第2章-狂い始めた常識-
「──まるで、火が“炎のような氷の彫刻”に変質するかのように」
映像に映っていたのは、都市の屋台通りで起きた異常現象だった。
夕方、人々でにぎわう一角。焼き物を並べていた屋台のコンロが、突如として異変を起こした。
ガスの炎が数秒燃えたあと、青白く硬直し、凍りついたように停止したのだ。
まるで、炎そのものが“冷たい物体”に変質したような、不気味な光景だった。
Echo5の仮設ラボに沈黙が流れる。
美咲「……温度計測によると、一瞬でマイナス18度。
周囲の気温は変わってないのに、炎だけが冷却されたってわけ」
ミゲル「炎が凍る……なんて表現、今まではただの比喩だったが……これは違うな。
凍結直後の映像、金属器具の表面に結露も見られる。熱の流出じゃなく、構造の変化の可能性がある」
健吾「どっちにしても怪しすぎるだろ。
俺は現場トリックに一票だ。冷却スプレーでも撒いたんじゃねぇの?」
椿「でもあの現場、屋外よ? 一帯で気圧も湿度も記録されてるし、周辺に異常はなかった。
偶然にしては出来過ぎてる」
サオリ「……音も、おかしいの」
全員が彼女に視線を向ける。
サオリ「あのときの録音データ。
火が“凍る”直前に、周囲の音が消えてる。
環境音も、声も、足音も。全部」
健吾「消えてるって……録音ミスじゃないのか?」
美咲「実際に波形を見たけど、ノイズやフィルターの痕跡はない。
“完全な無音”っていうより、“存在しなかった”みたいな空白だった」
椿「もしそうなら……その瞬間だけ“空間ごと”消えていた可能性もある。
音は空間を伝ってくるんだから、“道”がなかったのかも」
ミゲル「実際、データを時間軸で再構成してみた。
その“無音”の区間、他の物理情報──温度や磁場にも小さな乱れが出てる。
全部が同時に、何かに影響された痕跡がある」
サオリ「……ずっと気になってたの。
最近、音の中に“揺れ”があるの。耳じゃなく、頭の奥で感じるようなやつ。
もしかしたら、同じ何かが関係してる気がする」
椿「“音の揺れ”って、どういうこと? 周波数の変動?」
サオリ「ううん、もっと……タイミングのズレみたいな。
響き方が、普通と違う瞬間がある」
ミゲル「ちょうどいい。これ、別の監視映像。
口の動きと音声が微妙にずれてるやつだ。1フレーム未満だけど、“ズレ”は確かにある」
美咲「発声と録音がズレてるって……それ、もう“時間がズレてる”ってことじゃない?」
健吾「いやいや、それってつまり“音の時間がずれてる”ってことになるだろ。
そんなバカな……」
誰も返事をしなかった。
だが、誰の目にも、不安と疑念が浮かび始めていた。
サオリは、手元の波形資料を見つめながらつぶやいた。
全員の視線が、彼女に集まった。
サオリ「もし……もし仮に、音が逆行しているとしたら?」
室内に沈黙が落ちた。
そのとき、記録装置の片隅で、
モニター波形がわずかに“逆流するような揺らぎ”を記録していた。
それはまるで、始まりではなく、終わりから始まった波だった。
――了