8 聖女の秘密
セイラの部屋から出たダリオスは、廊下の途中で立ち止まり、セイラを握った手を見つめていた。
(どうして彼女はあんなにも自分を犠牲にしてまで俺や国のために尽くそうとする?聖女だからと言って自分よりも他人のためにと動きすぎだ)
ポリウスの聖女は高飛車で傲慢だと噂では聞いていた。だが、セイラはそんな噂とは真逆だ。謙虚で素直すぎるところがある。
(ポリウスの聖女について、もっと調べる必要があるな)
こちらの国に連れてくる前に、聖女について一通り調べてはいた。だが、そのどれもが噂の域を出ないものばかりだった。ポリウスが隠していたのか、それとも、ポリウスの中でも知られていない聖女の何かがあるのか。
セイラが倒れた時には心臓が止まる思いだった。きっと自分の腕を浄化した上にベラリウスの土地の浄化も行ったせいで力を使いすぎたせいだろうと思ったが、案の定だった。屋敷へ戻ってくる間、自分の馬に乗せて抱き抱えるようにして来たが、一向に目覚める気配のないセイラが心配でたまらなかった。
屋敷へ戻ってセイラが目覚めてくれたことに安堵し、セイラと話をしていた時のことを思い出す。握った手の感触、困惑した顔、少し照れたような微笑み、そのどれもがダリオスの心へ少しずつ浸食していく。じんわりとセイラの存在がダリオスの中で大きくなっているのを感じていた。
(あくまでも契約結婚。俺の腕が治れば、彼女をポリウスに帰してもいいと最初の時点で伝えてある。だが……俺は彼女を帰したくないと思っている?なぜだ?この気持ちは一体……)
見つめていた手をぎゅっと握り締め、ダリオスは自室へ戻っていった。
*
セイラがレインダムへ行ってから三か月が経った。その頃、小国ポリウスでは、セイラがいなくなったことでルシアが聖女の力を行使することになったが、ルシアは聖女の力をうまく使いこなせずにいた。セイラがいた頃は、聖女の力によって天変地異や瘴気、流行り病などを浄化できていたが、ルシアにはそれができない。そのせいで、ポリウスは日に日に衰退していく。
「ルシアよ、これはどういうことだ!お前はセイラがいなくても聖女の力を使えると言っていた、それなのに、何一つできていないではないか!おかげで国が、どんどん弱っているのだぞ!」
国王がルシアへ怒ったように言うと、ルシアは怯むことなく国王を睨みつける。
「なによ!ちょっと聖女の力がうまく使えなかったからってそうやって怒鳴りつけるの?酷いわ!私だって一生懸命やってるのに!今までセイラがやっていたんだからこうなるのは当たり前でしょ。まだ力の使い方を思い出せていないだけよ、そのうちちゃんとできるようになるわ」
ルシアが腕を組み、ふん、と顔を背けて言うと、国王はさらに憤り怒声を浴びせる。
「そのうちなどと言っている余裕はないのだ!お前のせいで、国民からも我らへ不信の声が出ている。それに、今までいたもう一人の聖女が最近姿を見せないと噂になっている。もしかしてその聖女が本当の聖女で、表舞台に立つお前は偽物なのではないかと言われているんだぞ!もっと危機感を持て!」
「な、によ、それ……」
ルシアは国王を睨みつけながらギュッと手を握り占めた。握った手は怒りでふるふると震えている。
「いいか!一か月以内に聖女の力を行使できない場合、レインダムにセイラとお前を交換してもらうよう交渉する。レインダムは聖女が欲しいだけだ、たとえ聖女の力が使えなくても聖女として生まれ育ったお前が行ってもなんら問題はないだろう」
「はあ!?何よそれ!あなたそれでも私たちの父親なの!?娘のことを国の材料としか思ってないじゃない!お母さまが生きていたら一体なんて言うかしらね!」
「儂は父親であると同時にこの国の王だ。この国のことを一番に思わなければならない。お前も王の娘であり聖女であるなら、国のことを一番に考えろ!お前の母親だって元は聖女だ、儂と同じ考えのはずだ。セイラは聖女として考え行動していたのに、なぜお前はそれができない!この役立たずが!」
国王の言葉に、ルシアはカッとなって近くにあった本を国王に投げつける。そしてそのまま部屋を出て行った。
(何よ何よ何よ!セイラがいた頃は、お前は表舞台に立つ聖女なのだから堂々としていればそれでいい、セイラはしょせんただの裏聖女なのだから陰でひっそりとしているべきだと言っていたくせに!セイラと私を交換する?ふざけないで、どうして私がレインダムなんかに行かなきゃならないのよ!)
自室に戻ったルシアは窓の外を眺めながらギリ、と爪をかむ。
(絶対に力を使えるようになってやる。……でも、どうしてこんなにも力が使えないのかしら。小さい頃はセイラと同じように力が使えたのに。もしこのまま力が使えなかったら……)
最悪のシナリオに、ルシアはまた強く爪をかみしめる。もしそうなれば、自分はレインダムへ行き、セイラがポリウスに呼び戻されてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。そうならないように何か策を考えなければ……窓ガラスに映るルシアの顔は歪んだ笑みを浮かべている。
(その時はその時よ、いいわ、目にものみせてやる)