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海へ…

作者: TOMOKI

「あ~退屈だぜ…」

 魔法の森の中にある1軒の家。その散らかった部屋の中、霧雨魔理沙は大きな欠伸と共に呟いた。

「久し振りに紅魔館にでも行って、パチュリーから本でも借りてくるとするか…」

 そう言いながら、立ち上がろうとした時である。

「…ん?」

 魔理沙の耳に、ドアをノックする音が届いた。

「鍵ならかかってないぜ。入って来いよ。アリスかぁ?」

 だが、扉を開けて入ってきたのはアリス・マーガトロイドではなかった。そこにいたのは、永遠亭の八意永琳である。

「まぁまぁ…随分と散らかった部屋ねぇ」

「…挨拶なしで、いきなりそれか。それとも、月の奴らはそれが礼儀なのかい?」

 眉をひそめながら室内を見渡す永琳に対し、魔理沙は皮肉を投げかけた。

「あら、ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど…」

「まぁ、いいや。それより、アンタがこんな所に来るなんて珍しいな。何の用だ?こないだのリベンジか?」

「いいえ。もう、そんな事はどうでもいいの。それより、あなたに頼みがあるんだけど…」

 永琳は床に散らばる本やマジックアイテムと思われる道具の数々を踏まないよう、気を付けながら魔理沙に近付いた。

「薬に使えそうな茸を探しているの。香霖堂の御主人に、この森の茸に一番詳しいのはあなただって聞いたから。よかったら、案内してくれないかしら?」

「そんな事か。別に構わないぜ。丁度、退屈してた所だ」

 魔理沙は立ち上がり、トレードマークとも言える黒いとんがり帽子を手に取った。

「けど、この森に薬に使えそうな茸なんて、あったっけ?毒茸や幻覚を見るような茸なら、いくらでもあるんだが…」

「茸の中には、麻酔に使える物もあるのよ。それに、毒は使い方次第で薬になるわ」

「そうなのか。そいつは知らなかったぜ」

 そう言いながら魔理沙は帽子をかぶり、表に出た。その後に続く永琳。その永琳が、後ろから声をかける。

「そうそう。お礼はちゃんと支払うから、安心して。香霖堂の御主人にも言われたのよ。魔理沙にはきっちりお礼をしないと、後が怖いって」

「香霖め…余計な事を言いやがる。…別に、礼とか気にしなくていいぜ。私は単に、暇潰しでアンタに付き合うだけだから」

 実は、話を持ちかけられた時から謝礼の事を考えていたのだが、悪意のない顔で言われてしまっては、魔理沙とて苦笑いを浮かべながらこのように答えるしかない。仕方がないので、謝礼代わりに香霖堂から商品を適当にもらってくるか…などと考えながら、魔理沙は歩いた。


