台風マネージャー
目覚ましが鳴った。時間は夜の9時をまわっている。20代も後半にさしかかったフリーター川村洋介はこれくらいの時間に起きる。仕事があるからだ。必要なものをバックに入れ顔を洗い、さっさと仕度を済ませて外に出る。アパートの2階からそーっと降りて自転車置き場に向かう。暗いから見通しが悪い。いつものことながら真っ暗な中を自分の自転車を見つけ、ライトを付けてゆっくりペダルをこいでしばらく進めば街灯りが見えてくる。仕事場は駅に近い商店街から少し離れたところにある大型スーパー「ハピネス」。そこが川村が夜勤者として夜の10時から次の日の朝7時までの時間帯で働いている職場だ。従業員専用入口を入りロッカー室に向かう途中、田原課長の怒鳴り声が聞こえてきた。
「いつも同じ間違いを繰り返しやがって。いつになったら仕事をおぼえるんだ?この伝票は前日の午前中までにデータを入れとけって言ってるだろ!」
怒られているのはハピネス専属社員の金子進であった。金子はパートやアルバイト達には裏表のない誠実な応対で人気があるが、そそっかしく失敗ばかりしていて専属の社員達からは馬鹿扱いされている男だ。田原を前にしては部下の金子はひたすら頭を下げるだけである。実はこのスーパーに長く勤め、仕事における管理全体を仕切る女性で副店長でもある吉田恵子が金子の頭の鈍さと性格が嫌で仕方ないらしく金子を陥れるような発言ばかりしていると川村は以前、深夜営業マネージャーの小谷英一郎から聞いたことがある。小谷は川村からみてずっと先輩格であり何かと相談に乗ってくれる頼もしい上司であった。その小谷が川村に言う。
「今日は際立った注意事項はないしイベントの飾りつけもまだ早いということでいつもどおりだね」
「どうも。じゃあ品出しをやってます」
「そうだ、ドリンク……特にビールの品出しをやってくれないかな、今日は慌しく売れてスカスカになっている棚もあるんだ」
「わかりました。ドリンクコーナーですね、じゃあそこで品出してきます」
川村はドリンクコーナーにあるビール棚をサーッと見て、その後、バックヤードに行きビール類のダンボールを小型の台車に乗せてふたたびコーナーに戻る。あまりもたもたしていられない。敏速さが必要だ。しばらくこの仕事をやっているとだいたい分かる。スカスカになっている棚は大抵決まっているのだ。戻ってみると いつの間にか同じアルバイトで川村より2年ほど年下だが少し先輩の佐藤毅がビールの品出しを行なっていた。彼の隣に行きビールの品出しをしていると佐藤がいきなり食ってかかってきた。
「だ~か~ら~奥のほうから詰めていかないと駄目だと前に言ったじゃないスかぁ?何やってるんスか、いい加減憶えろよ」
「え?やってますよ、奥のほうから入れてますって」
「オレにはそうは見えなかったね、ちんたらやってるからだな」
「いや、ちんたらやってませんて。ちゃんと人の仕事見てます?」
「なんだって?……もう、ここはいいから加工食品のほうをお願いしますよ、あそこ誰もいないから」
要は自分のテリトリーだと言いたいのだろうと川村は思った。しかし彼の口調はなんとも腹立たしく、癇に障って仕方のない川村であった。
(ここで言い合いになってもなぁ)
川村はしぶしぶ彼の言われたとおり加工食品を含むグロッサリーのコーナーに移った。深夜営業のため客の姿はまばらだ。とても静かでダンボールを開ける音や商品のこすれるような音がエコーがかけられたように響く。24時間営業のハピネスはかつては朝、昼、夜問わず繁盛していた。しかし5年前に超大型スーパー、カトー・アリガトーが道路を挟んだ反対側にオープンして以来、ほとんどの客を持ってかれてしまった。川村がハピネスに来たのはカトー・アリガトーが出来てから3年が経過したのちのことである。
川村がグロッサリーで品出しを行なっていると小谷マネージャーがちょっとばかし駆け足でやって来て
「みんな集めてミーティングを行なうそうだ」と言ってきた。川村は作業を中断し台車を引いてバックヤード内にあるミーティング室に小谷と向かうと部屋には田原課長がいた。彼はこの日、雑務でまだ店内にいたのである。
従業員たちが集まった部屋で田原はこれから夏に向けてのイベントの準備、温度が高くなることでバックヤードに出している食品の管理を気をつけること、及び、冷凍食品などの扱いの注意などを説明したのち「新マネージャーとして紹介したい人がいる」と言って横にいた人を促した。「え~今日から皆さんと一緒に働くことになりました斉藤といいます。よろしくお願いします」と斉藤四郎は丁重に挨拶した。品のある人だとこの時は川村はそう思った。
「斉藤さんはマネージャーとして深夜を担当してもらうことになります。では斉藤さんよろしく」
課長は最後にそう言ってミーティングは終了した。従業員たちはそれぞれの持ち場に戻った。川村は店内のグロッサリーコーナーまで戻り、途中だった品出しの作業を続けていると小谷とは同期でマネージャーを担当している中本明夫が来て「いやぁ~まいったな、あの新しく入ってきた人」とつぶやく。
「どうしたんですか中本さん、新しく入ってきた人って、今日紹介された人ですよね」
「ワタシね、あの人知ってるんだよ、いや昔、宝石店に勤めていてあの人と一緒に仕事したことがあるんだけどね。なんか向こうは憶えてないみたいだけど」
「そうなんですか、何かマズイことでもあるんですか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……まぁ~今にわかるよ」
