51 双子
「ルシア、私はあなたを助けることはできない。あなたは、ポリウスの国力が落ちたのも、自分がこうなったのも全て私のせいだと言うけれど、そもそもルシアが聖女としての祈りを怠ることがなかったらこんなことにはなっていなかったはずよ」
すこし声が震えているが、それでも一言一言しっかりとルシアにむけてセイラは言い放つ。すると、ルシアは目くじらをたててセイラを睨みつける。そんなルシアにひるまず、セイラはルシアの瞳をジッと見つめ、言葉を続けた。
「私は、ずっとあなたの影として国のため国民のために聖女の力を奮ってきた。それは私にとって嫌なことでもなんでもない、当たり前で喜びでもあったわ。でも、影でいることによって、私は私を見失っていた。私は自分がどうしたいかも、どうありたいかもわからなかったの。ただあなたの影として聖女の力を奮うことが正しいことだと信じ込んでいたわ」
セイラの言葉に、その場の誰もが真剣に耳を傾ける。
「レインダムに来ることになって、初めは戸惑うことばかりだったけれど、ダリオス様と出会って私は影なんかではなく、私でいいと思えるようになったの。私は、レインダムのために聖女の力を奮いたい。純粋にそう思えたし、今でもそう思っているわ。レインダムのためだけじゃない、レインダムの領土になったポリウスのためにもよ。でも、あなたは一度だってそう思ったことがないのでしょう?それで、どうして聖女だと言えるの?」
セイラの言葉にルシアはうつ向き、わなわなと震えている。
「あなたが今そうなっているのは、あなたがあなた自身のことしか考えずに自分の私利私欲のためだけで行動してきたからよ。自分を見失わず素直に愛せることは素敵なことだわ。でも、あなたはそれだけ。自分の周りの人たちのことなんて何も考えていない。自分を大切にするのと同じくらい他者を、国を大切にすることができなかった。だからそうなったのよ。誰のせいでもない、あなたはあなた自身のせいでそうなったの」
ルシアはその言葉にカッとして顔をあげセイラを睨みつける。だが、セイラのルシアを見る瞳は慈愛に満ちていて、なおかつ悲しそうだった。
「ずっと一緒にいたのに、私はあなたのことを何も知らなかった。あなたの後ろでひっそりとしているだけで、あなたと向き合おうともしなかったの。ごめんなさい。あなたとちゃんと向き合っていたなら、もしかしたらもっと違う現在があったかもしれないのに」
(そんなことを思っても仕方がないってわかっている。向き合おうとしなかったのは、ルシアだって同じこと。それでも、私は初めから全てを諦めて向き合おうともしなかったんだもの)
セイラがそう言って小さく頭を下げる。そんなセイラを、ダリオスは労わるようなまなざしで見つめ、そっと背中を手で支えた。国王やアルバート、バルトもクレアもガイズも、皆セイラとルシアをただ静かに見守っていた。
「……何よ何よ何よ!馬鹿にしないで!向き合わなくてごめんなさい?ふざけるな!お前みたいな地味で目立たない根暗なやつになんで謝られなきゃいけないのよ!どうして私だけじゃないのよ!どうして双子なのよ!私だけでよかったのよ、お前なんかいなくても、聖女としての名誉も力も結婚相手も、全部私一人が得られればよかったのよ!あんたなんか!いなきゃよかったのに!」
ルシアの怒号が響いた瞬間、ダリオスとガイズからドンッと重苦しい殺気のような空気が発せられる。二人は、まるで夜叉のようにルシアを睨みつけていた。だが、ルシアはそんな二人などお構いなしにセイラへ罵倒を浴びせ続ける。
「呪ってやる、あんたなんか呪ってやるんだから!レインダムで聖女気取りでいい気になってられるのも今のうちよ!どんな手を使っても蹴落としてやるんだから!地を這って土を舐めるような思いを絶対にさせてやる!」
「いい加減にしないか!」
突然、国王の声が鳴り響いた。さすがのルシアも驚いて目を見開き国王を見つめる。国王は、いつものように開いているかわからないほどの細い目でルシアを見つめているが、その表情は険しい。
「よいか、ここはレインダムの謁見の間だ。元ポリウスの堕落した元聖女が自分勝手にわめいていい場所ではない!そして、セイラはレインダムの聖女であり、最強の騎士であるダリオスの妻だ。そのセイラを侮辱するような真似は国王である儂が許さん。元聖女ルシアよ、地を這い土を舐めるような思いをするのはお前のほうだ、心しておけ」
国王は重苦しく響く声でルシアへ宣告する。国王の雰囲気と声に圧倒され、ルシアはもう声が出ない。
「陛下、お許しが出るのであればこの女の首を私が落とします。今ここで、すぐに。元ポリウスの騎士団長として、元聖女の罪をこの手で裁く責任があります。どうかお許しをいただけませんでしょうか」
ガイズがそう言って胸に片手を当てて小さくお辞儀をする。言葉も仕草も丁寧だが、明らかに本気だ。そのガイズの言葉に、ルシアはひっと小さく悲鳴を上げた。
(そんな、ガイズ!今すぐにルシアの首をはねるだなんて……)
ルシアのしたことは到底許せることではない。だが、ガイズがわざわざ手を下す必要はないし、セイラはルシアに今すぐ死んでほしいとも思っていないのだ。セイラが驚いてガイズと国王を見つめると、国王は顎を片手でゆっくりとなでながらふむ、とつぶやいた。
「ガイズよ、そなたの怒りは重々承知じゃ。元ポリウスの騎士団長としての責務を果たしたいと言う気持ちもよくわかる。だが、そこにいるのは、お前が手を下す価値もない女だ。その手をこんな女のために汚す必要はない。そなたのその手には、レインダムのためにこれからたくさん力を奮ってもらわねばならぬ。それに、何よりもそなたがその女の首をはねることをセイラは望まないであろうからな」




