7 大切な聖女
(……あ、れ?ここは)
セイラが目覚めると、天井が見える。ゆっくりと起き上がり周囲を見渡すと、どうやら自室のベッドで寝ていたようだ。
(あの時、私、倒れてしまったのよね。もしかして、ダリオス様が連れて帰って来てくれた……?)
浄化が終わった途端に眩暈がし、気絶してしまった。その後の記憶が全くない。ダリオスが連れて帰ってくれたとしたら、とても申し訳ないことをしてしまったとセイラは落ち込む。
(浄化は無事に終わったけど、倒れてしまうだなんて。ポリウスの時にはこんな事一度もなかったのに……。もしかして場所の浄化の前にダリオス様の腕の浄化もしたから、力を使い過ぎてしまったのかしら。そうだとしても、ダリオス様たちにご迷惑をかけてしまったわ)
誰の足を引っ張ることなく、聖女としての役目を果たしたいと思っていた。それなのに、ダリオスの手間を増やしてしまった。セイラが落ち込んでいると、ドアがノックされる。
「はい」
「……!俺だ、入るよ」
そう言って、ダリオスが静かに部屋へ入って来る。ダリオスはセイラを見て嬉しそうに微笑み、ベッドのすぐ近くにある椅子に腰掛けた。
「よかった。目が覚めたんだな」
「ダリオス様が連れ帰ってくださったんですよね?気を失ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
申し訳なさそうに深々とお辞儀をするセイラを見て、ダリオスは真剣な顔になる。
「そんなの気にしなくていい。そんなことより、ポリウスでもあんな風に倒れていたのか?」
「えっ、いえ……あんな風に倒れてしまうのは初めてでした」
「やっぱりそうか。もしかして、俺の腕の浄化をしたことで力を使いすぎたのでは?」
ハッとしてセイラが顔を上げると、ダリオスはやっぱりという顔をして眉を顰めた。
「君には申し訳ないことをした。ただあの場所を浄化するだけなら君が倒れることもなかっただろうに、俺の腕があんなことになったせいで……本当に申し訳ない」
そう言って、深々と頭を下げるダリオスに、セイラは慌てる。
「そんな!ダリオス様は何も悪くありません、私の力がまだ未熟だっただけです!むしろ謝らなければいけないのは私のほうです」
(私の聖女の力がもっと安定していれば、きっとこんなことにはならなかった。もっとダリオス様たちのお役に立てるはずなのに)
不甲斐ない自分に悔しく思っていると、ダリオスがさらに顔を顰めた。
「やっぱり君を連れて行くべきではなかった。調査するだけなら騎士団だけで済んだんだ。浄化してもらえたことは本当にありがたかったけれど、君が倒れてしまうのは本意じゃない。今後は、君を連れて行かないようにするよ。団長にも言っておくから安心してくれ」
「ダリオス様……」
(そんな風に言われてしまったら、私がここにいる意味がなくなってしまう。ダリオス様の腕を治すことが一番の役目ではあるけれど、聖女としてもっとこの国に貢献したいのに、それができないなんて)
「私は、ダリオス様の腕を治すためにここにいます。ですが、聖女としてこの国にいる以上、この国のためにももっとこの力を役立てたいんです。聖女として、ちゃんと力を奮えるように努力します。次は絶対に倒れないようにします。ですから、そんな風におっしゃらないでください」
真剣な眼差しでセイラは訴える。セイラの必死な様子を見て、ダリオスは困惑した。
「どうして……どうして君はそんなに自分を犠牲にするんだ?力を使いすぎてしまったことで倒れたんだぞ?本来なら、お前の腕が暴走したせいで余計な力を使うことになったと非難したっていいのに、君はそれをしない。むしろ、自分が悪かった、もっと頑張るからと言う。君は自分を犠牲にしすぎている。聖女というものは、そういうものなのか?」
少し怒ったような口調と表情でダリオスは言う。セイラは何かを言いかけて口を開いたが、言葉が出てくることはなかった。
(どうして、と言われたら、私はポリウスでそうして生きてきたからだとしか言いようがないわ。でも、そう言ったところでダリオス様が納得してくれるとも思えない。ここはポリウスではなくレインダムだと言われてしまいそう)
困惑した顔で床を見つめるセイラの手を、そっとダリオスが握った。突然のことに驚いてセイラがダリオスを見上げると、視線が重なる。
「何か言いにくいことがあるなら無理に言ってほしいとは思わない。でも、俺は君にもっと自分自身を大切にしてほしいと思っている。それだけはわかってほしい」
ぎゅっ、とセイラの手を握るダリオスの手の力が少し強まる。
「……わかりました。困らせてしまい、申し訳ありません」
「君はそうやって謝ってばかりいる。俺は謝られるより、感謝されるほうがいいな」
「えっ、……あ、すみませ……じゃなくて、ありがとうございます」
「うん、それがいい」
そう言って、ダリオスは優しく微笑んだ。その微笑みには甘ささえ感じられてセイラの胸は思わずときめく。
(こんな時に、ダリオス様の笑顔が素敵に思えるなんて……こんな笑顔を向けられたら、どんな女性だってきっと胸を高鳴らせてしまうわ。勘違いしてはだめ、私はただ国の材料として売られてきただけなのだから)
「まだ疲れているだろう、もう少し寝るといい。それとも、何か必要なものはあるか?飲み物とか食べ物とか、ほしいものがあれば遠慮なく言ってほしい。君はこの国の大切な聖女なんだから」
(大切な、聖女。そう、私はただの聖女。それ以上でも、それ以下でもない)
セイラは少し俯いて瞳を閉じ、すぐに開いてダリオスを見つめて微笑んだ。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。流石に本調子ではないので、少し眠らせてください」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
そう言って、ダリオスは握るセイラの手を名残おしそうに見つめる。
(どうしてそんな目で見ているの?ダリオス様にとって私は、ただの聖女でしかないのに)
セイラの胸の内を知る由もなく、ダリオスは小さくため息をついてからセイラの手を離し、立ち上がった。
「ゆっくり休んでくれ。それじゃ」
そう言ってダリオスはドアへ歩いていくと、部屋を出る直前に振り向いてセイラを見つめ、部屋を出ていった。そのダリオスの視線にはやはり何か熱いものが感じられるような気がして、セイラの胸はさらに高鳴るのだった。