そう言って中本はどこかへ行ってしまった。しばらくして小谷が川村を見つけ深夜0時からの業務内容を川村に指示した。
「2階売り場の片付けと掃除を近藤くんと2人でやってもらいたんだ。ちょっとやりづらいだろうけどさ」
小谷もよく知っている近藤芳男という20歳になったばかりの青年、とにかくいい加減で扱いにくいのだ。まったくやる気がないのは目に見えているわけで客への対応もまったくなってない。ただ、佐藤には可愛がられているようだ。
「わかりました。休憩挟んで彼と合流します」
その後、川村はグロッサリーコーナーでの品出しの仕事を終え、バックヤードに入って灰皿の置いてある休憩所まで行った。タバコに火をつけ壁にもたれて一服しているとなにやら大声がしてきた。最初は無視していたがその大声が自分のいる方に向けられていることに気付いた。
(ん?なんだ?オレに言っているのか?何かあったのかな)
川村は急いでタバコを消し、声のする方に言ってみると、そこに立っていたのはあの新入りマネージャー斉藤だった。
「おい、そんなとこで休んでないで手伝ってくれ、正面入口付近まで持っていきたいテーブルがあるんだ」
「はぁ?休んでる?いや、小谷さん承諾で休憩してるんですけど。それにこのあと2階に行かなくちゃいけないし」
川村は思った。今日、初めての勤務なのに何を偉そうに言っているのか?長くここに勤めていたかのような傲慢な態度にしか見えない。
「ちょっと運ぶだけだから来てくれ」と、斉藤はそう言いながら大振りで手招きをする。この時、ロクに人の顔を見ていない。手招きをするときの腕の動きも見ていて腹立たしい。人の話も聞きそうにもない。一方通行もいいところだ。川村はそう思いながらも相手は新人といえどマネージャーだし、仕方なく斉藤の仕事を手伝うことにした。斉藤の後を追ってみると店内に入る手前に商品を乗せるためのテーブルがいくつか並べられてあった。自前に斉藤が用意しておいたのであろう。そこまでやるんだったら全部自分でやればいいじゃないかと川村は彼に言ってやりたかった。川村と斉藤は2人がかりでテーブルをすべて正面ゲート付近に置いた。置いたはいいがテーブル運びだけではなかった。おそらくこれも自前に斉藤が持ってきたであろう商品がいっぱい詰め込まれているダンボール箱から物を出してテーブルの上に並べろと言うのである。すでに2階で作業を開始するべき時間を過ぎてしまっていた。川村は斉藤に「ちょっとこの時間、自分の仕事があるんで」と言ってそこを去った。去る途中、後ろから「おい、コラ待て!」という声がした。川村は振り向くそぶりすら見せず、そのまま2階へ上がった。
2階に上がりあたりを見渡すと近藤が一人ふて腐れた顔つきで売り場のあちこちにある飾りつけやら広告やらを片付けていた。
「ごめん、近藤くん、実は新しく入ってきたマネージャーとすったもんだがあって」
「・・・・・・」
「ホントにごめん、1階でつかまって抜け出せなかったんだ」
「別にいいっすよ、気にしてないから」
「えーっと、どこまでやってあるのかな?あーここまでか。わかった。よし、続きをやろう」
「・・・・・・」
「大変だよなぁ、2階での作業って。ハハハ」
今回の件で近藤くんに嫌われてしまったかもしれないと、川村は思った。しかし何にせよ、斉藤という人間がとてもやっかいな性質の持ち主であることがわかった。おそらくあんな調子で仕事をしていくのだろう、斉藤と比べれば近藤くんはホントに可愛いもんだと川村は思わざるをえなかった。
夜の2時。この時間がくると夜勤者は交代で食事をとる。ミーティング室の横にあるフロアで川村はバックからサンドイッチを取り出し倒れこむような姿勢で席についた。そこへ川村と同期でこのスーパーで働く清水満が向かいの席に座った。
「疲れるよね、まだ仕事の前半が終わっただけなのに」
清水はとても性格がよく、誰とでも気軽に話しかける。社交性があり、落ち着きがありマイペースでありながら無駄な動きがない。そんな清水が穏やかな笑みを浮かべながら川村にそう話しかける。
「ああ、まだ前半が終わったところだもんね。本当に疲れますよ」と川村は言いながらもこの疲れの源は斉藤以外の何者でもないということを清水に言ってやりたかった。
「相変わらずマイペースだよね清水は。だけどさ、最近この仕事やってて何か気になることってないかい?」川村がさりげなく匂わせるようなことを清水に聞いてみる。
「そうだね、気になることと言えば客層が変わったかなぁという印象?ちょっと前までは高齢者が夜の店にくることはなかったのに、最近は多いよね、年配のお客さん」
「そうだなぁ、言われてみれば……いや、そういうことではなくて自分たちがやってる仕事の中で」
「うーん、特にないかなぁ」
清水はあっけらかんとしていた。川村からみて清水は斉藤をあまり意識していないように映った。休憩が終わり仕事の後半においてレジを担当することになり引継ぎを行なう。佐藤がレジのカギの首掛け部分をクルクル回しながら「遅いんだよ、あと、よろしく」と言ってカギを川村に渡してその場を離れた。相変わらず口の利きかたがなってないし遅くはないのにと川村はイライラしてくる。
その後、レジを中本に変わってもらい各コーナーのおおまかな品出しをしていたところで小谷からトラックが搬入口に到着との連絡が入った。
