リシ…?
リシの部屋の前に立った。
『昨日のことは誤解だったって言わなきゃ!』
俺の一方的な勘違いをリシが知るはずもないけど、とにかく謝って誤解を解く必要がある。
―コンコン!
扉をノックする。
―カチャッ。
扉が開いた。
「失礼します」
俺はリシの部屋に入った。
『これが女の子の部屋ってやつか。考えてみたら初めてだな』
壁は空、床は雲、天井は太陽の光。
まるで天国のような部屋だった。
「いらっしゃいませ」
リシが黄金の椅子に腰掛け、俺を迎えた。
「リシさんじゃなくて、女神さまだったんですね。昨日はすみませんでした。俺、ちょっと変な反応しちゃったんですけど、とにかく誤解なんです」
俺は必死で昨日の件を弁解した。
「夢を完全に支配したのに、それでも私が女神だと気づくとは……思ったより精神力が高い方ですね」
「はは……いえいえ。昨日は間違って死にたくなるほど精神的にきつかっただけです。今も正直逃げ出したいです。でも褒めていただきありがとうございます。で、昨日の件ですが……」
「もういいですよ。試験には合格したと見なします。では、真剣なお話をしましょうか」
リシがそう言って指を鳴らした。
「えっ? え、えええっ!? こ、ここは……空……?」
「政嘉男さん」
混乱の中、美しい女性の声が俺を呼んだ。
「あれ? リシさん? でもなんかちょっと違うような……」
「ええ、私は女神です。『ギルドタイクーン』を通して、あちらの世界からあなたをずっと見守ってきました。お会いできて嬉しいです」
自らを女神と名乗る、リシの姿をした存在。
「でも、なぜリシさんの姿なんですか?」
「それはあなたの無意識が投影した姿です。力を使い果たしたとはいえ、神は神。あなたの魂の格がさらに高まらない限り、私の本来の姿は見ることができません」
「……よくわかりませんが」
「世界の理を理解しようとしなくても大丈夫ですよ」
あっさりとかわす女神だった。
『むしろ都合いいかも……うわっ!?』
心の中で思ったつもりだったのに、口に出てしまった。
「うふふっ、気をつけてくださいね。ここは政嘉男さんの夢、つまり無意識の奥底の世界。考えたことがそのまま口に出ちゃうんですから、本当に気をつけた方がいいですよ〜?」
「はしゃぎすぎ……あっ!」
俺は慌てて口を押さえた。
「ほらね!」
女神はニコニコと俺を指差して笑った。
「申し訳ありません」
「いいんですよ。そもそも、あなたの無意識に勝手に入り込んだ私の方が無礼ですから」
女神はしとやかに姿勢を正しながら言った。
「むしろちょうど良かったです。……ふふっ」
『ん?』
「聞きたいことがたくさんあるのでしょう? その質問に答えるために来たのです。遠慮なく聞いてください」
「……では、まず最初に」
俺は順を追って聞くことにした。
「『ギルドタイクーン』というゲームは一体何なんですか? この世界は何で、俺は今、現実を生きてるんですか? それともゲームの中のデータになったんですか?」
この疑問は、内心ずっと不安に思っていたことだった。
生々しい現実味があるこの世界を単なる夢だとか幻想だとは思えなかった。
もしゲームの中に囚われているなら、ゲームのストーリーが終わった瞬間、俺はどうなるのか。
「詳しく話すと少し長くなりますが、結論から言うと、この世界は本物で、『ギルドタイクーン』はこの世界を模して作られたゲームです」
その後の説明は、ある意味よくある展開だった。
太古の天魔戦争、天界の勝利、しかしその代償として荒廃した天界、魔族は魔界へ追放されたものの、魔王の継承により周期的に人間界へ侵攻。
女神は、もはや魔王と直接戦う力を持たない天界の代わりに、人間の可能性を解放して「勇者」というシステムを作り出した。
「……でも、今回の予知は最悪だったのです」
勇者は誕生後、経験と実力を積むために各地を巡る。
やがて魔王ゲートの出現が近づくと、出現予定地の近くのギルドに拠点を構え、活動を始める。
