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57 愛し合う二人

 ガイズが部屋を出て、セイラとダリオスは部屋に二人きりになった。


(ガイズは本当に素晴らしい騎士だわ。ガイズの騎士としての決断と行動には本当に頭があがらない)


 一人で抱えていたものはどれほどだっただろうか。危ない橋を渡りながらも最後の最後までやってのけたのは、元ポリウスの騎士団長としての経験と騎士としての誇りなのだろう。


 セイラはガイズの去ったドアを見つめて微笑んでいると、セイラの手をダリオスが静かに握りしめる。それに気づいたセイラがダリオスを見ると、ダリオスはいつになく真剣な顔をしていた。


「ダリオス様……」

「セイラ、今回のことは本当にすまなかった。いくらガイズ殿に口止めされていたとはいえ、結果セイラには本当に辛い思いをさせてしまった。ガイズ殿が裏切りものだったと思わせられた時も辛かっただろう。それに、あれが最善だったとはいえ、結果あのような形になってしまった」


 きゅ、とダリオスはセイラの片手を握り締め、辛そうな表情でセイラを見つめる。


「……ルシアの処罰は決定したのですか?」

「ああ。ガイズ殿の報告を受けた時点であらかたは決まっていた。最終的に、もう改心の余地はないと判断されたから、決定は覆されないだろう」

「……処刑、されるのでしょうか」


 セイラはダリオスの手を握り返しながら、そっと静かに言う。


「……ポボスで命が尽きるまで永遠に過ごすか、収監される前に処刑されることを望むか、本人に決断させることになった。罪人アレクも同様だ」


 ダリオスの言葉を聞いて、セイラは両目を大きく見開き、息をのんだ。


 ポボス監獄要塞。レインダムの中で最も厳しく残酷な場所と言われている。レインダムの広大な敷地の外れ、どの国とも隣接していない海沿いにぽつんとたったひとつだけある島だ。そこには恐ろしい闇属性の魔物がはびこり、常に命の危険と隣合わせ、収監されてすぐに耐えられなくなり自ら命を断つ囚人も多いらしい。レインダムの高等魔術師たちが幾重にも結界を重ね、魔物も囚人も島から出れないようにされている。


(ルシアが、あの場所に……?)


 それだけ、ルシアはやってはいけないことをしてしまったのだ。ポボスへ収監される罪人は極悪で更生の余地のない人間、またはレインダムの平和を脅かす人間と判断された者だ。それに、ルシアは該当するとみなされたのだろう。


(ルシアはどうするつもりなのかしら。ポボスに収監されると聞いたら、それこそその場で発狂してしまうかもしれない。いっそ、今すぐ殺せと言い出しそうだわ)


 あんなことをしなければ、辺境の地で父親と一緒にひっそりと暮らせる未来があった。それなのに、ルシアは本当に取り返しのつかない、どうしようもないことをしてしまったのだ。


「罪人アレクをたぶらかしただけだったならここまで厳しい処分にはならなかっただろう。ただ、隣国オエルドへレインダムに挙兵するよう仕向けるよう裏で手引きをした。それが、レインダムにとって平和を脅かす危険な人間だと認識される要因になった。何より、更生する気配が全くない。生きている限り、何度でも自分の思い通りにさせたいと悪事を働く可能性がある、そうみなされた」


 ダリオスの話を聞きながら、ルシアに訪れるであろう恐ろしい未来を考えて、セイラの心臓はバクバクと高鳴り、息が苦しくなる。セイラは両目をギュッと瞑りながら、ふーっと大きく深呼吸した。


「セイラ、大丈夫か?すまない、目覚めてすぐにこんな話をするなんて」


 ダリオスがそっとセイラの背中を優しくさすると、セイラは目を瞑りながら首を大きく振った。


「いえ、いいんです。いずれ聞かなければいけないことですし、何よりも双子の妹のことですから。私は、その事実を受け止める義務があります」


 そう言って、セイラは真剣な眼差しをダリオスに向けた。その瞳を受けて、ダリオスは小さく息をのむ。セイラはいつどんな時でも、目の前のことから目をそらさない。逃げ出したくなるようなことでも、逃げずに向き合い、受け止めるのだ。ダリオスはたまらずセイラをそっと抱きしめた。


