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53 騎士団長と第一王子

「ハロルド卿は悪くありません。セイラ様に伝えるなと言ったのは自分です。ハロルド卿はセイラ様にも情報を共有するべきだと言っていたのですが、自分がそれを止めたのですから。セイラ様、どうかハロルド卿を悪く思わないでください」


 ガイズが神妙な面持ちでそう言うと、隣にいるダリオスは小さく首を振った。


「ガイズだけが悪いわけじゃない。俺だってガイズの提案に乗ったんだ」

「ですが、ハロルド卿は最後まで渋っていらっしゃた」

「それは……」

「あ、あの」


 ガイズとダリオスのやり取りを眺めていたセイラが思わず口を開くと、二人は同時にセイラの顔を見た。


(お二人でそんな顔をしなくても)


 二人とも、申し訳なさそうな困ったような不安そうな、複雑な顔をしてセイラをじっと見つめている。そんな二人の顔を見て、セイラは思わず小さくクスリと笑う。


「ごめんなさい、笑うべきところではないと思うのですが、お二人があまりにも必死だからつい。あの、話がよく見えないので、できればわかるように説明してもらえますか?」


(あの時、私だけが知らなかったのには何か理由がありそうだもの)


 セイラが優しく二人に言うと、二人はお互いに目を合わせてから小さく苦笑する。そして、ガイズが話を始めた。


「わかりました。自分からお話させていただきます。あれは、セイラ様がハロルド卿と二人きりで瘴気の強い土地を浄化しに行った日のことです」





 それは、セイラと共に王城へ戻ってきたダリオスが、廊下でガイズとアレクが密会しているのを見かけた日のことだ。

その日、ガイズはセイラとダリオスの無事を願いながら自分の仕事を終わらせ、王城の廊下を歩いている時だった。


(そろそろセイラ様たちが戻ってくる頃だろうか。ご無事だと良いのだが……)


 前日、騎士団員の一人に怪我をさせてしまい、ダリオスに注意されてしまったことを思い出す。あれだけの恐ろしい魔物がまた現れたとしたら、確かに自分たちがいても足手まといになってしまうだろう。

 ポリウスにいた頃は、セイラが聖女として行動する時はいつもガイズが側にいて護衛をしていた。もう、自分はセイラのすぐ近くでセイラを守ることができないのか、そう思うだけで、ガイズの胸は締め付けられるように痛む。


(もっと俺が強ければ、あんなことにはならなかった。団員を怪我させることも、セイラ様のお側を離れることもなかったはず)


 廊下で立ち止まり、ガイズはふと空を眺めながら拳をきつく握りしめる。今はダリオスがセイラの側にいる。ダリオスはセイラの夫であり、レインダム最強の騎士だ。あの恐ろしい魔物を瞬殺してしまうだけの力を持っているのだから、どんなことがあってもセイラのことを守り切ることができるだろう。

 何より、あの二人はどこからどうみても愛し合っている。最初は政略的な結婚であったにせよ、二人は距離を縮めしっかりと愛を育んでいるのだ。


 セイラに対しての自分の気持ちが何であるのかは、あえてわかろうとはしていない。今までも、これからもずっとそうして生きていくと決めている。何より、セイラが幸せてあるならばそれでいい、騎士として聖女であるセイラを、そして国民を守るために剣を振るうことができるのであれば、それでいいと思ってきた。


(だが、今の俺はセイラ様のために剣を振るうこともできていない。なんて不甲斐ないのだろうか)


 きつく握りしめた拳に血が滲む。自分の騎士としての不甲斐なさにはらわたが煮え返りそうなほどだ。自分で自分が許せない、ガイズはそう思って奥歯を噛み締める。そんな時、ふと怪しい気配がして視線をその気配のする方へ向けた。ガイズの若草色の瞳は、確実に不審者のいるであろう方向を捉えている。

 王城内に不審者が入り込めることなど、本来であればあり得ない。だが、今こうして実際に不審者がいるとわかった以上、絶対に逃すことはできない。ガイズは全神経を集中させた。


「そこにいるのは何者だ」


 ガイズは腰元の剣の鍔に手を当て、睨みつける。すると、柱の影から一人の人物が両手を上げひらひらとさせて現れた。その人物を見て、ガイズは両目を見開く。


「あなたは……」

「ははは、さすがは元ポリウスの騎士団長様だ。俺に仕える魔術師から気配を消す魔法薬を貰って飲んできたのに、気がつくなんて恐れ入るよ」


 ヘラヘラと笑いながらそう言ってガイズの目の前に姿を現したのは、レインダムの第一王子、アレクだった。



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