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62 強い思い

「俺の両親からの花を、俺から贈られたものだとユリア嬢は信じ込んでいたんだ。君を気にかけているというようなメッセージカードも俺のフリをして勝手に添えて贈っていたようで、ユリア嬢はそれを本気にしていたようだ」


 ダリオスは真剣な眼差しをセイラに向けて話し始める。


「俺は何度も俺からではない、ユリア嬢には興味がないと伝えようとした。だが、両親がそれを妨害したんだ。あの頃の両親は、ユリア嬢をつなぎとめておきさえすれば、俺もそのうち気が変わるとでも思っていたんだろう。結局、俺が左腕を負傷したことによって両親も諦めがついたようだった」


 ダリオスの話に、セイラはダリオスをただ見つめて真剣に話を聞いている。セイラのスカイブルーの瞳は時折不安げに揺れているが、次第にその不安は消えていくのがわかる。


「俺が左腕を負傷した後、ユリア嬢が俺の元を訪ねてきたことがあった。その時、俺はユリア嬢に今まで花を贈っていたのは俺ではなく両親で、俺にはユリア嬢への気持ちは今までもこれからも全くないことを伝えている。その時、ユリア嬢は納得した様子だったから俺はもうユリア嬢とは一切関係がないものだとばかり思っていたんだが……まさかグレイヴス公爵の思惑に、ユリア嬢を巻き込んでいるとは思わなかった」


(ダリオス様はユリア様のことを何とも思っていらっしゃらない。でも、ユリア様は今でもダリオス様のこと……)


 帰り際、ユリアに言われたことを思い出してセイラは思わず神妙な表情になる。セイラが来るずっと前からユリアはダリオスを思い続けていた。ダリオスの気持ちが自分に向いていないと分かっても、ダリオスが独り身であるならそれで構わないと思うほど、ダリオスをずっと思い続けていたのだ。


(ユリア様のダリオス様への思いは、相当深く、重いものだわ)


 ずっと独身を貫くものだとばかり思っていた相手が突然やってきた隣国の聖女と結婚し、いつの間にかその聖女に愛情を向けていたと知ったときの気持ちは、果たしてどれほどのものだっただろうか。セイラのことが憎くて憎くて仕方がないだろう。ユリアの気持ちを思うと、セイラは全身の血が一気に引いていくのがわかる。


「セイラ、ユリア嬢に何か言われたんだろう?酷いことを言われたのか?」


 ダリオスがセイラの顔を心配そうにのぞき込むと、セイラは瞼を伏せて静かに首を振った。


「ユリア様は、ずっとダリオス様のことを思っていらっしゃったと。その思いの深さと重さに少し戸惑ってしまっただけです。私のような隣国の女が急に現れてかっさらっていったと思われても仕方がないですし、きっと、ものすごく憎かっただろうと思うと……」


 辛そうなセイラの言葉に、ダリオスは唇をきゅっと結ぶと、セイラの両手を強く握り締めた。


「そうだとしても、セイラが気に病むことじゃない。ユリア嬢の気持ちがどうであれ、セイラの気持ちはどうなる?ユリア嬢の気持ちばかりに目を向けて、セイラ自身の気持ちをないがしろにするのは違うだろう。セイラは優しすぎる。そんなところも俺は大好きだしセイラの美点だとは思うけれど、それでもセイラは優しすぎる」


 ダリオスのエメラルド色の瞳がしっかりとセイラを射抜く。ダリオスの力強い瞳と言葉に、セイラの心はドクンと大きく跳ね上がった。


「アルバート殿下も国王も、俺とセイラが離婚するなんてあり得ないと言ってくださっている。グレイブス公爵の言葉には耳を向ける必要はないとも言ってくださってるんだ。セイラは何も気にする必要はない、大丈夫だ。……それとも、セイラは俺と離婚したい?」


 セイラの瞳をじっと見つめるダリオスのエメラルド色の瞳は強く、だか微かに不安の色を隠している。


「そんな、そんなこと絶対にありません……!」


 セイラが思わずそう言うと、ダリオスはほっとしたように微笑み、セイラの両手をさらに強く握りしめる。さっきまで微かにあった不安の色は消え、燃え盛るような熱さだけがダリオスの瞳には残っていた。


「よかった。もしもセイラが俺を嫌いになって本心で俺と別れたいと願うならば、その気持を尊重したい。だが……もし本心からではなく、セイラがユリア嬢の気持ちを重んじ国のためを思って俺と別れるなんて言ったなら、俺は絶対にセイラと別れたりしない。どんな手を使ってでも、セイラを繋ぎ止めるつもりだ。でも、それをしなくて良いならホッとした」


 セイラの頬にそっと片手を添える。ダリオスに触れられた頬にはダリオスの手の熱さが移り、なぜか今にもその熱さで溶けてしまいそうなほどだ。


「セイラ、俺は君がいないとダメなんだ。君のいない人生なんて考えられない。俺とセイラを引き離そうとする人間は誰であろうと許すつもりはない」


(ダリオス様……)


 ダリオスの深く熱い思いがセイラの心にじんわりと伝わっていく。それは最初仄かな暖かさだったはずなのに、いつの間にか焼け焦げてしまいそうなほどの熱さに変わっていた。


「私も、ダリオス様がいない人生なんて考えられません。ダリオス様と離れるくらいなら聖女なんて辞めてしまいたい。……そんなこと、思ってはいけないことだとわかっています。それでも、そう思えてしまうほど、ダリオス様のことがー―」


 セイラの言葉を遮るように、感極まったダリオスはセイラの唇へ食らいつく。そしてそのまま、思いをぶつけ合うようなキスが始まった。


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