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イレギュラー

他の皆も出勤し、それぞれの席に着いた。

私も自分の席を割り当てられ、業務が始まった。

そして、なぜこれほどまでに書類が多いのか、その理由はすぐに分かった。


「ツーハンドソードの管理を委託する業者の調査はすべて終わったのか?」


「はい! 調査した内容はすべて部長の机に置いておきました!」


「各業者ごとの所要時間と費用を予測した報告書は?」


「それは今やっております!」


「急いでくれたまえ。」


『これは会社の書類っていうより、事件の報告書じゃないか……。』


この人たちは、書類を用途や目的に応じて簡略化する発想がないのか、必要のない情報までこと細かく記入していた。


最初に私が手に取ったツーハンドソードの管理帳には、なんと一本一本にあだ名までついていた。


それぞれの剣のあだ名、識別法、状態、中古で売った場合に得られるであろう推定価格まで――思いついたことをそのまま区別なく書き殴った感じがありありと見えていた。


しかも今、部長らしき人が持っている業者調査報告書は、両腕いっぱいに抱えるほどの分厚さだった。


候補業者が何社いるかは知らないが、あれは業務委託に適しているかどうかを評価したものではなく、その業者について一から十まで全部調べ上げた内容が詰まっているのだろう。


所要時間と予測費用をまとめた文書が別にあるということは、ほぼ間違いない。


『……非効率すぎる。』


だが彼らは、自分たちのやり方に問題があるとは微塵も思っておらず、書類の山を抱えながら生産性のない時間を浪費していた。


『自分の書類を見るのも怖いな……。』


たまに混ざるハングルのせいで読むのも一苦労なのに、そこに無駄な情報が含まれている可能性があると思うと、やる気がどんどん削がれていく。


『まあ、最初は従っておくべきか……。』


この業務体制はいずれ絶対に変えなければならないが、今の私には何もできない。


『仕方ない……始めよう……!』


「おはよう。」


無理に気持ちを立て直し、作業に取りかかろうとしたそのとき、ギルドマスターが執務室に入ってきた。


この事務所は広い。ギルドの建物自体が大きく、そのワンフロアすべてを使っている。


だが、働いている人間は私を含めてたったの六人しかいない。机も一か所に固めて配置されている。


だからといって、この広いスペースを有効活用しているわけでもない。


給湯室や休憩スペースのような福利厚生設備はまったくなかった。


職場の近くの壁に書類保管用の棚が並び、その近くの隅に備品が山のように積まれ、もう一方の隅に会議用の大きなテーブルが置いてあるだけ。


あとはただ、ぽっかりと空間が空いていた。


ギルドマスターが入ってくると、他の人たちは自然と手を止め、作業机と会議用テーブルの中間あたりに集まり始めた。


『朝礼か?』


異世界ギルドに朝礼文化なんてあったかなと思ったら、ギルドマスターが自ら主導するタイプだったようだ。


「さあ、今日もがんばりましょう!」


「「「がんばりましょう!」」」


『……えっ?』


だが、ギルドマスターは「ファイトー!」と一言叫んだだけで、会議テーブルの上座に座ってしまった。


てっきり我々もそこに座るのかと思ったが、誰も動こうとはしなかった。


「朝の体操、始め!」


『……えぇぇぇ!?』


今度は部長が大きな声を張り上げ、皆が掛け声に合わせて一斉に体操を始めた。


『ラジオ体操!?』


もちろんラジオから音楽が流れるわけでもなく、動きもラジオ体操とは似ても似つかないものだったが、説明するにはそれしかない。


「朝の体操は教えたりしないから、見よう見まねでやってみて。そんなに難しくないから。」


隣にいたセラが、もたつく私に小声で教えてくれた。


『そういう問題じゃないんだよ!』


日本でもラジオ体操を取り入れている会社が多いとは聞いていたが、私は少年時代からずっとラジオ体操と無縁だった。


子どものころはただサボっていたし、社会人になってからはたまたま体操をしない会社に入っただけだ。


『今さらやろうとしてもめちゃくちゃ恥ずかしい! こんなことならおばあちゃんの言うことちゃんと聞いておけばよかった……。』


不意に、亡き祖母の顔が懐かしくなった。


「終了! お疲れさまでした!」


「「「お疲れさまでしたー!」」」


ようやく体操が終わり、皆が会議用テーブルに着席した。


「はぁ……真っ白に燃え尽きた……。」


「これくらいでへばってるなんて、運動音痴なのね〜?」


茶目っ気たっぷりな目元に、にやけた口元で、つんつんと私を突くセラの指先。


彼女の言う通り、私は改めて自分が運動音痴であることを思い知った。


『誰がなんと言おうと、オフィスでのんびり仕事してる平和な人生が最高だよ……!』


韓国人は「ギルドタイクーン」でも必ず勇者プレイをしたがるって聞いたことあるけど、私は今さら女神に選ばれたとしても絶対お断りだ。


『……でも待てよ、なんで私、韓国人の傾向について知ってるんだ? ネットで見たのかな……?』


「では、会議を始めよう。」


ギルドマスターの一言で、思考は中断された。


「第一の議題は、女性冒険者の連続失踪事件じゃ。皆、何か対策について考えておるか?」


『女性冒険者の連続失踪? いきなり重い話だな……。』


マナが存在する世界では、男女の力の差はほとんど意味をなさない。


