48 表聖女と裏聖女
コンサバトリーでセイラの隣に座り、ダリオスは本を開きながらポリウスでの出来事を思い出していた。
(ガイズ殿があの不審な男に対してセイラを庇った時の言葉に嘘はないだろう。あれだけの怒りを宿した表情と声にもしも偽りがあったとしたなら、もはやトップクラスの役者だな)
セイラを侮辱された怒りを抑えようとしながらも、抑えきれないほどのものがガイズからは滲み出ていた。だからこそ、その場の誰もが恐怖に慄き何も言えなくなったのだ。
(だが、捕まる直前に男は話が違うと言おうとしていたし、それを制すようにガイズ殿は男の腹に拳を入れて黙らせた。あれは絶対に何かある)
アレクと密会していたことが関係しているのだろうか。オエルドの人間が潜り込んでいるという報告も、確信が持ててからするつもりだったと言ってはいたが、本当にそうだろうか?ガイズは何かを隠している。
(一体何を隠している?セイラを悲しませるようなことはしないはずだが、それにしたって怪しすぎる。レインダムを許せない気持ちと、セイラを悲しませたくない気持ち、その両方に迷っているのか?アレク殿下がどう言ったかは知らないが、ガイズ殿が簡単に気持ちを揺らがせるほど弱い男だとは思えないが)
そんなことを考え込んでいたら、突然セイラが謝罪してきた。自分が街を歩こうと言ったせいであんなことになってしまったと、本当に申し訳なさそうに謝っている。恐らくは、本も全く読めずお茶にも手をつけないダリオスに対し、申し訳ないと思ったのだろう。
(セイラは何も悪くない。むしろ、そんな風に気をつかわせてしまう自分に腹が立つ)
ダリオスはセイラのすぐそばまで距離を詰めて話をすると、セイラが優しく微笑んだ。その微笑みを見た瞬間、ダリオスの心は一気に解れ、ダリオスもいつの間にか微笑んでいた。
(きっと、今の俺は情けない顔をしているんだろうな)
そんなダリオスに対して、セイラはただひたすら、自分にできることがあるならと寄り添ってくれる。ダリオスはそんなセイラの優しさとひたむきさにいつも救われ、愛おしさが溢れ出るのだった。
(俺は、セイラをどんなことからも守りたい。ガイズ殿がもしこちらを裏切ってアレク殿下と共謀して謀反を起こすようなことがあれば、俺はガイズ殿に剣を振り下ろすだろう。躊躇いはしない、絶対に。だが、俺がガイズ殿を殺してしまうことも、ガイズがこちらを裏切ってしまうことも、そのどちらにもセイラは悲しむだろうな)
セイラが悲しむ姿は見たくない。どうか、ガイズには間違いを犯してほしくないと思う。ガイズもセイラが悲しむことは絶対にしないはずだ。そう信じていたい。
セイラの頬に自分の頬を擦り寄せると、セイラも優しく頬を擦り寄せてくれる。セイラの肌のぬくもりと柔らかさに、ダリオスの体は焼け焦げるような熱さが込み上げてくる。
(どうか、セイラの幸せが失われることがないように)
ダリオスは切に願いながら、セイラの唇に自分の唇を重ねていた。
*
それから一ヶ月が経ち、この日セイラたちはレインダムの王城、謁見の間に召集されていた。その場にはレインダムの国王、第一王子のアレク、騎士団長のバルト、魔術師のクレア、ダリオス、セイラがいた。第二王子であるアルバートは、外交のため出立していて不在だ。
「アレクよ、話があると皆を集めたようだが、話とは一体なんだ?」
相変わらず開いているのかわからないような瞳をアレクに向けて、国王は静かに聞いた。そんな国王に対し、アレクはフッと怪しげな微笑みを浮かべて口を開く。
「ええ、今日は大事な話があって皆を集めました。まずは、俺の妻となり、未来の王妃となる女性を紹介しましょう」
