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61 真意

「ユリア嬢とグレイヴス公爵が?」


 ダリオスの怪訝な声が部屋になり響いた。執事長から届いたセイラ緊急事態の知らせを受け、急いで屋敷へ戻ってきたダリオスは、執務室で執事長から話を聞いていた。


「はい。グレイヴス公爵は、セイラ様にダリオス様と離婚してアルバート殿下と結婚するのがこの国のためだと言ってきました。それに続くようにユリア様が、自分はもともとダリオス様の婚約者だったからセイラ様がダリオス様と離婚しても自分がいるから気にするなと。ダリオス様は結婚する気がないと言いながらも自分には優しく、いつも気にかけて花をプレゼントしてくれていたとおっしゃっていました」

「それは……!」

「わかっております。ですが何もご存じなかったセイラ様にとっては随分とショックだったようです。我々が機転をきかせて早々にユリア様たちにお帰りいただきましたが、セイラ様は蒼白で見ていられないほどでした。メイド長とメイドたちのおかげで今は落ち着きを取り戻し、お部屋で休んでいただいております」


 執事長の話に、ダリオスは眉間に盛大に皺を寄せ、拳をきつく握りしめる。


(大方、グレイヴス公爵がユリア嬢へ話を持ちかけたんだろう。グレイヴス公爵は前々からこの国の次期王位継承者と聖女であるセイラを結婚させるべきだと国王へ進言していたからな)


 公爵であり、政治的発言力が強い。他の貴族たちもグレイヴスの考えに賛同するものが多く、国王も時と場合によってはグレイヴスの提案を採用することも多かった。

 だが、今回の件に関してだけは話が違う。国王も第二王子であるアルバートも、ダリオスとセイラを離婚させるべきではないとグレイブスの考えを拒否し続けてきた。


(国王とアルバート殿下を説得できないと踏んで、直接セイラへ話を持ちかけてきたか。あの狡猾な公爵のしそうなことだ)


 セイラが聖女として国と民を思い日々奔走していることを知っている。聖女としての責任感が強いセイラには、この選択がレインダムのためだと言えば心が揺らぐとでも思ったのだろう。そこに、ユリアという元婚約者を投入し、さらにセイラを動揺させ落とそうとしている。


 ダリオスははらわたが煮え繰り返りそうだった。自分のいない所でコソコソと最愛の妻に話を持ちかけ、悲しい思いをさせている。勝手なことをするなと怒鳴り込んでやりたいくらいだ。


(ユリア嬢とグレイヴス公爵に腹がたつが、そもそもユリア嬢についてきちんと話をしていなかった俺にも非はあるのだろうな)


 別にセイラに言いたくなかったわけではない。ただ、ユリアのことは詳しく言う必要すらない存在だと思っていたからだ。ダリオスにとってはその程度でも、ユリアにとってはそうではなく、セイラを陥れてでもダリオスと離婚させたいと思っており、そんなユリアはグレイヴスにとっては非常に使いやすい駒なのだろう。


「セイラと話をしてくる」


 椅子から立ち上がり、厳しい顔立ちでそう宣言するダリオスに、執事長は深々とお辞儀をしてドアを開いた。


「くれぐれも、セイラ様を勘違いさせたり悲しませることのないようにお願いします。セイラ様はダリオス様にとってだけではなく、この屋敷の人間全てににとっても大切な存在なのですから」





 コンコン、と部屋が控えめにノックされ、ぼんやりしながらくつろいでいたセイラはハッとして返事をした。


「はい」

「俺だ。入ってもいいかな?」


 夕飯ができたとメイドが呼びにきたのかと思ったが、声の主はダリオスだ。セイラは少しずつ心臓が速くなる。緊張していることを悟られまいと、セイラは声に気をつけながら返事をした。


「もちろんです」


 セイラの声にドアが開く。部屋へ神妙な面持ちのダリオスがゆっくりと入ってきた。

 ソファに座っていたセイラの隣に腰掛け、ダリオスはセイラの手を優しく掴む。


「大丈夫か?」

「ご心配をおかけしてすみません。でも、もう大丈夫です」


 セイラはそう言って微笑むが、その微笑みを見てダリオスは切なそうな顔をしながら片手をセイラの肩へ、頬へ、そして髪の毛へと伸ばし、少し顔にかかった髪の毛を耳にそっとかける。


「執事長から話は聞いた。……ユリア嬢とグレイヴス公爵が来たんだろう。一人で辛い思いをさせてすまない」


 ダリオスの言葉にセイラは両目を見開き、すぐに顔を伏せ小さく首を横に降った。


「セイラ、あの二人の言う事は気にしなくていい。むしろ忘れてくれ。グレイヴス公爵は政治的な駒としてセイラを利用したいだけだ。そしてユリア嬢はそれに便乗して俺とセイラを引き離したいのだろう」


 ユリアの名前が出た瞬間、セイラの肩がびくっと小さく揺れる。ダリオスは眉間に皺を寄せ、セイラの顔に手を伸ばした。優しく、静かにセイラの顔を上げさせると、ダリオスの顔を見つめるセイラの両目は、辛そうで不安げに揺れていた。


「ごめんセイラ。ユリア嬢のことをもっと早くに話しておくべきだった。だが、これだけはわかってほしい。ユリア嬢とは何もない。だからこそ、俺にとっては話をする必要すらないことだと思ってたんだ」


 ダリオスの言葉に、セイラは視線を泳がせながら口を開き、また閉じるを繰り返している。何をどう言ったらいいのか迷っているようだ。

 ダリオスは掴んでいたセイラの片手をぎゅっと握りしめ、もう片方の手でセイラの肩を掴んだ。


「ユリア嬢は俺から花を贈ってもらっていたと言っていたんだろう?あれは俺からじゃない。俺があまりにユリア嬢へ冷たい対応をするから、両親が俺のフリをして花を贈っていただけだ」



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