(もう、そんな時間か)夜勤の最後の仕事。これを締めくくって今日も一日が終わると川村は心の中でつぶやきながらバックヤードに入り、荷卸しエリアまで向かうと何やら大声が聞こえてくる。声の主はあの斉藤だ。いままでどこにいたんだ?いや、それよりもいつにも増して態度がデカくなっている。
「なにモタモタしてるんだ!駆け足駆け足。おい走れって!早く一列に並べ!」
(え、オレに言ってるのか?)と思いつつ、まわりをキョロキョロする川村。何人か近くにいたことで妙に安心した川村だが、それでも気分が悪いことには変わらない。それよりも気になったのはカゴ台車が用意されていない。(まったくあの野郎、せめてカゴ台車をまとめてからみんなを集めろよなぁ)川村はあきれた。斉藤の言うとおり搬入口に駆け足で集まろうにも肝心のカゴ台車が近くになければ無駄足である。三島が駆け足で斉藤のいるところまで行くとコントのような会話が始まった。
「おい、台車はどうした?」
「……」
「君は眠ってるのか?台車もってきたのかよ」
「えっ、いや、今こっちに来いって」
「台車をもってこいよ、まったく話にならん奴だな」
話になってないのはどっちだと川村は思った。すると小谷がトラックの運転手のいるところまで行って伝票をもらい何から積んでいくかを見計らってからこちらの方に近づいた。
「カゴ台車はいつもどおりの台数が必要だ。先にイベント用の商品を受け入れるのでよろしく」と小谷が指示を出す。
(おい、わかるか斉藤、仕事ってのは小谷さんのようにやるんだ)
川村は斉藤を睨み付けたあと、先ほどアルバイトたちと運んできたカゴ台車の列に並び、夜勤最後の仕事にとりかかった。
トラックから降ろされた商品を目いっぱい積んだカゴ台車を引っ張りながら店内に入り、所定の位置まで運んでいく。途中、「魔のカーブ」と呼ばれている区部がある。そこは慎重に引っ張っていかないといけない。敏速に行なうには慣れが必要だ。しばらくして早番の勤務者たちが出勤してきた。社員が出勤してきて店内をチェックする。引継ぎを行なうのはマネージャーたちの仕事だ。一方、早番の従業員たちが夜勤者が先ほど引いてきたカゴ台車の中を確認しながらダンボールを開け、中の商品を出して棚に埋めていく。毎日毎日この流れで朝を迎える。川村は小谷に「では帰ります」と伝え、雨がいまにも降りそうなため家路に急いだ。
その日の夜、目が覚めた川村は気分がすぐれなかった。最近、何かイライラして仕方ない…斉藤のせいだろうか。そんなことを考えながらこの日も軽く仕度を済ませて外へ出る。地面が少し濡れている。(やはり雨が降ったのか)湿っぽくなった裏道を歩いて自転車置き場まで行く。(今日はどうも嫌な予感がするなぁ)川村は憂鬱な表情を浮かべながらスーパー「ハピネス」に向かった。
従業員用入口から入って少し進むと何やら怒り口調の話し声が聞こえる。声の主は田原課長、叱られているのは金子。課長が夜遅くまでいるところ、必ず近くに金子あり。アルバイトにしてみれば社員同士の口論には口を挟めないが、金子のどこに非があるのかというところを課長から聞いてみたいと川村は思ったことがある。おそらく難しい仕事を任されているのだろう。(よし、何かあったら金子さんの味方になってやろう)と川村は自分に言い聞かせてロッカー室に向かった。店内に入り小谷に会うと「今日、2階フロアの片付けを清水くんと組んで行なってください。それから斉藤さんが川村くんと話があるそうだ。2時の休憩になったらハンバーガーショップの客席のところに来て欲しいと」と言われた。(はぁ?何の話だ)と思いつつ了解した川村はとりあえず2階で仕事をするため清水を探した。「川村さん、ここですよ」と後ろから声をかけられた。清水はあいかわらず爽やかな顔で挨拶し川村と合流。2人は中央階段を上がり2階に点在する広告、チラシ類を片付けていく。清水とペアだとサクサクと作業が進む。
「最近、浮かない顔してるじゃないですか、何かあったの?」清水がさりげなく川村に言う。
「いや、なんでもないよ。それより今日、斉藤さんに呼ばれてるんだ、何のことだかわからないけど」
「そうか…それは僕も気になるなぁ、後で何を話されたか教えてよ」
「ああ、それはいいけど、清水は斉藤マネージャーとの間で何か気まずいこととかは…ないの?」
「……」
清水は黙ってしまった。我ながらどうでもいい質問をしたものだなぁとこの時の川村はそう思った。2階での作業を終え、2時になってハンバーガーショップのあるフロアまで行く。この店は店内にあるフード店だが深夜は営業していない。カウンターはシャッターが閉められ周辺は大きな布で覆われてるが、店の出入り口付近にいくつかある客用のテーブルと椅子はそのままだ。その中のひとつのテーブルに3人のマネージャーが集まっていた。少し離れたところにあるテーブルには近藤もいて食事をしている。
「いやね、斉藤さんが僕らも同席してほしいと言われてね、そんなわけで中本さんも一緒にいるわけだ」と小谷が苦い顔をしながら川村に言った。
「まあ~とにかく君はここへ座って」と斉藤が川村を手招きする。川村はこの斉藤の人を呼ぶときの動作が大嫌いだ。
「今日、皆さんに集まってもらったのは他でもない、昨日のトラック荷受け作業における川村くんの勤務態度についてだ。今後、川村くんが少しでも仕事を覚えてもらうため、マネージャーによる教育実習というものを設けたいと考えている」
川村はいまひとつピンとこなかった。(トラック荷受作業ってあの時のことか?斉藤が早くこっちへ来いとか吠えているときにそれを無視してカゴ台車を運んでいたあの時のこと?)