そう言ってアレクが横にあるドアの一つの前へ歩くと、ドアの前に立っていた兵士がドアを開ける。そこから現れた女性を見た瞬間、アレク以外の人間の両目が大きく見開かれる。セイラは、思わず名前を呼んでいた。
「ルシア……!」
その場に現れたのは、鮮やかなドレスを身に纏ったルシアだ。アレクの腕に自分の腕を絡め、意気揚々と謁見の間へ足を踏み入れる。
「アレクよ!どうしてその女がここにおるのだ、どうして牢獄から出ている」
国王が顔を顰めてそう言うと、アレクはフン、と鼻で笑いルシアに視線を落とす。ルシアはアレクを見上げ、にっこりと微笑んだ。
「父上、ルシアは俺の妻となる女性です。牢獄に入れておくのはおかしいでしょう?彼女こそこの国の聖女にふさわしい」
「お前は何を言っているのだ」
「彼女はポリウスでは表の聖女でした。姉のセイラに聖女の力を奪われたせいで彼女は聖女として生きていくことができなくなった。ですが、今までのようにセイラが裏聖女として祈ってさえいれば、何も問題はありません。表舞台でのことは全てルシアに任せればいい。今までだってそれでうまくいっていたんだ。こんなに美しい可憐な女性が、一人牢獄で過ごしているのはあまりにも可哀想すぎる」
そう言って、アレクはルシアの頬をそっと撫で付けると、ルシアもそれに応えるかのように頬を擦り寄せ、うっとりとした顔でアレクを見上げる。それを見て、アレクは満足そうな顔をし、それを見たルシアはほくそ笑んだ。
「別に聖女の力がなくても、セイラが裏で祈ってさえいればルシアは聖女として存在していられるんですよ。それの何が問題だと言うんです?」
「お前は自分が何を言っているのかわかっているのか。その女は聖女の力を奪われたのではない、自ら祈ることをやめたがゆえに力を失ったのだ。そんな女を、この国の聖女として置くことなど絶対に許さん。ましてや、第一王子であるお前の相手になど、儂だけではない、この場の全員が許さぬぞ。お前はその女に騙されている。お前が第一王子だからというだけで、その女はお前に近づいたに決まっておろうが」
普段は開いていないかのような瞳をカッと見開き、国王ははっきりと言い切る。だが、アレクはそんなことを気にも止めない様子だ。
「あなたたちに許してもらわずとも構いませんよ。それに、俺が第一王子だからルシアが俺に靡いているのは承知の上です。俺だって、ルシアが見た目も体も俺好みの女だから一緒にいる、それだけです。両者の利害が一致してるんですよ。それの何がいけないんですか?」
アレクがそう言ってルシアに視線を向けると、ルシアはにっこりと微笑んでアレクの体にもたれ掛かる。
「元聖女ルシアよ。アレクは第一王子ではあるが、儂はアレクに王位を継承するつもりはない。まだ様子を見るつもりではあったが、これではっきりとした。息子ではあるがそやつは王としての器を持たぬ。この国を任せることはできない。残念だったな、そなたはこの国の聖女にも、王妃にもなれることはない」
国王がそう言うと、ルシアは悲しむどころかニヤリと笑みを浮かべた。
「それがなんだって言うんです?この国がアレクのものにならないと言うなら、奪えばいい。ねえ、そうでしょう?」
ルシアがそう言ってアレクを見上げると、アレクはククク、と嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだ。そういうことなので、父上、この国は俺がいただくことにしました。協力者もちゃんといます。入れ」
アレクの声が響くと、謁見の間の一番後方の扉が開き、騎士たちが入ってくる。
(あれは、ポリウスの騎士たち!?どうしてここに?)
セイラが愕然としてしていると、今度はルシアが入ってきたドアから、一人の男性が姿を現す。その姿を見て、セイラはさらに絶句した。