 しばらく歩くと、2人の目にまるで茸の畑を思わせるような風景が一面に広がった。

「これは…凄いわね…」

 永琳は目を白黒させた。

「この森ん中じゃ、ここいら辺が一番だからな。さて。せっかく来たんだし、私は晩のおかずでも調達していくかな」

 そう言うと、魔理沙はせっせと茸を採り始めた。

「う~ん…でも、見た事のない茸ばかりね」

「アンタは天才だって聞いてたけど、知らない事もあるんだな。じゃあ、こいつを貸してやるよ」

 魔理沙はポケットから1冊の手帳を取り出し、永琳に投げ渡した。

「これは…?」

 ペラペラとページをめくると、様々な茸について事細かくメモされている。

「私が調べた結果をメモってある。ここは、ヨソにはない茸が多いから、素人さんではヤバいからな。良かったら使ってくれ」

「ふ~ん…」

 その細かく記された内容に、永琳は感嘆の声を上げた。

「ガサツだと思ってたけど…結構、マメなのね。見直したわ」

「アンタ…やっぱ、私に喧嘩売りに来たんだろ?」

 永琳の言葉に、がっくりと肩を落とす魔理沙。そんな魔理沙を見て永琳は笑みを浮かべ、手元の手帳と見比べながら茸を採り続けた。


 どれほどの時間が経っただろう。それからも黙々と採り続け、2人が用意してきた籠や袋は様々な茸でいっぱいになった。

「う~ん…ちょっと採りすぎちゃったかしらねぇ」

 山盛りの茸を見つめ、、永琳は手を頬に当てて苦笑いを浮かべた。

「流石に、1人でこんなたくさんは持ちきれないわ。後で鈴仙にでも取りに来させるから、それまで預かってもらえないかしら?」

「あぁ、わかった」

 2人は荷物を持ち上げ、再び魔理沙の家へと歩き始めた。

「それにしても、ここは珍しい茸ばかりねぇ。また、採りに来てもいいかしら?」

「それはかまわないが、あんまり欲張らないでくれよ。私が魔法に使う茸がなくなると困る」

 魔理沙は少しだけ真剣な表情で答えた。

「ま、その時は霧雨魔法店への依頼として引き受けてやるぜ」

「はいはい。あ、輝夜を連れてピクニックってのも、いいわねぇ」

 永琳は永遠亭で待つ主・蓬莱山輝夜に思いを馳せた。このような気持ちになったのは、いつ以来だろうか。少なくとも、輝夜を外に連れ出すなど、幻想郷に来て以降は考えた事もない。

「どうした?楽しそうな顔して」

「えっ…そう?」

 永琳は思わず頬を押さえた。それでもまだ、顔の筋肉は緩んだままである。

「思い出し笑いかぁ?気持ち悪い奴だな」

 だが、魔理沙に何を言われようが、永琳の顔から笑みが消える事はなかった。


「ふぅ、やれやれ。たっだいま~っと」

 誰もいない室内に声をかけると、魔理沙は両手いっぱいの荷物を床に下ろした。続いて入ってきた永琳も、同じように荷物を下ろして、1つだけ息を吐いた。

「なぁなぁ。ちょっと、いいか?」

 魔理沙は帽子を脱ぎながら話しかけた。

「謝礼代わりってわけじゃないが…アンタに頼みがあるんだ」

「いいわよ。何かしら?」

「月ってさぁ…どんな所なんだ?」

 一瞬、永琳の中に緊張が走った。もちろん、目の前にいる魔理沙に悪意がない事はわかっているし、あったとしても魔法を使う程度の能力しか持たない地上の人間に何かが出来るとも思えない。わかってはいるが、これはもはや条件反射といってもいい。

「あら、どうしてそんな事を聞くのかしら?」

 永琳は、出来るだけ平静を装いながら魔理沙に尋ねた。

「どうしてって…単なる知的好奇心だな。自分の足で行ける所ならわざわざ聞かないが、月なんて行けっこないだろ。だから、話だけでも聞きたいんだ」

「ふ~ん…そうねぇ、月は…」

 魔理沙の言葉と目に嘘がないと感じた永琳は、聞かれるままに月について語り出した。幻想郷しか知らない魔理沙にとって永琳の話は大変興味をそそられ、その1つ1つに感嘆の声を上げた。

「その中で特に好きだったのは…やっぱり海かしらね」

「海…?」

 『海』という単語に、魔理沙がこれまで以上の反応を示した。

「海ってのはアレだろ?川や湖より広くて、デカい魚がいっぱいいるって言う…。香霖の店やパチュリーん所にあった本で見た事あるぜ」

 幻想郷に海はない。知識としては知っていても、魔理沙は本物の海を見た事がないのだ。好奇心を刺激されるのも当然と言えよう。

「月の海は地上の海とは違うわ。月の海は…豊かの海は生き物のいない静かな海。何もないけど…だからこそ、心を無にするにはちょうど良かったわね…」

 魔理沙に話を聞かせながら、永琳は月の海の事を思い出していた。

 今から1000年以上も昔、永琳は輝夜からの頼みを聞き、彼女の持つ『永遠と須臾を操る程度の能力』を利用して蓬莱の薬を作った。その後、輝夜はその薬を服用して不老不死となり、地上へと追放された。地上への憧れを持っていた輝夜にしてみれば望み通りという事になるかも知れないが、永琳にとっては後悔でしかなかった。後悔の念に押し潰されそうになる度、永琳の足は海へと向いていた。穢れなき豊かの海を見ていると、それだけで心を落ち着ける事が出来たのだ。