「君の勤務態度がね、少々問題になっているんだよね」
「僕の勤務態度?問題にしてるのはあなたでしょう、だいたい何が問題だと言うんですか」
「マネージャーの指示に従えないアルバイトは使えないということだ、今だって私に対して反抗的な態度をとっているではないか」
川村は呆れ果てて何も言えなかった……(この人、マジで無能だ。そして頭が悪い。悪すぎる)
川村は黙り込んでしまった。それを見かねて小谷が斉藤に言う。
「まあ~教育実習といっても仕事を続けていく中で各自が学んでいくことであって、その件については私にも至らぬ点が無きにしもあらずなので、これからの川村くんの成長に期待するということで、これで終わりにしましょう」
小谷には何も言えない斉藤であった。斉藤の言う教育実習とやらが終わると小谷から屋上駐車場の掃除を三島と2人で作業するよう指示された。川村は一旦バックヤードに戻り一服したのち三島を見つけてから中央階段に向かった。途中、清水とすれ違い振り向いて顔を見合わせたが清水は「レジ行ってきます」と言って急ぎ足でレジカウンターへ向かった。川村は今日、斉藤に何を言われたかと清水に話すつもりでいたが気が向いたときでいいかと思えてきた。ハンバーガーショップでの斉藤の話…(バカらしい、話すほどの内容ではない)川村はイラ立ちを通り越してほとほとに呆れたのである。
この日の屋上の掃除は川村と三島がペアを組んで作業する。三島はとてもおとなしくいつも下を向いて作業しているような男だった。年齢は川村よりひとつ下。いまいち掴みどころがなく彼と作業していると殺風景な空気が漂う。
「三島くん、今日はよろしく。オレ、ここから右方向を掃除するから三島くんは左方向を頼むよ」
「あ、はい…」
相変わらず元気がない。でも人に絡んでくるような攻撃的な面はないし、憎まれるような性格でもない。欠点をあげれば、ちょっと目を離すと何処にいるのかわからない。居場所を捜しながらの作業は確かに骨が折れる。どの職場にも何人かいるタイプだと川村は思った。
その後、4時の休憩、品出し、搬入口での仕事を終え、川村は小谷に挨拶して家路に向かった。
次の日の夜、仕事場に向かう途中、川村は斉藤のことが気になって仕方がない。昨日のハンバーガーショップでの話が腑に落ちないのだ。少なくとも人を見て指示を出す人間ではない。と、いうか仕事が分かってない。分かっていないのになんでマネージャーとかやっていられるんだろう?上の人間に彼を推す人でもいるのか?そういえばあの女副店長、怪しいよなぁ……などと余計なことまで考え込んでしまう川村であった。
この日は早々、レジを担当することになった。0時前までは客はけっこう来ている。レジを担当すると視界が広くなったような気分になれる。サービスカウンターの様子もレジに入るとよく見える。そしてその日、サービスカウンターには斉藤が入っていた。すぐ隣には50歳くらいの女性従業員が斉藤に何か教えているようだった。よく見るとお歳暮などで菓子やら肉、オイルなどが入った箱を紙で包む練習をしているみたいだ。
(なんだ斉藤は。マネージャーのくせして初歩的な包装も出来ないのかよ)
ここで川村はハッキリ見た。斉藤の圧倒的な不器用さを。要は紙で箱を包む作業…当然、包み方があり手順がある。一般の人でも箱型のものならちょっと教われば包める。難しいのは急須とか花瓶とかだ。斉藤がぎこちない手付きで包もうとしているのは練習用の空箱だが、もし品物が入っていたらと思うと不安になってくる。隣にいる人も唖然とした表情で斉藤を見ている。まったく上手く包めずイライラしてきたのか斉藤は手付きがさらに乱暴になっていき、こんなものやってられるかとばかり空箱を後方の壁に向けてぶん投げてしまった。川村は必死で笑いをこらえながら自分が担当するレーンに入ってきた客に応対して商品をスキャンしていく。この時、川村は斉藤の視線を感じた。
この日もいつも通りの作業を終え、朝が来た。今日は愉快な一日だった。川村は小谷に挨拶し、家路に向かった。
この日はいつもと雰囲気が変わっていた。従業員用ドアから入ってロッカー室にたどり着くまでの間、妙に慌しく人の流れがあり若い社員たちが狭い通路を行き来していた。川村は近くにいた遅番のパートの女性と何気なく話をしている中で金子が他店に飛ばされたという情報を耳にした。
金子はしょっちゅう田原課長にどやされていたが、こんな形で幕切れとなるとは……社員としての金子の仕事ぶりは分からない。ただ、田原と金子の業務における溝は修復できなかったようだ。ロッカー室を出てバックヤードに向かうとミーティング室から小谷が出てきた。
「どうも」
「いや、川村くん、いろいろあったみたいでね。とにかく今日も一日、よろしく」
「こちらこそ」
「今日は佐藤くんが風邪で休むということなので、川村くん、今日はレジを中心にやってくれないかな」
「いいですよ、さっそくとりかかります」
「よろしく頼む」
