第6章-終末前夜-
日が沈んでも、空は青かった。
それは夕焼けの色ではなかった。
空そのものが「もうひとつの空」と干渉し、混ざりはじめていたのだ。
街のネオンが二重にぶれ、遠くの山並みは、まるで“映像のレイヤー”がずれたかのように見えた。
サオリ、美咲、ミゲル──Echo5の残された3人は、
人々の避難が始まった街のラボに残っていた。
美咲「政府は“視覚異常による集団錯覚”って言ってるけど、あの空を“錯覚”って言える人間は、もういないと思う」
ミゲル「報道統制が効かなくなってる。
SNSには、“空が重なった”って投稿であふれてる。
空反が、観測じゃなくて“体験”になりつつある」
サオリ「……“向こう”から何かが来てる。
でも、それが“来ようとしてる”のか、“止めに来てる”のか……まだ分からない」
彼女の耳には、“あの音”がまた響いていた。
だがそれは、もはや音ではなく構造の“動き”そのものに聞こえた。
まるで、重なった空間同士が「軋んでいる」音。
その瞬間、ラボの計器すべてが警告を発した。
システムアラート O:観測領域外より構造干渉を検出。
反響波形、空間座標異常──“再度の接触”が発生中
ミゲル「これは……1回目の干渉より強いぞ。
構造が、もう一度“破られようとしてる”」
美咲「また来るの? あれよりも大きい規模で?」
サオリはふと目を閉じ、そして呟いた。
サオリ「……来る……!」
次の瞬間、部屋の照明が静かに消えた。
明滅でも停電でもない。“音の無い闇”が、ラボを包み込んだ。
壁が歪み、机が傾き、空間が波打つ。
何も触れていないのに、天井が“ねじれ”始めた。
それは、まるでこの世界が一度解体され、
別の構造で再配置されようとしているかのようだった。
床が軋み、備品が震え、部屋の一角で重力が逆転した。
天井に張りついたノートが、静かに浮かんだまま停止する。
ミゲル「……これは、“構造の再構築”……?」
その時、世界の空が──再び、音もなく変質した。
空は青のまま、だがそこには“別の青”が混ざっていた。
昼なのに星が見える。月がふたつある。
そして、その奥に、もうひとつの地球がゆっくりと姿を現していく。
それは、まるで“今”の世界にもうひとつの“今”が侵食してくるような光景だった。
美咲が、震えた声で言った。
美咲「ねぇ……サオリ……
もし、これ以上“重なったら”、この世界、どうなるの?」
サオリは答えなかった。
彼女の脳内では、再びあの音が──
急速に速まっていく“カウント”が鳴り続けていた。
それは、もはや遠い未来の予兆ではなかった。
この世界の崩壊までの“正確なタイムリミット”を刻む音だった。
そして今まさに、“何か”がもう一度構造を破ろうとしていた。
――了