食事の約束
結論から言えば、断られた。
『まあ当然と言えば当然か……』
ただ、断られた理由は予想と違っていた。
『なんで宴会に関する報告書が存在してるのか、そこから考えるべきだったな』
ファインギルドでは、社員たちの宴会に金銭的な支援を行っているらしい。
理由は、サラリー冒険者たちのためだ。
冒険者という異質な職業に従事する者たちは、誰よりも利己的で、誰よりも協調的という二面性を持っている。
一つの依頼で命が危うくなるのが日常だから、生き残るための本能とも言える。
そして、そんな彼らを動かす根本的な原理は――金だ。
簡単に言えば、冒険者たちはギルドから、あの手この手で金を巻き上げようとする。
ギルドに雇われているサラリーマンたちも例外ではなかった。
同じ等級の他の冒険者よりも多くの報酬を受け取っているくせに、あれ買ってこれしてと要求が多いのだという。
ただし、無理に押し通そうとはせず、駄目なら諦めるというスタンスらしい。
そういった要求の中で、ギルドが受け入れられると判断したものは受け入れ、却下すべきものは却下する。
ファインギルドが受け入れた数ある要求の中の一つが「宴会の費用を支援してほしい」というものだった。
そして、通常こうした福利厚生は冒険チームの提案によって実施された場合、他のチームにも同様に適用される。
だから、他の社員たちはサラリー冒険者を図々しいと思いながらも、一方では感謝しているらしい。
結局、ガイウスが私を断った理由はこうだった。
―既に人数分で予算申請を済ませているため、これ以上参加者を増やせない。どうしてもやりたいなら、自分の金でやれ。
『……日本ではずっと自腹で宴会してたけどな』
「そうですか。ご説明、ありがとうございました」
私はここまでの事情を説明してくれた相手に丁寧に頭を下げた。
「はいっ!えへへっ。お役に立てたならうれしいですっ!ほかにも気になることがあったら、遠慮なく聞いてくださいね!いつでも!絶対!たくさん!」
一生懸命に話してくれた相手、リシはキラキラした顔でそう言ってきた。
『もうすでに遠慮したいんだけど……』
ガイウスに一蹴され、シチュー一杯だけ受け取って食堂を出ようとしたとき、私はリシに出くわした。
あやうくシチューを放り出して逃げるところだったが、どうにか捕まって一緒に座ることに。
もちろんミアは相変わらず自分のペースで、今はリシと二人きり。
私はいまだにあの「勘違い事件」のトラウマが抜けず、リシの目すらまともに見れない状態だった。
そんな私の気持ちも知らず、リシはご機嫌に話し続けていた。
「でも、事務所のほうでは宴会やらないんですか?マサカオーガさんが入ったから、飲み会があってもいいと思うんですけど?」
「ああ、それはですね……」
午前中の会議で一瞬だけ話題に上がった件だ。
「ちょっと延期することになりまして。ギルド長とセラ先輩が、どうも何か事情があるみたいで」
ギルド長はともかく、セラは自分が参加しないなら宴会そのものをすべきではないと考えているようだった。
『さっきガイウスと話したときもそうだったし、やっぱりセラは何かを隠してる……』
そして、その「何か」が彼女が突然姿を消す理由かもしれない。
「残念ですね。じゃあ、私たちと飲み会しますか?なんてね。えへっ」
「えっ!?いいんですか?」
「え?」
「今夜、受付の皆さんと私で宴会をしてもらえませんか?」
これなら「私たちで宴会します」という名目で、ガイウスの近くに陣取る口実ができる。
『さっき報告書には確か場所が……』
「えっ!?本気なんですか!?」
一人でプランを立てていたところに、リシの反応が飛んできた。
「あ……そうですよね。すみません、冗談だったんですね。私ったら、また勘違いを……」
昨日あれだけ恥をかいておいて、また同じ過ちを繰り返し、しょんぼりしてしまった。
「ああっ!違います違います!そんな意味じゃないですっ!私はむしろ本気だったんです!ただ、他の子たちにまだ聞いてなくて、ちょっとだけ時間が必要で……」
「大丈夫です。私が空気読めなくて勝手に勘違いしただけですから。気にしないでください」
『どうせ「みんなに聞いたら時間合わないって~、ごめんねww」ってパターンだろ……』
もう二度と勘違いしないように気をつけよう。
「違いますってばー!!」
