「そう? でもウスキさん、私が今まで見た中で一番幸せそうな顔してたよ?」


『母娘を長年苦しめてきた問題が解決したんだからな』


しかも最大の難関だった素材集めが思いのほか簡単に片付いてしまった。


依頼で発注すれば報酬がBランク級まで跳ね上がるアイスフラワーの花粉はポイントで買えるようになり、金を積んでも入手困難なホブゴブリンの心臓まで転がり込んできた。


ゲームなら「ご都合展開すぎる」と叩かれても文句言えないほどの幸運だ。


『それにオーガを解決する糸口まで掴んだからな』


交渉準備ショップを開いたとき、まるで今回の事態を予見したかのように適切な商品が揃っていた。


まさに順風満帆。


誰かが用意したかのように事がすんなり進むこの展開を、実際に自分が味わっていると思うとただ嬉しくなる。


『作為的の展開最高!』


「ともかく、私は行かないと。これ以上遅れれば被害が出るかもしれませんから」


私がいなければオーガを止められないのは変わらない。遅れれば大変なことになるかもしれない。


「待ちなさい! 一緒に行くよ!」


私が背を向けると、アリスが立ち上がり私の腕に絡みついてきた。


「急に何を……?」


「か弱い一般人を夜道に一人残して行くつもり?」


「私も同じ一般人ですが」


「ふん。C級奴隷のオーナーが一般人?」


「いや、それは……」


妙な誤解が生まれてしまったらしい。


「それに、あんた今オーガが現れた場所に行こうとしてるんでしょ?」


アリスは私の弁解を遮った。


「……はい。まあ、その通りです」


「私から見れば、あんたは『どうせ死ぬならオーガ見物でもしてから死のう』なんて自棄になるタイプじゃない。解決の手立てがあるんでしょ?」


『……思ったより頭が切れるな?』


「だから今の私にとって、一番安全なのはあんたのそばにいることなのよ。ケチケチしないで一緒に行かせなさい」


私が返答できずにいると、アリスはそれを肯定と受け取ったのか、逆に前に出て私の腕を引っ張った。


「わかりました、わかりましたから、その腕を放してください。人に見られたら誤解されます」


そう言うと、アリスは急にいやらしい笑みを浮かべた。


「うふふっ、やーだ」


「……なぜです?」


「面白そうだから! 私もリシちゃんとウスキさんの間に参戦することに決めたの」


そして意味不明なことを言い出す。


「それはどういう意味……」


「うるさいっ! 早く行くわよ!」


私が問い返そうとすると、アリスは即座に遮り、長く走って疲れたというのが嘘だったかのように快活に私を引っ張っていった。


---


「こっちです……」


「わかりました!」


どこか力の抜けたリシの案内に従い、ウスキは路地へと飛び込んだ。


そこには、一人の男が何事もなかったかのように立っていた。


「彼がアリスさんが言っていたマルコス様ですか?」


「はい」


アリスの問いかけに、リシがマルコスを確認する。


「ふぅ……もうしっかりしないと」


リシは首を大きく振って気を取り直そうとした。

だが、その視線はなおもウスキを盗み見ていた。


「でも、あの人……少し変ですよ?」


「え?」


リシの様子を気に留めることなく、ウスキはマルコスを観察して異常に気づいた。


――詳しく見るまでもなかった。

マルコスは明らかにおかしかった。


意識を失っているわけでもないのに、知人を目の前にして何の反応も示さないのだ。


「インダゴ」


ウスキは即座に探索魔法を展開した。


「!」


マルコスの頭部に、洗脳魔法の痕跡が浮かび上がる。

だが、その魔力は人間のものではなかった。


しかも、その魔力の源は頭上から感知された。


「しっかり捕まって!」


「は、はいっ!」


ウスキは急ぎリシを抱え、そこから飛び退いた。


――ドォンッ!


つい先ほどまでウスキが立っていた場所に魔法が撃ち込まれ、爆ぜた。


皮肉なことに、リシがウスキに気を取られていたからこそ、ウスキの叫びに即座に反応してけがをせずに済んだ。


「まさか……魔法を使うモンスター!?」


前例が全くないわけではない。

実際、ホブゴブリンが魔法を操るという記録は存在する。


ただ、大陸全体で五百年に一匹出るかどうかという存在の情報を、わざわざ覚えている者などほとんどいないだけだ。


ウスキのモンスターの知識は一般的な域を出ない。

そして常識的に、魔法を操るモンスターといえば最低でもB級。


ウスキの胸に恐怖が走った。


「と、とにかくご主人様に連絡を……!」


自らの判断を放棄し、マサカオへメッセージを送ろうとした。


――フンッ!


「きゃあっ!」


その瞬間、リシの悲鳴に反応できたのは奇跡に近かった。


マルコスの斧を避けられたのも、C級に比べて明らかに遅いD級の攻撃だったからだ。


それでも、ほんの少しでも遅れていれば――C級であるウスキは無事でも、リシは命を落としていただろう。


「ご、ごめんなさい! でも、まずはご主人様の判断を仰がないと!」


なおも混乱から抜け出せないまま、ウスキはリシを抱きかかえ、逃走を始めた。


それは、楽観的だったマサカオの想定とは明らかにかけ離れた事態だった。

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