52 終幕
「何よりも、そなたがその女の首をはねることをセイラは望まないであろうからな」
国王の言葉が謁見の間に静かに鳴り響く。
(そう、私はそんなこと望んでいない)
セイラは祈るような眼差しでガイズを見つめると、ガイズはセイラを見て奥歯を噛み締めて一瞬辛そうな顔をする。そしてすぐにまた国王へ視線を戻し、静かにお辞儀をした。
(よかった、思いとどまってくれたみたい)
セイラがホッと胸をなでおろすと、隣にいたダリオスが一歩前に出る。
「元聖女ルシア、お前はさっきセイラを呪ってやると言ったな。どんな手を使ってでも引きずり降ろしてやると。だが、俺がそんなことは絶対にさせない。お前の呪いなど簡単に跳ね返してやる。セイラの纏う空気にさえ触れさせない。お前が何をしようと、俺が、そしてここにいる全員がそれを許さない。覚悟しておけ」
地を這うような恐ろしく響く低い声でダリオスは宣言する。そのダリオスの声に続くように、国王もアルバートもバルトもクレアもガイズも、皆ルシアを睨みつけていた。
恐ろしいまでの視線を一度に受けて、ルシアはもう一言も発することができず、ただ恐れおののき震えている。
国王がバルトとガイズに視線を送り頷くと、二人はアレクとルシアを捕らえて、謁見の間から出ていった。
(終わったのね……)
アレクとルシアの姿が見えなくなって、セイラは張り詰めていた気が緩んだのだろう、グラリと体勢を崩しそうになる。
「セイラ!」
間一髪のところでダリオスがセイラを受けとめ腕の中に包み込む。
「っ、すみません」
(ダリオス様のぬくもり……暖かくて落ち着く……)
セイラはすぐに自分の足でちゃんと立とうとするが、ダリオスの腕の中でどっと安心感が押し寄せてきた。そのあたたかさがじんわりと伝わってきてぼんやりとしてくる。
(だめよ、こんな時に気を失っている場合じゃないのに……)
そのぬくもりに、その安心感に抗いたいのに抗えない。そしてそのまま、セイラは意識を手放した。
*
(っ!!)
ハッと目を覚ますと、天井が見える。
「!!セイラ!目が覚めたのか」
声のする方へ顔を向けると、ダリオスが安堵したように微笑んでいる。
「ダリオス様、私……」
セイラはゆっくりと体を起こすと、ダリオスが手で優しく背中を支えた。
「あのあと気を失ってしまったんだ。あんな光景を見せられて気が張り詰めていたんだろう。気分は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。あんな大事な時にごめんなさい」
「気にしなくて良い。ああなってしまうのは仕方ないよ」
ダリオスが優しく言うのと同時に、部屋のドアがノックされた。
「はい」
「ガイズです」
「入って問題ない」
ダリオスの返事にガイズが部屋の中に入ってくると、セイラの姿を見て目を輝かせた。
「お目覚めになられたのですか、よかった」
「ごめんなさい、ガイズ。心配かけてしまったわ」
ガイズがダリオスの隣に立つと、ダリオスが近くの椅子を見て座るように促す。ガイズは小さくお辞儀をして、椅子に座った。
「セイラ様、この度のことについて謝らなければならないことがあります」
「?」
(謝らなければいけないこと?)
一体何のことだろうか。セイラが首をかしげてガイズを見つめると、ガイズはダリオスをチラリと見てからセイラをじっと見つめる。
「今回、第一王子が謀反を起こすことは、セイラ様以外は皆知っていたことなのです。そのせいで、セイラ様をおどろかせてしまい、セイラ様は気を失ってしまうことに……」
そういえば、あの時自分以外は皆ああなることを知っているかのような行動をとっていた。セイラが目を大きく見開くと、ダリオスが口を開く。
「すまない、セイラ。伝えるべきだと思ったんだが」
「ハロルド卿は悪くありません。セイラ様に伝えるなと言ったのは自分です。ハロルド卿はセイラ様にも情報を共有するべきだと言っていたのですが、自分がそれを止めたのですから。セイラ様、どうかハロルド卿を悪く思わないでください」




