第5章-地球から見た地球-
目を閉じても、その図形は消えなかった。
音でも記号でもなく、ただ「そこに在る」という感覚だった。
円でも螺旋でもあり、点であり線でもある。
終わりと始まりが同じ場所にあり、観測した瞬間に形を変える。
サオリの夢の中に、それは“重なって”存在していた。
世界が静かに壊れていた。
しかし、その崩壊の正体は爆発でも消滅でもなく、「重複」だった。
何かが、この世界とまったく同じ構造を、もう一枚“上から被せてきている”。
サオリの意識はその「間」にいた。
そして、そこに誰かがいた──
音で編まれた存在たちが。
2日後。
仮設ラボの一角で、サオリはようやく目を覚ました。
サオリ「……」
瞬きを繰り返しながら、まず感じたのは空気の“層”だった。耳では聞こえない、けれど確かに何層もの世界が重なっている音のない響きがあった。
ベッドの横では、美咲とミゲルが待っていた。
美咲「目、覚めた……!」
ミゲル「2日間、まったく反応がなかった。
でも、脳波だけはずっと“動いてた”んだ。むしろ、深く何かと接続してるように」
サオリは、夢の記憶を辿ろうとする。
しかし──断片的なビジョンがあるだけで、ほとんどが霧の中だった。
サオリ「……夢を見てた。でも……何も思い出せない。
音と……誰かの“視線”みたいなものだけが残ってる」
美咲は、サオリの枕元に一冊の資料ファイルを置いた。
美咲「椿が残していった資料よ。
あんたが倒れる前に、彼女が一人で調べてた仮説──それを元に、“あの夢”の中で何が起きたのか、手がかりを探せるかもしれない」
モニターに映し出されたニュースには、信じられない事態が記されていた。
[速報]:満潮と干潮が“同時に”押し寄せた岬で、
停泊中の漁船が内部から裂けるように壊れたとの情報。
重力干渉の“同時発生”が観測されており、地軸の一時的な揺れが疑われる
ミゲル「“月がふたつ”になった瞬間から、潮汐が狂った。
この現象は……もう“偶発的な自然現象”じゃ説明できない」
美咲「地球そのものが、もうひとつの“写し”と接触してる。同じ構造の地球が空間に重なって、それが引き起こしてるんだよ……でも、なぜ今なのか? この“空反”がどうして突然……」
ミゲルが無言で、サオリに一枚の画像を渡した。
そこには、“構造体”としか呼びようのない非ユークリッド的図形とともに、ある空間座標が書かれていた。
サオリ
(これは……あの夢の中で見た、“かたち”)
思い出せないはずの記憶が、
この資料に触れた瞬間、“音”として再構成されてゆく。
彼女の鼓膜ではない。脳が、それを音として認識している。
これは──向こう側からのメッセージ。
その音は、以前よりも速くなっていた。
まるで、時間が削れていくのを知らせるかのように。
美咲は静かに言った。
美咲「……ねえサオリ、もしかして……
この現象、“止められる”と思う?」
サオリは、迷いながらも頷いた。
サオリ「わからない……でも、“見つけなきゃいけないもの”がある気がする。あの夢は、未来じゃない。
“未来からの干渉”だった──」
世界は、音もなく崩れ始めていた。
次に来る“空反”は、きっと月や地球だけでは済まない。
構造そのものが、限界を超えようとしていた。
――了