そんなわけで川村は今日一日レジ担当となった。もう一人、中本マネージャーがレジを担当し、0時になるまではこの2人がレジ係である。0時の休憩を挟んでふたたびレジカウンターに向かうと中本が「だいぶお客さん少なくなったんで私は他の作業をするから、あと、よろしく」と言ってレジを離れた。
それからどのくらい経っただろうか……一人の若い男がカウンター出口付近から現われ川村に言った。
「あの~こんなものが落ちてたんですけど」
そう言って男が川村に見せたのはティッシュにくるまれたゴキブリの死骸だった。
「あああ、そうですか、それはすみませんでした。どうぞこのゴミ箱に捨ててください」
「いや、それはいいんですけど……汚いじゃないですか、掃除とかしてるんですか?」
「えっ?はあ、はい。あの、どこに死骸がありましたでしょうか?」
「どこだっていいじゃないですか、それより僕の質問に答えてください。この店はちゃんと掃除してるんですか?」
「はい。掃除はつねに行なっているのですが、その死骸、どこにあったかを教えていただければ…と、思いまして」
川村は気付いていた。ゴキブリの死骸をくるんでいるティッシュ……それは携帯用のティッシュではなく箱型サイズの大きめなティッシュであった。箱のティッシュペーパーを外に持ち運ぶ人はいない。トイレットペーパーなら話はわかる。死骸を発見し店内のトイレに入って紙を取り出したと考えれば。しかしこの店では客用の箱型ティッシュは置いていないのだ。
「とりあえずその死骸はこのゴミ箱に捨てていただいてけっこうです。申し訳ありませんでした」
「ちゃんと掃除をしてるのかどうか聞いているんですよ、あなた応対がまったくなってませんね」
そう言うと男はその場を離れた。
(やれやれ、まいったな。でも気になるから休憩入ったら店内の床をひととおり確認してみるか)
休憩を挟んで川村が店内を点検しながら歩いていると小谷が駆け足で近づいてきた。
「どうしたんですが小谷さん」
「ちょっときてほしんだ。川村くんに関係することだと思うから」
従業員入口付近にある警備室に中本マネージャー、それからベテランの警備員たちがいた。小谷が言った。
「川村くんさぁ、さきほどレジで揉めていた人ってこの人だよね」
監視カメラ映像に2人の男が映し出されている。ひとりは虫の死骸の件で文句を言ってきたあの男。そしてもうひとりは斉藤だ。2人は何やら話し込んでいる。この建物の奥にある東口階段付近の映像だ。小谷は川村に言った。
「この映像は君とあの客らしき男が揉める前のものだ。どう見ても客とマネージャーの会話ではない。2人は知り合いなのだろう。その後、この男は君のところへ言って口論となった。問題はそのあとだ」
次に用意された映像ではこの男がお客様コーナーまで行き、メモ紙に何かを記入して、客専用の意見箱に入れたところが映し出されている。小谷は一部始終を見ていた。
「なにかメモして意見箱に入れているよな、よし、確認しにいこう」
小谷と川村は意見箱のあるところまで行くと小谷がその箱の裏側をカギで開けて中をチェックした。
「もちろん、本当はこんなことやってはいけないんだけどね。でも仕方ない、君を守るためだ」
その男が書いたメモの内容を読んでみると…
床が汚く虫の死骸があったのでレジを担当されていた名札では川村さんという方に指摘したところ
まったく話を聞いてくれませんでした。それから客に対しての態度もなってませんでした。もう、あの人、この店には相応しくないと思いますので辞めさせてください。
ひどい書かれようである。こんな内容を店長をはじめ上役に見られたら評価を下げるどころか、どのような処置をとらされるか知れたものではない。小谷は言う。
「これは斉藤マネージャーが君をハメようとしたとしか思えないんだよな。私はね、警備室で確認する前にこのメモを書いた人と斉藤がヒソヒソと話し込んでいるのを見てしまっている。その上、あの2人は知り合い同士だとも感じたし、少なくとも店員とお客さんの会話には見えなかったよ」
川村は頭にきた。怒りにふるえ今からでも斉藤のところへいって胸ぐらを掴み、文句のひとつでも言ってやりたい心境にかられた。
「怒るのはやまやまだけどさ、今回は未然に防げたからいいとして、しばらく様子をみようじゃないか」
小谷にそう言われて川村も今回だけは見逃してやろうと思い直した。この日はなんとも気分の悪い状態で川村は仕事を終え家路に向かった。
(昨日は散々だったな、しかし今日は体調もいいしテキパキと仕事ができそうだ)従業員用自転車置き場から出てきた川村は気を取り直し従業員入口を入ってロッカー室に向かう。小谷はまだ到着していない。ふとバックヤードに行ってみると商品が入ったままのカゴ台車があちこちに置かれ散らかっていた。バックヤードエリアは日によって状況が変化する。出勤した段階でこの日のように散らかっているときもあれば整理整頓され片付けられているときもある。ただ、どんなに慌しくなっても冷凍食品だけは出しっぱなしにはできず冷凍倉庫にしまわなければならない。忙しいときは応急処置として台車ごと倉庫に入れ、後で整理するということもザラにある。冷凍食品は一度でも長く大気に触れ、少しでも中が柔らかくなったらアウト。商品ではなくなるのだ。
