さて、どうする
「話すことまでどちらもおなじか?」
「いえ、・・・こわくて、もう、夫とははなしておりません。このごろは、むこうもわかってきたようで、無理にははなしかけてまいりませんし、とっくに別の間で寝るようにしておりますので、むこうが酒を飲んで帰ってきても知らぬふりをしております」
「そうか、それならすこしばかり待っていてもらえぬか?わしは旅の坊主だが、そういうふしぎなことをおさめるのが得意でな。どちらが本物の旦那であるか、わしがみよう」
それまでその包丁は、料理にだけつかうとよい、とゆびさすと、女はなにかから醒めたような恐れるような顔で包丁をひろい、いそいで手ぬぐいを巻きつけた。
そのままおそれいる女を送りとどけた家の門に、黒い影があった。
「あれが、旦那か」
「はい」
こちらが近づく前に男が走り寄り、どうしたのだ、と女にただし、うしろに立つ坊主をにらみあげた。
「このごろ様子がおかしいとおもったら、むこう山のお寺にお札をもらいに行ってたというじゃないか。おかしなことが起こっているなら、どうしてすぐわたしに言わないんだい?わたしはなにかおまえが気に食わないことをしてしまったのかとおもってずっと黙ってようすをみていたが、まさか、ここでほんとうにバケモノが出てきているなんて、ちっとも気づかなかったよ。しかもそいつが、わたしとおなじ姿をしているなんて。 ―― そちらのお坊さんに何とそそのかされてこんな夜中に家を出たのかはしらないが、あぶないことをするんじゃない。おまえが家にいないとわかってどれほど心配したことか」
いっきにまくしたて、妻の手にある提灯をとりあげるともう片手でひきよせるように手をにぎり顔をあわせた。
「 お・・・おまえさん・・・本物かい?本物のショウスケさんかい?」
「あたりまえだろう。おまえがバケモノに惑わされているなんてまったく気づかなかった。すまなかったな。こわかったろう?」
「 お・・・」女は声をあげて泣き出し、夫はその背に手をまわし門のほうへむきをかえた。
ジョウカイはそれをみながら今日の寝床を考えていた。
どこでも寝られるが、屋根があるとありがたい。
すると、女がおもいだしたようにふりかえり、「おぼうさま」とよびかけた。
「あ、あのおぼうさまに、声をかけていただいて目がさめたのです。そそのかされたのではございません」
妻の訴えに、夫はあわてたようにジョウカイに走り寄り、頭をさげた。
「こ、これは失礼なことを申しましてお許しください。どうか、お寄りくださいませんか?今宵はたいしたもてなしはできませんが、明日、あらためましてお礼を」
すがるように目をむけてきた男へジョウカイはほほえんだ。
「もてなしはいらぬが、屋根のある納屋でもかしてもらえるか?」
「納屋などとんでもございません。どうか、客間でおやすみください」
座敷に上がるには汚すぎるおのれのナリをみおろし、さきほどの川で行水をしそこねたことをおもいだした。あの河原におりたのは、からだを洗おうとおもったからだ。
「さあて、 ―― どうするか・・・」
めずらしく、ジョウカイは思案顔で息をつき、てまねきするこの家の夫婦へと足をむけた。