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54 騎士の矜持

 少し長めの金髪をサラリと風に靡かせながら、アレクはやや細めの瞳をガイズへ向ける。ヘラリ、と笑うその顔は、第一王子と思えないほど悪そうな顔をしていた。


「どうしてレインダムの第一王子であるあなたがこちらに?一体何をしてらっしゃるのですか」


(側近もつけずに、気配を隠してまでここにいるのはどういうことだ?)


 レインダムの第一王子アレクについて、いい話を聞いたことがない。ポリウスとレインダムが争っていた頃から、第一王子だけはポリウスに対して好戦的だったと聞く。身勝手で傲慢、第一王子だからと好き放題で、国王でさえも手を焼いていたという。

 そんな第一王子が、元ポリウスの王城内になぜかいる。ガイズは剣から手を離すが、警戒心は解かずにアレクへ問いかけた。


「ああ、君を探していたんだよ、ガイズ。元ポリウスの騎士団長である君と、ゆっくり話がしたいんだ。……今後のポリウスについてね」


 アレクはガイズの耳元に顔を寄せ、小声で囁く。その言葉に、ガイズは両目を見開いた。


「ここではなんだ、どこか落ち着いて話ができる場所に案内してくれないか?他の誰かに聞かれてはまずい話なんだよ。ほら、俺は武器を何も持っていない。そもそも騎士団長である君に何かできるとは思っていないし……むしろ、君が俺と二人きりでいるところを誰かに見られるのはまずいんじゃないのか?君は元ポリウスの騎士団長で俺は元敵国の第一王子だ。君が俺を殺そうとした、とでも俺が言ってしまえば、君は騎士団長として、いや、騎士として危うくなる。ここにいることもできなくなるだろうな」


 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべたアレクに、ガイズは眉を顰める。この男は一体何が目的なのだろうか。元ポリウスの騎士団長を陥れたいのか、だとしてもなぜこんな手間のかかる危ないことをする必要があるのか。


(話を聞いてみないことにはどうしようもないか)


「……わかりました。空いている部屋があるのでそちらで」

「話が早くて助かるよ」


 アレクを近くの空き部屋に通そうとしたガイズは、一瞬だけ何かに気づく。だが、すぐにアレクを部屋へ入れ、鍵をかけた。





「あの時、ハロルド卿の気配を感じたので、自分とあの男が二人で部屋に入るところ見られたのはちょうどいいと思いました。話の内容によっては、いずれハロルド卿にもきちんと報告すべきだと思ったのです」


 罪人となったアレクに対し、ガイズはもはやあの男という表現を使うようになっていた。元第一王子であっても、騎士団長であるガイズにとっては罪人でしかないのだ。


 アレクの話はこうだった。自分が次期王位に就いた暁には、元ポリウスをレインダムから解放してもう一度前のように立て直す。今まで通り表の聖女はルシア、裏の聖女はセイラとし、聖女の祈りをセイラに任せれば、またポリウスは前のように国として機能するだろう。だから、アレクが次期王位に就けるよう力を貸してほしいと。


「あの男はルシア様……罪人ルシアと共謀し、レインダムを自分のものにしようとしていました。罪人ルシアはあの男に取り入り、またポリウスで表の聖女としていることを切望していた。祈りの力が無くなっていようとも、セイラ様が裏で祈ってさえいれば、自分はまた聖女として君臨していられると信じていたようです」


 ガイズの話を聞きながら、セイラは軽く目眩を起こしそうだった。あのルシアのことだ、そんなことだろうとは思っていたが、実際に事実を突きつけられるとやはり精神的にくるものがある。

 何より、ガイズがルシアを罪人ルシアと呼んだことにも多少の驚きがあった。ガイズにとって、ルシアももはや元聖女という優しいものではなく、罪人なのだ。わかっていることなのに、なぜか胸の中がギュッと押しつぶされそうになる。セイラが小さく深呼吸していると、そっとセイラを手をダリオスが握りしめる。


(ダリオス様の手はあたたかい。いつもこうして私が辛い時、不安な時にあたたかさを伝えてくれる。一人じゃないと思わせてくださる)


 そっとダリオスを見ると、ダリオスは優しく力強い瞳でセイラを見つめていた。セイラは、その視線に応えるように小さく頷く。そして、またガイズへしっかりと視線を戻した。そんな二人を見てガイズは一瞬辛そうな表情になるが、すぐにいつものように真剣な顔でセイラを見つめ返した。


「俺はあの男の話に乗るふりをして、いろいろな情報を聞き出すことにしました。隣国オエルドのことについても、罪人ルシアが裏で手を引いて元ポリウスに招き入れていることがわかりました」


 セイラがダリオスポリウスの街を歩いていた時に起こった騒ぎのことだ。あの時すでにガイズは二人に騙されたふりをしながら、オエルドを警戒していたのだった。そして、アレクはオエルドにレインダムへ挙兵するように依頼していることも知ったのだ。


「全ての証拠が揃うまで、ハロルド卿たちにはお伝えできないと思いました。どんなに愚かな男だとしても第一王子であるあの男のことについて元ポリウスの騎士団長があれこれ言うには信頼が無さすぎる。信頼してもらうためにも、確たる証拠が必要でした。そして、ようやく証拠が揃った頃にはあの男が決行する寸前でした」


(ガイズは、ギリギリまで一人でこんな重大なことを抱えて、一人で対応していたのね)


 誰にも相談できず、下手すれば自分が反逆者だと誤解されてもおかしくない状況だ。それでも、ガイズは自分を信じ、ポリウスとレインダムのために一人で静かに戦っていたのだ。

 ふと、セイラの手を掴むダリオスの手が強まる。セイラが驚いてダリオスを見ると、ダリオスはいつになく真剣な眼差しでガイズを見つめていた。その顔はセイラが知る夫のダリオスではなく、レインダム最強の騎士ダリオスの顔だった。


(同じく国を思う騎士として、ダリオス様もガイズの行動に何か強く思うことがおありなのだわ)


 よく知っているはずの二人の顔が、今はまるで別人のように見える。国は違えど、二人とも国と国民を思う気持ちは純粋すぎるほどにまっすぐで、力強い。そんな二人を前にして、セイラは背筋がピンと伸びるような気持ちになる。そんなセイラをしっかりと見つめながら、ガイズは話を続けた。


「事は一刻を争う。自分はあの男が事を起こす前に、ハロルド卿たちへ証拠を揃えて報告したのです」



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