とはいえ、生物としての特性の差はやはり存在する。


わずかではあるが、それが男女逆転のような現象を引き起こすこともある。


たとえば、筋力という意味では男性の方が優れているのは確かだろう。

だがマナが介入すると、相手が女性どころか子どもであっても、力の絶対的優位は成立しなくなる。


そうなればむしろ、小柄で柔軟な女性冒険者の方が活躍できる場面も多いというわけだ。


……だが、女性には決して無視できない致命的な弱点がある。それは「妊娠する」ということ。


これは、たとえ愛する相手との望んだ妊娠だったとしても、活動の制約という意味では避けられない問題だ。


だが、もっと深刻なのは、人型モンスターは人間と交配可能だという点。


つまり、モンスターによるレイプが現実に起こり得るということだ。


男性なら、レイプされたところで種を撒かれるだけなので、生きてさえいればすぐに復帰できる。


『……トラウマをどうにかできれば、の話だけど。』


だが女性は、連れ去られてしまう。


レイプされたということは、すなわち敗北したということ。誰かが助けてくれるまでは戻ってくる可能性は極めて低い。


『ゲームでも、モンスターにさらわれた女性を助ける依頼が出ることがあったから知ってるけど……。』


でも、あのゲーム本編ではこういう事件は起きなかった。


どんなにランダムイベントが盛んなゲームだったとしても、ネットのどこを探してもこの話は出てこなかった。


『……何かイレギュラーが起こっている。』


オーガはゲームでもときどき出てくるイベントだが、女性冒険者の連続失踪は起こらない。


つまり、オーガとは別次元のイレギュラーが発生しているということだ。


---


深い森のどこか。


「ケルク!! ケルルッ!!」


イレギュラーその一。ホブゴブリンが配下のゴブリン戦士たちに命令を下す。


――ピシュ! ピシュ! ピシュ!


イレギュラーその二。人間の武器を持ったゴブリン戦士たちが、眠っているオーガに矢の雨を浴びせかけた。


「クウォォォォォ!!」


あまりのかゆさに目を覚ましたオーガが、怒りに燃えて唸り声を上げる。


「ケルルッ!! ケケ!!」


「逃げろ」というホブゴブリンの叫びに、ゴブリンたちは一斉に散り散りに走り出した。


イレギュラーが、また新たなイレギュラーを生み出した。


縄張り意識の強いオーガが、怒りに任せて自らの領域を越え、ゴブリンたちを追い始める。


その進行方向――それは、近隣で最も大きな人間の街、バザールだった。


---


昼休み。


『結局、午前中は会議だけで終わっちまったな。』


マルコスの雇用についても話が出たが、やはり最初の女性冒険者連続失踪の件で会議が長引いた。


『この状況であの飲み会もあるしな。なんて忙しいんだ……。』


イレギュラーの出現でどう転ぶか分からないが、とりあえず介入するつもりだった。


私はわざと少し時間をおいてから食堂へ向かうことにした。


昼時だから仕方ないとはいえ、少しでも混雑を避けたかったのだ。


―ガララ……


一階に降りた私は、ホールから繋がる食堂の正面入り口ではなく、受付の窓口のドアを開けた。


「ん? あっ、こんにちは?」


受付には中央の席に一人だけスタッフが座っていた。


「はい、こんにちは。他の方々はお食事中ですか?」


「ええ、今日は私が当番で。」


「なるほど、あの……あっ!」


そういえばこの人とはまだ名前を交わしていなかったことを思い出した。


「申し訳ありません! まだ自己紹介してませんでしたね。失礼いたしました。私は政嘉男・宇賀です。よろしくお願いします!」


「いえ、自己紹介してなかったのは私もです。アリスと申します。こちらこそよろしくお願いします。」


「はい、アリスさん。それでは……。」


「どうぞ、素敵なランチタイムを。」


私はアリスと軽く挨拶を交わし、食堂へ向かった。


厨房に入ると、ガイウスが意外な人物と話しているのが見えた。


スタッフ用の入り口から入ってきた私に気づいたガイウスの顔が険しく歪む。


その視線を追うように話していた女性もこちらを向いた。


セラだった。


「じゃあ、そういうことでお願いするわ。」


いつものいたずらっぽさが微塵も感じられない、冷めた目で言い放つと、セラは私の方へと歩いてきた。


「……アンタ、もう終わったわね。」


小声でそう呟いた彼女は、そのままいつもの陽気な表情に戻っていた。


「おいコラッ、この野郎! 朝、こっちの通路通るなって言ったばっかだろ!」


セラが出て行くと同時に、ガイウスが私に怒鳴りつけた。


「……?」


私はわざとらしく首をかしげながら、さっきセラが出て行ったスタッフ用の出入口とガイウスお交互に見た。


『いや、マジで気になるんだけど? セラとガイウス、何か関係があるのか?』


もしかすると、セラが突然姿を消す理由もここ에あるのかもしれない。


「……ちっ!」


口ごもったガイウスに、私は一歩近づいた。


「通路の件は申し訳ありません。でも、あえてこちらから来たのには理由があります。ガイウスさんに話があったんです。」


「はあ……お前もか。」


『お前「も」? やっぱりセラと何かあったな。』


レストランスタッフの飲み会に潜り込む理由が、これで一層強くなった。


「ひとつ、お願いがあります。」


私は慎重に口を開いた。

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