川村は少しの間、バックヤード内を片付けることにした。まずは点在するカゴ台車に乗っている商品の入ったダンボール箱をいくつかのカゴ台車にまとめる。そして空になったカゴ台車を台車置き場まで持っていって仕舞う。この作業だけでもだいぶスペースが広くなる。台車を片付けていると時々つんどめるような動きをする台車があった。青色で正面に田原の顔と思われるイタズラ書きがされてあるカゴ台車だ。前に進めると急に何かに引っかかるような感じで進ませられなくなる。強引に引っ張っていけば問題なさそうだが気になってその台車を点検してみると、どうやら下部に取り付けられた車輪の状態が思わしくないようだ。車輪は4方向に付けられているがそのうちの一つがおかしい。動きがぎこちないのはこの車輪のせいなのだろう。いつ故障したのかわからない。慌しい中、壊れたのかもしれない。川村は念のため、そのカゴ台車を不良台車置き場まで持っていくことにした。不良台車置き場はバックヤードエリアの一番奥にある。
ひととおり作業を済ませると小谷が来た。
「今日は0時までグロッサリーコーナーを見回しながら空いている棚を補充しておいてください。とくに注意事項はないかな。あ、そうだ、今日あたりお中元用の品が入荷してくると思う」
「そうですか。わかりました」
グロッサリーコーナーへ行ってみると確かにあちこちと空いている箇所があった。チェックしたのち片袖台車に商品を乗せ、コーナーに戻って空いているところを埋めていくと隣に斉藤が台車を引いてやって来て川村と同じ作業を始めた。しばらく2人は言葉を交わすことなく品出しを行なっていたが、先に沈黙を破ったのは斉藤だった。
「おい、アレを見てみろ」
斉藤が指を指した方向には三島がいた。彼はインスタント食品の品出しを黙々と行なっていた。
「はい?何か問題でも?」
「この仕事はな、お客に見られる仕事なんだ。アイツののらりんくらりんした動作…覇気の無さ…お客への気遣いなんてまったくない。挨拶もできない。ここへきてあのような仕事をしてはならん」
確かにもっともらしいことを言っているが、この人はいちいち仕事仲間を非難しないとやっていけないのか?そもそもマネージャーならそういうことは直接本人に言えばいい。それとも印象操作のつもりか?と川村は考えてしまう。すでに川村は斉藤の言うことなどまったく聞く耳を持たなかった。
川村が作業を終え、小休止を挟みレジカウンターに向かう途中、川村はビール類の品出しをしている佐藤と目と目が合い、佐藤はちょこんと川村にお辞儀をした。つられて川村も頭を下げたが一瞬「えっ」と思った。
(佐藤のヤツ、いまオレに頭を下げたな)
体調不良で休んでいた件での挨拶かもしれない。それでも川村は少し嬉しかった。
午前2時。レジに入っていた川村が片付けをしていると、ちょうどよく中本が来て「引継ぎましょう」とタイミングよく交代した。川村がバックを持ってすでに閉まっているハンバーガーショップのテーブルまでいくと近藤がひと足先に食事をとっていた。
「やあ、近藤くん」
川村は近藤が座るテープルの向かい側に座りバックの中からサンドイッチを取り出す。近藤と食事をするのは久しぶりだなと思いながら川村は話しかけた。
「近藤くんは何か挑戦していることとかある?例えばクライミングとか」
「ギター」
「へぇ~そうなんだ。音楽かぁ、何、バンドとか組んでるの?」
「ちょっと前まではバンド組んでやってたけど、今はない」
「そうかぁ~、いい音楽仲間が見つかるといいね」
「……」
近藤は黙り込んでしまった。だが、休憩時間が終わりに近づくと今度は近藤の方から話しかけてきた。
「新しくマネージャーとして入ってきたとかいう斉藤って人、いるじゃないすか」
「ああ~、斉藤さんね」
「あの人、すげー不愉快ですよ、やってられないすね」
「えっ、斉藤さんと何かあったの?」
「何かあったつーか……川村さんの方が詳しいんじゃないですか?」
これを言われて川村は面食らってしまった。
「とにかく、あの人、辞めてほしいっす」
そう言って近藤は席を離れた。近藤は普段、川村にたいしては愛想がよくないが今日はいろいろと話してくれたし川村は気分がよかった。
休憩が終わり、後半は品出しなどの仕事をしていた川村だが、今日はやけに物静かだなと感じた。よく分からないがいつもと違う雰囲気だと思った。川村がグロッサリーコーナーで品出しを行なっていると小谷がきて今日はトラックの台数がいつもより多いだろうと告げられる。出勤時に小谷が言ったとおりお中元に関する品がどっと入荷してくると思われる。