しかし、今回はそのゲートがバザール近くに開かれるのが問題だった。
ファイン・ギルドは最悪の無能ギルドだった。
予知によれば、ファイン・ギルドは勇者の成長を支援できず、成長が足りなかった勇者は魔王に敗北し、世界は滅びる。
「女神である私ですら世界の理を超えることはできません。だから、この確定した未来を変えるためには、その理から外れた存在を呼び寄せるしかなかったのです」
それで、この世界を模した背景と、予知を元にしたストーリーをゲームにして、「ギルドタイクーン」というゲームを俺たちの世界に流通させたという。
「どうやってそんなことを……?」
「神力を総動員して、ちょっとした抜け道も使いました。あちらの世界の神様にバレたらお叱りを受けるでしょうけど、この世界を守れるなら、私は構いません」
つまりは、他の世界から優秀な人材を神の力でスカウトしてきた、ということだった。
「神の力でゲームを作ったって言われても……なんだか想像しにくいですね」
「……ふぅ……」
俺の言葉に、女神の雰囲気が一気に沈み込んだ。どこか悟りきったような、疲れ果てた笑みを浮かべる。
その姿はまるで、数か月間ゲーム開発に没頭して過労に苦しむデベロッパーのようだった。
何があったのか気にはなったが……雰囲気が怖すぎて追及するのはやめておいた。
「……まあ、とにかく納得しました。正直、安心しましたよ」
俺がこれから生きていこうと決めたこの世界が、本物でよかった。
では、次の質問だ。
「その交渉ガイドってのも、女神様が考案なさったんですか? アルバスの話では『女神の恩惠』だとか言ってましたが」
「ええ、そうです。私の予知の力を込めて、選択において最も良い結果へと導く選択肢を示しているんですよ」
さっきとは打って変わって元気を取り戻した女神が、真面目な表情で答えた。
「正直、ちょっと中途半端だと思うんですけど……」
そんなに強力な能力なら、「こうしなさい、ああしなさい」と最初から命令すればいいだけの話ではないか。
「実は……その交渉ガイドを作ったとき、私の残った力が少し足りなかったんです。それが限界でした」
「ふむ。つまり、抜け穴もあるってことですね」
「良い質問です! 実は今日政嘉男さんに会いに来た理由の中で、一番大事な話がそれなんです。はい、正直に言って、抜けがあります。交渉ガイドに従えば常にベスト、とは限らないんです。でも――その代わり、ちゃんと報酬も用意しています!」
現在、交渉ガイドで報酬といえば……ひとつしか思い当たらない。
「交渉準備ショップのポイントに関係することですか?」
「はい! 言った通り、交渉ガイドの『推奨戦略』は、神の力で観測した最適戦略。そして、報酬もまた最上級の報酬です。でも、その戦略と報酬を超える最善の結果を自力で導き出せたなら――それはもう神の力を超えた偉業と同じです。その時にもらえるポイントは、すっごいんですよ!」
女神は、まるで「ぜひそれをやってみて」とでも言うように、目をきらきらと輝かせながらそう語った。
「聞いただけで苦行の匂いがしますが……」
「案外、簡単かもしれませんよ? ふふっ♪」
女神は、まるでイースターエッグを仕込んだ開発者のような顔で小声に囁いた。
「その交渉準備ショップって、どういう仕組みなんです? まあ、実際に使ってみれば分かるとは思うんですけど……見つけづらい活用方法とか、そういうのは?」
「そんなの、ありません」
「えっ?」
突然、女神がぶった切るように話を遮った。
「あっ、ごめんなさい! そろそろ時間が……」
「いや、ちょっと待ってください! まだ聞きたいことが……!」
「はいはいっ、だから大事なことだけ、今のうちに全部言っちゃいますねっ!」
そう言うと、女神は信じられないほどのスピードで情報をまくしたて始めた。
にもかかわらず、その内容がまるで電気信号のように頭にすんなりと入ってくる。不思議な感覚だった。
