66 止まらない気持ち
「セイラ、どうかしたのか?」
帰りの馬車の中でダリオスにそう聞かれたセイラは、ハッとして隣にいるダリオスを見つめる。
もう随分と前から、ダリオスは馬車に乗る際、セイラのむかいではなく隣に座るようになっていた。
セイラは馬車が走り出してからもユリアから目を離せず、ユリアの姿が見えなくなってからはずっと考え込むように静かだった。そんなセイラを心配したダリオスの問いかけに、セイラは一瞬言い淀んだがすぐに口を開いた。
「その……ユリア様は本当にダリオス様を自分の家の再建のために利用しただけなのかと疑問に思いました」
ためらいがちにそう言うセイラを、ダリオスは神妙な面持ちで見つめる。
「家のためにという思いはもちろんあったのかもしれません。でも、ユリア様の様子はどう見てもそれだけだと思えなかったんです」
(ダリオス様へ何かを言いかけた時のユリア様の表情は、ご自分の気持を伝えたいと言うようなお顔だった。それに、屋敷にいらしたときに私へ言った言葉が嘘だとも思えないもの)
セイラは膝の上できゅっと拳を握りしめる。
「もしかしたら、ユリア様はダリオス様に誤解されたままでいたくなかったのかもしれません。それが、どうしても心の片隅にひっかかっているんです」
セイラが静かにそう言うと、ダリオスはセイラの手の上にそっと自分の手を添える。
「もしそうだったとして、セイラはそれを聞いてどうする?ユリア嬢が本当はまだ俺に好意を抱いたままだったとして、セイラはそれを受け入れられるのか?」
「それは……」
セイラは少し無言のあと、否定するように小さく首をふった。
「受け入れられるのかと言われたら、素直に受け入れるとは言い切れないと思います。でも、ユリア様の今のお気持ちがどうであったとしても、ユリア様の過去を含めた全てのお気持ちをダリオス様に否定してほしくはないと思うんです」
そう言って、セイラは戸惑うように揺れる瞳をダリオスへ向ける。
「全ては憶測でしかありませんが、きっと、ユリア様はダリオス様を好きになった時、とても幸せな気持ちになったんだと思うのです。ダリオス様が怪我をしてお一人で生きていくと決めたことに対してダリオス様の考えを尊重した時は、もしかしたら苦しくて辛かったかもしれません。そういうユリア様の沢山の気持を、今回の事だけで全て否定しないでほしい、そう思うんです」
一気にそう言ってから、息を整えるようにセイラは深呼吸する。そんなセイラを見て、ダリオスは静かに優しく微笑んだ。
「全く、セイラは本当に優しすぎるな。大丈夫だよ、今回の事だけでユリア嬢の全てを否定したりはしない」
ダリオスがそう言うと、セイラはパッと目を輝かせ安心したようにほうっと息を吐く。
「……だが、だからと言ってユリア嬢を許すわけではない。彼女が今回したことは、俺にとっては本当に許されないことだ。俺の最愛の妻の心を傷つけ、俺たちを引き離そうとしたんだ。そしてそれは事実だ」
はっきりと言い切るダリオスに、セイラはハッとしてからうつむいた。
(それは、確かにそうだわ。ダリオス様は、それとこれとは別だとおっしゃりたいのよね)
「それにしても、セイラはユリア嬢に対して怒りを感じたりはしないのか?私たちの仲を引き離そうとするなんて、って怒っても良いくらいなのに。むしろ、俺は怒ってくれないセイラにちょっと物足りなさを感じてしまう」
(も、物足りなさ!?)
寂しげにそう言うダリオスを見ながら、セイラは目をパチクリさせ、うーんと考え込む。
「怒る、というよりも、最初はショックの方が大きかったです、ね。それも、ユリア様に対してというよりも、ユリア様のことを知らなかった自分に対してのショックでしたし」
首をかしげながらそう言うセイラを見て、ダリオスは思わずセイラの手をきゅっと握りしめる。
「でも、そもそもダリオス様とユリア様の間には何もなかったということがわかったらホッとしました。あとは、そうですね……」
ぼんやりと宙を眺めながら何かに気づいてセイラはダリオスを見つめる。
「私がダリオス様を好きになるよりもずっと前に、ダリオス様を好きになった方がいたことがなんとなくショックでした。でも、こんなにも素敵なダリオス様がモテるのは、当たり前のことなのに、そんな風に思ってしまうなんておかしいですよね。それに、隣国から突然やって来たような私がそんなこと思うなんて、ダリオス様を好きになった方々に対して失礼だなと思いました」
困ったようにそう言って微笑むセイラを、ダリオスは両目を見開いて見つめる。そして、急にセイラへ抱きついた。
「えっ!?ダリオス様!?」
「そんなこと言うのは卑怯だろう……なんでそんなに君は……ああ、もう、屋敷についたら覚悟してくれよ。セイラへの思いが溢れて止まらない」
(えっ!?ええっ!?)