午前4時00分すぎ、トラックが数台来て小谷が応対する。川村たちはカゴ台車を運び出してトラック荷卸しエリアまで持ってきて一列に並べた。最初にきたのはやはりお中元関連の商品、イベント用の品々であった。先頭を切るのは川村だ。2番手は三島。川村が隙間がないくらい積んだ台車を引っ張っていく。最初のダッシュにかなり力がいる。引っ張ったまま店内に入り、客用入口にある正面ゲートをさらに越えて東口階段付近まで行かなければならない。途中、いくつもの曲がり角を通って進ませるわけで気をつけながら引っ張る。24時間営業のスーパーにおいて、この時間はもっとも客の入りが少ないわけだが台車そのものが通路のスペースを狭くするので、一番、客が少ないときでなければできない仕事だ。
川村が所定の位置まできて台車を定位置に固定させようとしたその時・・・
大きな音がした。
店内全体に響き渡るような音だ。ガラスが割れるような音も混じっていた……台車だ。カゴ台車が倒れたときの音に違いあるまい。川村は音がした方向に目を向けた。後ろをついてきた三島が引いていた台車を止め、目をキョロキョロしている。
「どうしたんだろう?行ってみよう」
川村と三島が進んできた道を戻ってみると、3番手、4番手あたりも台車を途中で止めて音のしている方向に向かったようだ。何人か集まっているところまで来た。それは魔のカーブと呼ばれる曲がり角。その付近でカゴ台車はひっくり返っていた。やはり台車が倒れたのだ。中に詰まれていたダンボールがいたるところに錯乱し、そのダンボールからはおびただしいほどの量の液体が店内を覆う勢いで流れている。何の液体だかわからない。オイル?ソース?醤油?ドレッシング?それとも洋酒?日本酒?調味料?よく分からないが色の違う液体と液体が絵の具のように混ぜ合わされて薄気味悪い。凄まじいまでの異臭も漂ってきた。ふと、倒れたカゴ台車の隣でうずくまって呆然としている男がいた。斉藤である。どうやら斉藤がやらかしたようである。
バックヤードからドタドタと小谷と中本が出てきてモップやらバケツ、雑巾を持ってきた。小谷は周辺にいる従業員たちに「ここはいいから、搬入を頼みます。トラックはあと2台来るので」と言って仕事に戻るよう促した。
小谷の指示どおり、三島、清水、佐藤、近藤たちは途中まで引っ張ってきたカゴ台車を所定位置に配置するため先ほどまでいた場所まで戻る。川村は1台目のカゴ台車運びは済んでいるのでバックヤードに入り、トラック荷卸エリアまで向かおうとしたその矢先、斉藤が倒したカゴ台車を見てハッとした。そのカゴ台車は出勤時、散らかったバックヤード内を整理しているときに車輪の不具合を発見し、不良台車置き場まで引っ張っていった台車である。
(なぜ?どうして?)
川村はそれこそワケが分からなくなってきた。しかし今はそんなこと考えている暇はない。川村は頭の中がモヤモヤしながらも搬入の仕事を終え、他の従業員たちも一段落ついた。倒れたカゴ台車や割れてしまった商品、床掃除などの処置もマネージャー達で何とか終えたようだった。その間、早番の人たちも出勤してきたが小谷や中本が代わる代わる応対していた。
「みんな、今日はごくろうさん。あとのことは我々がやるから今日はもうこれで帰っていいよ」
小谷が川村をはじめ、アルバイト達にそう言った。
(そうだな。あとはマネージャーたちが引き継ぐだろうし…帰ったほうがよさそう)
川村は小谷に挨拶すると、すみやかに従業員用入口を出て家路に向かった。
目覚ましが鳴った。時間は夜の9時をまわっている。川村はこれくらいの時間に起きる。仕事があるからだ。必要なものをバックに入れ、さっさと仕度を済ませて外に出る。少し前に雨でも振ったのだろうか?地面が湿っぽい。アパートの自転車置き場は屋根付きだが小雨が風に飛ばされたのか自転車も少し濡れている。川村は手で軽くサドルを拭くとそのまま跨って自転車をこぎだした。スーパー「ハピネス」へ向かう途中、川村は昨夜のことが気がかりで仕方がない。斉藤が商品を詰め込んだカゴ台車を倒してしまい、その拍子に中に積んであったものが床いっぱいに広がってメチャクチャに……。
従業員入口を入ってロッカー室で着替えた後、トイレに向かう途中、小谷にあった。
「どうも小谷さん。いろいろ大変でしたね」
「ああ、もう大変なんてものじゃなかったよ。私はその日、昼の12時くらいまでいてね、家についてすぐ寝て、そして今日、出勤したわけだけど、もう少し休みたいところだ」
「僕らが帰ったあと、どうなったんでしょうか」
「課長がね、そりゃカンカンでね。バックヤードで怒鳴り散らしていた。今回はマネージャーが犯した不始末だから私も肩身が狭くなって何も言えなかった。私自身のミスじゃないけど中本さんと一緒に頭を下げてね」
「……斉藤さんは?」
「辞めたよ」
「えっ?辞めたんですか?」
「うん。まあ~課長と口論になって……その場でクビになった」
(自分で損害を出しておいて課長と何を言い合っていたというのか?)
