58 突然の訪問者
セイラの双子の妹、ルシアとレインダムの第一王子のアレクの起こした騒動が終結してから一か月が経った。騒がしかったレインダムの王城内はようやく落ち着きを取り戻していった。もともとはひとつの国だったポリウスは、名前はそのままポリウスとして残ったが、完全にレインダムの領地になる。
セイラもレインダムの聖女として日々邁進しながら、浄化のためにポリウスへ足しげく通っていた。セイラの聖女の祈りのおかげて、ポリウス各地に蔓延していた瘴気は浄化され、流行り病も無くなり人々の生活も元に戻りつつあった。そんなある日。
(今日は久々に屋敷でゆっくりできるわ。でも、久々にゆっくりできると言っても何をしようかしら?)
聖女としての仕事を毎日のようにこなし、ダリオスの妻として社交の場にも少しずつだが顔を出すようにしているセイラは、急に休みができても何をしていいのかわからなかった。ポリウスにいた頃も、休みなんてものはほとんどなく、あったとしてもルシアに呼び出されなにかしらこき使われていたので、休日に何かをするという考えがない。
はて、何をしたらよいものかと首をかしげていると、セイラの部屋がノックされる。
「セイラ様、失礼します。お客様がお見えです」
「どうぞ。お客様?」
部屋に入って来たメイド長にそう聞くと、メイド長はとても困惑した顔でセイラを見つめている。
(どうしたのかしら?)
不穏な雰囲気を察してセイラが戸惑っていると、メイド長は渋い顔になって口を開く。
「ユリア・アベルド様です。……ダリオス様とは幼少の頃からのお知り合いで、その、セイラ様がこちらにいらっしゃる前にダリオス様の婚約者候補になられた方です」
「ダリオス様の、婚約者候補……」
初めて耳にする言葉だ。そう言えば、セイラがレインダムに来る前のダリオスのことはあまり聞いたことが無かった。確かに、あれほどの騎士の腕前があり国王にも信頼されている男に、婚約者がいなかったわけがない。むしろなぜ結婚していなかったのかと疑問になってもおかしくないほどだ。
セイラが戸惑っていると、メイド長はさらに渋い顔になる。
「ダリオス様は騎士として人生を全うするので結婚する気はないと縁談をすべて断ってこられました。左腕に怪我を負われてからは、なおさら人生を共にする人間などいらないと言い張ってらっしゃったのです」
確かに、セイラがレインダムに来たばかりのころ、ダリオスは契約結婚で腕が治ったらポリウスに帰すつもりだと言っていた。
(本当に一人で生きていこうと思ってらしたんだわ)
「ですが、セイラ様と出会ってダリオス様は変わりました。ダリオス様のあんなに幸せそうなお姿を見ることができるようになったのは、セイラ様のおかげなんです。ユリア様がどんなおつもりでセイラ様に会いに来られたかはわかりませんが、何があろうと私は、そしてこの屋敷の人間全てがセイラ様の味方です!どうか、心配なさらないでください」
そういって、メイド長は真剣な顔でセイラの両手を掴んだ。そのあまりの勢いに、セイラの緊張した心は一気にほぐれていく。
(本当に、みんな優しくて素敵な人たちばかり。私は幸せ者だわ)
「ありがとう。とっても心強いわ。とにかく、ユリア様にお会いしてみます。あまり長いこと待たせても申し訳ないですものね」
*
セイラが応接室に入ると、応接室のソファには薄紫の髪の毛に赤い瞳の美しい令嬢が座っていた。その隣には、五十代くらいの紳士が座っている。
「お待たせして申し訳ありません」
セイラがそう言ってお辞儀をすると、ソファに座っていたユリアは立ち上がりすぐにセイラの目の前に来てセイラの手を握った。
(えっ?)
「あなたがダリオス様の妻であり、この国の聖女セイラ様ね!はじめまして。ユリア・アベルトと申します。ずっとお会いしたいと思っていたのだけれど、セイラ様は聖女のお仕事でお忙しいでしょう?ようやくこうしてお会いすることができたわ!」
ふわっと嬉しそうに微笑むその顔はまるで可憐な花が辺り一面に咲き誇るようで、セイラの胸はドキリとする。
「ユリア嬢、少し落ち着きなさい。セイラ様が戸惑っておられる」
ユリアの背後から声がしてそちらを見ると、ソファに座る紳士がコホン、と咳ばらいをしてユリアをたしなめる。
「まあ、ごめんなさい、グレイヴス公爵。つい嬉しくてはしゃいでしまったわ。はしたなかったわね」
ユリアがそう言ってほんのり顔を赤らめると、グレイヴス公爵は冷めた瞳をユリアに向けた。
「座りましょう、セイラ様」
「え、ええ」
(なんだかすごい勢いだわ。でも、すごく綺麗で可愛らしい方……!)
「あの、それで今日はどういったご用件でしょうか?」
それぞれソファに座り、セイラは対面しているユリアとグレイヴスに問いかける。すると、ユリアは一瞬目を細めてからすぐにとびきりの笑顔になった。
「私がセイラ様にお会いしたかったというのも大きな目的なのだけど、それ以外にも重要なことがあるんです。ね?グレイヴス公爵」
ユリアが嬉しそうにそう言うと、グレイヴスはあいかわらず冷めた瞳でユリアを見て、それからセイラを真っすぐに見つめる。
「率直に申し上げましょう。セイラ様にはハロルド卿と離婚していただきたい」