「罪人ルシアが、どうして双子なのだ、どうして自分だけではないのだとセイラに言っていただろう。俺は、むしろなぜセイラだけではなかったのだと思ってしまう。セイラのような、国と民を思いどんな時でも目をそらさずに聖女として力を尽くす人間こそ、聖女にふさわしい。なぜ罪人ルシアのような人間が、セイラと一緒に生まれ落ち、ポリウスで表の聖女として生きてきたのか理解できない」


 ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。セイラはダリオスの背中にそっと手を回して一度抱きしめ返してから、そっと体を離した。


「……私のことを買いかぶりすぎです。私は、ポリウスにいた頃はずっとルシアの陰に隠れて生きてきたんです。確かに、聖女としての力を奮っていたのは私でしたが、ルシアは表舞台で必要なことを全て引き受けてくれていました。あの頃の私には、絶対にできなかった。それに、私はルシアと向き合うこともできず、ただひっそりと自分の置かれた立場を利用して生きていただけなんですから」

「そんなことないだろう。ルシアが安全な場所でのうのうと過ごしている間、君はどんなに危険な場所だとしても聖女として一人で出向いて力を奮ってきたんだ。自分を卑下することなんてない。そんなこと、俺が許さない」


 ダリオスが厳しい眼差しでセイラにそう告げると、セイラは眉を下げて微笑んだ。


「……ありがとうございます。ダリオス様にそう言ってもらえて嬉しいです。でも、私たちは二人だったからこうしてダリオス様とも出会えたんです。双子でなかったら、どちらか片方だけだったら、きっと私はダリオス様と出会うこともありませんでした。こんなことを言うのは元ポリウスの聖女として間違っているのかもしれませんが……私はダリオス様と出会えて、レインダムに来れて、本当に幸せなんです。幸せだと感じてしまうことは、もしかしたらいけないことなのかもしれません。それでも、幸せだと思ってしまうんです」


 ポリウスが国として傾き結果レインダムの領地になったことも、ルシアがしたことも、ルシアがいずれ命を落とすであろうことも、全て辛く悲しいことには変わりない。セイラがレインダムへ来たことがそうなってしまったことの要因の一つだということもわかっている。わかっているからこそ、心が痛みで引き裂かれそうになる、それでもセイラはダリオスに出会えて幸せだと思えるのだ。


「セイラ……」


 幸せなのに悲しいと言わんばかりの顔で微笑むセイラに、ダリオスはいつの間にか手を伸ばしていた。セイラの頬にそっと手を添え、優しく撫でる。そして、セイラの額に自分の額をつけてそっと目を瞑った。


「俺も、セイラに出会えて本当に幸せだ。ポリウスから聖女を呼び寄せると聞いたとき、聖女について良い話はひとつも聞かなかったからどんな人間が来るのかと警戒していたんだ。でも、セイラが来て俺の人生は大きく変わった。左腕は治ったし、人を愛するという思いを知ることができた。本当に大切で、守りたい、一生一緒に生きていきたい相手ができたんだ。こんな気持ちになれたのは、セイラ、君だからだ」


 そう言って、ダリオスは静かにセイラの唇にキスをする。そして、顔を少し離してからセイラの瞳をジッと見つめ、優しく微笑んだ。その微笑みは、セイラの悲しく複雑な心を溶かしてしまうかのようなあたたかく蕩けるような微笑だ。


「セイラ、愛しているよ」

「……私も、愛しています。ダリオス様」


 セイラは目に涙を浮かべながら、とびきりの笑顔をダリオスに向ける。そんなセイラの言葉を聞いて、ダリオスはまた嬉しそうに微笑む。そして、ダリオスはまたセイラの唇に自分の唇を重ねた。



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