「ふぅっ! これが交渉準備ショップに関して、絶対に覚えておいてほしいポイントです。……ふふっ、頑張ったおかげで、少しだけ時間が余っちゃいました」
「すごいですね……聞き取れなかったのに、内容はしっかり覚えてるなんて」
「ここは政嘉男さんの無意識の世界ですからね」
「そういうものなんですか……」
やはり、完全には理解できなかった。
「では、最後にひとつだけ質問してもいいですか?」
俺にはまだ、気になっている能力がひとつあった。
だが、そこには明らかに大きな欠点がある。
「翻訳の件ですが。文章を読むとき, カタカナで出なければならない部分が韓国語で表記されるのは一体どうしてなんですか ? もし僕がたまたまハングルを勉強してなかったら、かなりマズい事態でしたよ」
「ひっく!」
女神はその質問を聞いた途端、しゃっくりをした。 そして目線をあちこちに泳がせ始める。
「時間稼ぎして逃げようなんて考えないで、ちゃんと答えてくださいね」
思わず俺の目が細くなった。
「そ、それがですね……実は……ギルドタイクーンのワールドレコード、政嘉男さんじゃなかったんです」
「え? じゃあ誰が……まさか……」
「1位は中国人、2位は韓国人でした。政嘉男さんは、わずかに届かず3位。最初はその2位の韓国人を召喚しようとしたんです。それで、翻訳システムにハングルの痕跡が残っちゃったんですよ。まだ私の力が完全には戻っていなくて……そこはもうちょっと待ってください」
日本人ゲーマーとしてプライドに傷がつきかけたが、気を落ち着けて問いかけた。
「それで、なぜ僕を選んだんですか?」
「だって、あの二人とも私の基準に合わなかったんですもの」
「どこがダメだったんですか?」
「まず、1位の中国人は堂々たるチーターでした。私のゲームをハッキングして、不正にスコアを稼いでいたんです。対策の仕掛けもしていたのに、それすら突破してワールドレコードを取って……」
だから彼は最初から候補外だった。それは納得できた。
「じゃあ、韓国人は……?」
「その韓国人……いや、韓国人たちはおかしいんです」
「は? 何がですか?」
「私が『魔王は勇者でしか倒せない』と何度も告知していたのに、彼らはやたら勇者の座を奪おうとするんですよ!」
「私もそんなことを考えていた…···… あっ、!」
「……」
女神がじろりと、細めた目で俺をにらんだ。
「まあ、政嘉男さんは最終的に私が望んだ方法でランクインしてくれたし、大丈夫ですよ。あの2位のやつよりは、ずっとマシです」
「一体、そいつはどんなことを……?」
「勇者をギリギリ魔王と相打ちにできる程度までしか育てず、自分は他の機会やチャンスを奪って回ったんです。そして、各地のギルドでやりたい放題してスコアを稼ぎました。私はそんなの認めません」
「そんなやり方もあったのか……」
「……」
また女神が俺を睨む。
「いや、やりませんよ。今世でも、ちゃんとギルドを育てていきます」
「……分かりました」
女神はしぶしぶ信じるというふうに頷いた。
――バキッ。
そのとき、足元の雲にヒビが入り始めた。
「時間切れですね。これで目が覚めたら、今日の会話は覚えていないでしょう」
そして女神が突然爆弾発言をした。
「えっ!? 今さらそれって……じゃあ、今までの会話は全部無駄だったんですか?」
「安心してください。忘れるのは、私と会って話したという事実だけ。情報自体は無意識に残り、ある日突然、忘れていた記憶がよみがえるように思い出すはずです」
それならよかった。特に、交渉準備ショップについての情報はかなり有用だったからな。
「では、本当に最後の質問をしてもいいですか?」
「はいっ!」
初めの落ち着いた雰囲気とは打って変わって、どこかハイテンションな女神に尋ねた。
「僕に送ってきたあの招待状……あれって、女神様ご本人が書いたんですか?」
あの招待状の文体は、妙に人をイラつかせる内容だった。
この女神、大人しいフリして、本性はたぶん――
「……てへっ☆」
その馬鹿げた舌を最後に、俺は夢から目覚めた。




