65 令嬢の本当の気持ち
会議が終わり、屋敷へ戻るため馬車の元へ向かおうとしていたダリオスとセイラは、馬車の並ぶ一角で騒いでいる令嬢とそれを宥める男性を見つけた。
(あれは……)
「どうしてあの二人は別れないんです!?あなたが言ったんですよ、自分に任せておけば二人はいずれ別れることになる、だから聖女の心を揺さぶるように仕掛けてほしいと!それなのにどうして!?すぐにでもダリオス様の側に寄り添えるようにとこうして待っていたのに!」
「落ち着きなさい、ユリア嬢。確かにその予定でしたが、予定は予定、そもそも変わるものだ。国王にあそこまで言われてしまったらこちらとしてもどうしようもない」
「そんな……!話が違うじゃない!」
ユリアがグレイヴスに食ってかかっている状態だ。セイラが唖然として二人を見つめていると、ユリアがセイラたちに気がついてばつの悪そうな顔をする。グレイヴスも気づいてコホン、と一つ咳払いをした。
「これはこれはハロルド卿にセイラ様。お帰りですかな。見苦しい場面をお見せしてしまいました。さあ、ユリア嬢、この話はこのくらいにしてーー」
「セイラ様、どうしてダリオス様を解放して差し上げないのですか?それに、あなたがすべきことはこの国のためにダリオス様と別れてアルバート殿下と結婚することでしょう」
「ですから、それは国王が必要ないとおっしゃったと言ったはずーー」
「グレイヴス公爵は黙っていてください!」
ユリアが声を上げると、グレイヴス公爵は目を見張り渋々といった顔で黙った。ユリアは悲しげな表情でダリオスを見つめる。
「ダリオス様、ダリオス様がセイラ様と一緒にいるのはセイラ様が聖女だからなのですよね?ダリオス様の腕を治してくれたから、その恩に報いるために一緒にいる、それだけなのでしょう?別に、聖女がセイラ様でなく他の誰かで、その誰かが腕を治してくれたならその人と一緒にいることを選んだのでしょう?だったら、別にセイラ様と別れても何も問題はないではありませんか?なのにどうしてーー」
「俺はセイラが聖女だから一緒にいるんじゃない。セイラがセイラだから一緒にいるんだ」
真っ直ぐにユリアを見つめ、ダリオスはしっかりとした声音ではっきりとそう言った。
「ユリア嬢、あなたはもし他の聖女が腕を治してくれたらその恩に報いるために一緒にいるのだろうといったな。だが俺はそんなことはしない。もし他の聖女だとしたら、腕が治った時点で別れているはずだ。セイラに対してもそもそもはそのつもりだった」
ダリオスの言葉に、ユリアは目を輝かせて必死にダリオスへ言い寄ろうとする。
「だったらなぜ!?」
「セイラを帰したくない、セイラとずっと一緒にいたいとそう思うようになっていたからだ。それはセイラが腕を治してくれたからという安易な理由じゃない。セイラと共に時間を過ごすことでセイラの人となりがわかって、セイラ自身に興味がわき、もっと知りたいと思うようになったからだ。そして、知れば知るほどセイラを好きになっていった。他の誰にも渡したくないほどに」
そう言って、ダリオスはセイラの腰に手を回しグッと引き寄せる。
「俺はセイラ自身に惹かれ、惚れた。聖女として国と国民を思う気持ち、ひたむきさ、自分よりも他人を優先してしまう性分、どんなことにも良い面を見出そうとする姿。セイラがいるだけで、セイラの周囲がふわりと明るく優しくなる。誰もがセイラを慕い、セイラの幸せを願っている。そんな彼女を、一人の女性として好きになるなという方が無理だ」
キッパリとそう言い切るダリオスに、グレイヴス公爵は半ば呆れたような顔をしているが、口角はほんの少し上がっていた。
(ダ、ダリオス様、そんな風に思ってくださるのはすごく嬉しいですけど、人様の前でそんなはっきりと言われるとすごく恥ずかしい……!)
セイラが顔を真っ赤にして俯いていると、ユリアは目を見張りワナワナと震えている。
「ユリア嬢。君がどうしてこんなにも俺に執着するのか理解し難いと思っていたが、ようやくわかったよ。君の家は何年も財政難だそうだな。俺に近づき俺と結婚すれば、傾いた家を再建できると踏んだ」
ダリオスの言葉に、ユリアはカッとなってグレイヴスを睨みつける。だが、グレイヴスは渋い顔で違うと言うように首を振った。
「グレイヴス公爵からは何も聞いていない、俺が独自に調査したことだ。君は確かに俺に好意を寄せていてくれた時期があったようだが、今は違うだろう。俺に好意があるわけじゃなく、傾いた家を再建するために俺を利用しようとした。もちろん、君をけしかけたのはグレイヴス公爵なのだろうが、話に乗ったのはそれが一番の理由だろう」
(そんな、ユリア様はダリオス様をずっと慕っていたわけではなかったの?本当に?)
セイラが驚いた顔でユリアを見つめると、ユリアはその視線に気づいて目を見開き、すぐに視線を逸らした。ドレスの前で握りしめているユリアの両手は、心なしか小さく震えている。
「家を建て直すために結婚を考えているのなら、今回君をけしかけたグレイヴス公爵に頼んで紹介して貰えばいい。それくらいの償いはするでしょう、グレイヴス公爵」
「……そうですな。こちらで良さそうな家柄の令息を何人かご紹介しましょう」
グレイヴス公爵がそう言うと、ユリアはドレスをぎゅっと握り締める。そして、顔を上げてダリオスを見つめる。その瞳はほんの少し潤んでいるように見えた。
「わ、私は……!」
ユリアの声に、ダリオスがユリアへ視線を向ける。そのダリオスの瞳を見た瞬間、ユリアは言葉を失った。ダリオスのエメラルド色の瞳は真っ直ぐにユリアを見ている。そのあまりにも強すぎる瞳に、ユリアはもう何も言えなくなってしまった。
「……なんでも、ありません」
ユリアはそう言って静かに、深々とお辞儀をした。
「行こうか、セイラ」
「えっ、あ、はい……」
ダリオスに促されるようにセイラは近くにあった馬車へ乗り込む。馬車が走り出しても、馬車の中からセイラはユリアを心配そうにずっと見つめていた。