リシは申し訳なかったのか、私の手をぎゅっと握った。
再び感じた彼女の手は、やはり柔らかかった。
「絶対にやりましょうね!今夜!宴会!飲み会!サカオーガさんの歓迎会!もし他の子たちが駄目って言っても、二人きりででも!」
『……やっぱり性格はいい子なんだな。悪意がないだけマシだ』
そう思いながらも、やっぱり心の中は虚しかった。
そして、ふとリシと目が合った。
「……っ!」
するとリシは顔を真っ赤にして、ぱっと手を放して私から視線をそらした。
「あははっ!私ったら!男の人の手をそんなに長く握って……!」
「やっぱり嫌だったんですね……」
つい漏れた独り言が、どうやらリシに聞こえてしまったらしい。
「違いますぅ~~~!!」
リシが意味不明な絶叫をあげた。
「……お二人とも、なにしてるんですか?」
すぐ隣で呆れたような女性の声が聞こえた。
顔を向けると、いつの間にかやって来ていたアリスが、呆れた顔で私たちを交互に見ていた。
気づけば、食堂の全員の視線が私たちに集中していた。
「二人とも、ひとまず外に出ましょうか」
アリスは虚無顔の私と絶叫中のリシを両手で引き連れ、慌てて食堂を出た。
そして受付に戻ってきた。
「で?どんな状況か、説明してくれます?」
アリスは腰に手を当てて問い詰めた。
「それが……実は……」
リシは私に配慮して、最初から自分が宴会をやりたかったことにして話をまとめた。
『こんなに優しい子を困らせて……最低だ、私』
ひとりで落ち込んでいると、思わぬ返事が返ってきた。
「いいじゃないですか。そういえば、私たちだけで食事するのも久しぶりですよね?ねえ、ミアさん?」
「うん」
私を含めた食事会に、まさかの肯定的返答だった。
「え、本当ですか?」
念のため、私は恐る恐る聞いてみた。
「はい、本気ですよ。マサカオーガさん、なんか面白そうですし。それに……」
アリスはなぜか、意味深な視線をリシに送った。
「……!」
リシはその視線の意味を察したのか、少し困ったような顔になった。
「うふふふっ。今夜、ちょっと楽しみですね~!何時にどこで集合にしましょうか?」
アリスは妖しい笑みを浮かべながら、どんどん話を進めていった。
私は報告書に記載されていた情報を思い出した。
そこには予算だけでなく、何時にどこで開催するかまで書かれていた。
『あ……この人たちにはちょっと都合悪い時間だったかも……どうしよう。一応話だけでも振ってみるか』
もし時間が合わずに無理だと言われたら、他の方法を考えればいい。
「えっと、午後6時半ってダメですよね?すぐ隣のレストランで考えてるんですけど、皆さんの退勤時間と合わないと思って……」
何度も勘違いした結果、自信を失っていた私は、交渉ガイド의 존재도 잊고、おどおどとした口調になってしまった。
「やりましょう!絶対にやります!」
リシが即座に強く答えた。
「ですね。以前も退勤後に予定があるけどどうしても食事会がしたいってことで使った方法があります。今日もそれを使えばいいです。ミアさんは?」
「賛成」
「ふふっ、ミアさんも業務中にちょっと抜け出すの、案外好きですからね。メニューは……?」
アリスはその調子でどんどん話をまとめて、ついには今夜の食事会を確定させた。
そして私は事務所に戻った。
戻りながら、今の状況を整理する。
『アリスさん、ゲームでは運悪くただのNPCになっちゃったけど、社交性あるな……』
紆余曲折の末、私はレストラン社員の宴会に参加する道を手に入れた。
『この宴会とセラがどう関係するかはわからないけど……間違ってないはずだ』
ふと、「いっそセラを尾行したほうが確実じゃないか」とも思った。
だが、セラは何かを隠している。
何かを隠している相手に下手にちょっかいを出すと、逆にやられる可能性もある。
『セラが消えるタイミングで、変わったことといえばこれくらいだし……』
事務所とは無関係なレストランでの宴会が、セラの失踪に関わっている。
そう信じて、突き進むしかなかった。
ただ、やっぱり外れたときのために備えは必要だろう。
『はあ……絶対やりたくなかったけどな』
何かをするにせよ、備えるにせよ、人間は結局金が必要だ。
『期限を過ぎないように気をつけなきゃ。できるかどうかは……わからないけど』
ウスキの鬼ごっこというリスクを背負って。
結局、どうやら――借金をすることになりそうだ。