川村はこの日、仕事をしながらあることが引っかかって考えて込んでいた。斉藤が倒したカゴ台車……あれは車輪が不具合だったため自分がバックヤードのもっとも奥にある不良台車置き場まで持っていった台車だ。それが一般の台車に紛れて使われてしまった。どうしてそんなことになる?川村は気になって作業の合間を縫ってバックヤードに行ってみると斉藤が使ったあのカゴ台車は掃除用具などが入った状態で隅に置かれていた。不良台車扱いにはなってない。斉藤が台車を倒したのは魔のカーブへの認識が足りなかったからだと思われているのか……川村の考察が始まった。
(誰かが意図的にやったんだ。悪戯のつもりか?いや、ただの悪戯ではない。誰かをハメようとしたんだ。その標的となったのは斉藤だ。皆から恨まれている可能性が強い。誰かが斉藤を陥れようとした。誰が?)
川村の考察は続いた。
(オレじゃないことは確かだ。オレ以外の人間……佐藤?……佐藤か。いや、アイツは性格悪いけどそんなこと考える、いやいや、そんな手の込んだことがやれるほどの工作員とは思えんな、バカだし。では三島か?三島はあの時、2番手で台車を引いててオレの後ろにいたよな。あの不良台車を斉藤に使わせるような小細工を三島ができるとは思えん。小細工を仕掛けられるとしたら斉藤より後ろにいた人だ。3番手と4番手は誰だったんだろう?マネージャーも全員そろって運んでいただろうしなぁ……)
川村の考察は続く、
(近藤……そうだ近藤くん、あの時ハンバーガーショップの客席で斉藤のことグチュグチュ言ってたじゃないか。近藤くんが犯人か?20歳になったばかりだからといって油断はできないよな。うーん、ちょっと保留にしておくか。清水はどうだ?いや、彼がそんなことするわけがない。誰にたいしても誠実で、誰から見ても好印象を与えるあの優秀な男が)
川村は視点を広くしてみた。
(あの2人のマネージャーはどうだろう、まずは中本さん。中本さんは以前に斉藤といっしょに仕事をしたことがあると言っていた。人間関係はどうであったか…斉藤は自分のこと憶えてはないだろうと中本さんは言ってたけれど……分からない。小谷さんはどうか?いや、小谷さんがあんなことするわけないよな。小谷さんを疑うこと自体、間違いだ。でもなぁ…あの日、妙にテキパキとした采配で物事に対応していた感がしないでもないけど……いや、やはり小谷さんを疑うのは間違いだ。オレは何を考えているんだ?)
そうして今日も仕事が終わる。川村はいつもどおり小谷に挨拶をして従業員用入口から外に出る。裏口にある自転車置き場で清水と出会った。川村は自転車に跨っている清水に話しかけた。
「昨日は大変だったね。斉藤さん辞めたみたいだよ」
「そうだね。僕もびっくりしたよ、凄い音がしたからね」
「倒した場所は普段、オレたちが魔のカーブと呼んでいる曲がり角だ。そのことを斉藤さんに前もって知らせるべきだったかな」
「いや、あの曲がり角を見れば注意しなければならないことぐらい分かるでしょう、それよりもマネージャーでありながら故障したカゴ台車を気付けずに使用するというのがおかしい」
「確かに。人のことをとやかく言うまえに自分のやることに警戒心を持つべきだったな」
「ハハハ、あの人はあんな調子でこれまでやってきたんだろう、それじゃ、僕は帰るよ、おつかれさま」
「ああ、おつかれさま」
2人はそこで別れた。川村は自転車に乗り、家路に向かう途中、ふと思った。
(清水のヤツ……なんであのカゴ台車が故障していることを知ってるんだ?)
川村は頭の中が再びモヤモヤしてきた。気晴らしにどこかへ行きたい気分になった。この日は雲一つない青天晴れ。
(久々にサイクリングといくかぁ~何にせよ、斉藤はもういない。台風のように現われ台風のように去っていく。さらば、斉藤、さらば、台風マネージャー!)
川村が乗る自転車は爽やかな朝日に包まれ、商店街の中へと消えていった。