「海か…私も1度は見てみたいぜ…」

「えっ…?」

 魔理沙の呟きが、思い出に浸る永琳を現実へと戻した。

「だって、幻想郷に住んでたら、月は疎か外の世界にすら行けないんだぜ。海とは一生縁がないんだ。だったら、せめて一目でも…って思うのが人情ってもんじゃないか」

 そう言って、魔理沙は笑った。笑顔を見て、普段は輝夜を守るために持ち続けている緊張感は、魔理沙の前では必要ないかも知れないと永琳は思った。

 そして、当の魔理沙も、月に行く事も月の海を目にする事も不可能だという事ぐらいはわかっている。だからこそ海への想いは膨らむのだが、どうにもならなければ諦めるしかない。そういうさっぱりした所も、魔理沙のいい所である。

「それより、輝夜が幻想郷の人に月の事を知ってもらうためのイベントをやりたいって言ってるのよ。ウチにある、月から持ってきた品物なんかを紹介したりして。海は無理だけど、良かったらそっちを見に来ない?もっとも貸出は禁止だし、兎達に厳重な警備をさせるつもりだけど」

「はは…は…。これは手厳しいぜ…」

 魔理沙は、永琳が言った最後の部分は聞かなかった事にした。

「でも、面白そうだな。その時は行かせてもらうよ」

「じゃ、私は帰るわね。今日はどうもありがと」

 永琳は持てるだけの荷物を両手に持ち、軽く一礼して魔理沙の家を後にした。

「さて…」

 しばらくは外に出て永琳の後ろ姿を見つめていた魔理沙だったが、完全に見えなくなった所で家に戻り、本棚から1冊の本を取り出した。

「海…か…」

 魔理沙は、パチュリー・ノーレッジから勝手に借りてきた本を広げた。そこには、真っ白な砂浜と真っ青な海原がどこまでも続いている写真が載っている。しばらくはそのページを眺めていたのだが、いつしか魔理沙は本を枕に眠りについていた。その楽しそうな寝顔を見るに、夢の中にいる魔理沙は今、憧れていた海にいるのだろう。


 それから、どれほどの月日が流れただろうか。

「海…だな…」

「海…ねえ…」

 魔理沙とその友人・博麗霊夢の目の前には、青く広大な海が広がっている。何の因果か、2人は吸血鬼のレミリア・スカーレットやそのメイド・十六夜咲夜と共に月へと来ていた。魔理沙が夢にまで見た月の海には、彼女達が乗ってきたロケットの残骸が浮いている。

「あ~ん!もう、どうすんのよ、アレ!」

 霊夢は海面に散らばる残骸を指さした。たしかに、このままでは彼女達が幻想郷に帰る術が何もないのだ。霊夢が憤慨するのも無理はない。だが、今の魔理沙にそんな事はどうでもよかった。私は今、海に来ている…それだけが今の魔理沙を満たしていた。

「幻想郷にも…海があればいいのにな」

 魔理沙が呟いた。それに対して霊夢が何か返したようだが、今の魔理沙の耳には入らない。それどころか、今のこの一時を打ち壊そうとする存在がこの場に近付きつつある事に気付いてはいるが、それすらもどうでもいいとさえ思っている。

 今はただ海を見ていたいーそれが今の魔理沙の全てだった。そして、いつもと違うそんな自分が可笑しかった。

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