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47/67

47 疑惑

「何の騒ぎだ!」


 群衆をかき分けてセイラたちの前に出てきたのは、緑がかった黒髪の短髪に若草色の瞳、がっしりとした体格の騎士、ガイズだった。


「ガイズ!」


 セイラが思わず名前を呼ぶと、ガイズはセイラとダリオスを見て一瞬目を見開き、すぐに真顔に戻って小さくお辞儀をする。そして、柄の悪い男へ冷ややかな視線を向けた。


「これはこれは騎士団長様。今、この国を裏切った聖女様と敵国の騎士を糾弾していた所なんですよ。騎士団長様も、二人を憎く思ってらっしゃるでしょう?この国がレインダムに乗っ取られたのはこの二人のせいです。あなただって本心ではそう思っているはずだ」


 柄の悪い男はニヤついた顔でガイズに言う。周りにいた人たちも、口々にそうだそうだ!と囃し立てた。


「……お前、ポリウスの者ではないだろう?ポリウスの者であれば、聖女様に対してそのような暴言は吐かないはずだ」

「は?いや、何を言って……聖女様と言ってもこの女は裏切り者ですよ?この女がレインダムへ嫁いだせいで、結果ポリウスはレインダムの領地になってしまったんだ。元凶はこの聖女ですよ!」


 柄の悪い男がそう言った瞬間、ガイズの表情がこの世のものとは思えないほど恐ろしいものになる。その表情を見た人間は皆心臓が一瞬で凍りつくかのようだった。セイラもあまりの豹変ぶりに驚き唖然とする。ダリオスだけは、ただ真顔でガイズを見つめていた。そして恐ろしい表情のまま、ガイズは柄の悪い男に向かって口を開く。


「この方が今までどれほどポリウスに尽力して来たのかお前は知らないのだろう?知らない人間が知ったような口をきくな。それに、この方がレインダムに嫁いだことが元凶だというのなら、それをこの方に命じた国王が元凶ということになる。お前は、ポリウスの国王に対してそのような考えを持っているのか?いくら国王が失脚したとはいえ、その考えは不敬に値するが」


 ガイズの恐ろしいまでの低い声がその場に鳴り響く。先ほどまでの騒ぎが嘘のように、その場が静寂に包まれる。


「は、はは、いやぁ、騎士団長様は真面目ですね。ちょっとした冗談ですよ。ははは、それじゃ、俺はこの辺で……」

 そう言って逃げ出そうとする男の前に、騎士が二人立ちはだかり、ガイズが二人に指示を出す。


「この男は不審者だ。連れていけ」

「はっ」

「は?ふざけるな!聞いていた話と違……グアッ!」


 男が喚き始めたその時、ガイズが男の腹に一撃を食らわす。すると、男は気を失いその場に崩れ落ちた。そんな男を、騎士の二人が両側から抱えて連行していった。ガイズが周囲に視線を送ると、先ほどまで男と一緒になって騒いでいた人たちは一斉に小さく悲鳴をあげる。そして、歩みを止めていた人は慌てて歩き出し、露店の店員はそそくさと店に戻っていく。それを見てガイズは小さくため息をつくと、セイラたちに視線を戻した。セイラが小走りでガイズの元へ駆け寄り、ダリオスは少し後ろを歩いてきた。


「ガイズ、助けてくれてありがとうございました」

「いえ、民衆が騒いでいるから何かと思えば、まさかお二人がいらっしゃるとは思いませんでした」

「すみません。ガイズの手を煩わせてしまいましたね」


 セイラが申し訳なさそうにそう言うと、ガイズは表情を変えずに首を振る。


「いえ、お二人を助けることができてよかったです。最近、オエルド国の人間がポリウスの人間のふりをして民衆を焚き付けているという噂を耳にして、巡回を強化していたところだったんです。ちょうど捕まえることができてよかった」

「オエルドの人間が?レインダムにはまだそのような報告は受けていないが」


 ダリオスがガイズの話を聞いて顔を盛大に顰める。オエルドはポリウスとレインダム両方に接する国で、レインダムとはあまり仲が良くない。


「まだ噂の段階で信憑性がなかった。確信が持ててからそちらに報告しようと思っていたところだ」


 ガイズが落ち着いた様子でダリオスに言うと、ダリオスは目を細めてガイズを見つめる。それは何かを探っているかのような表情だが、ガイズは意に介さない様子でセイラに視線を向けた。


「セイラ様、まだオエルドの者が他にもいるかもしれません。せっかく街の中を歩いている所申し訳ありませんが、今回はレインダムにお帰りになる方がよろしいかと」

「わかりました。何かあれば、報告をお願いします。それから、あまり無茶はしないでくださいね」

「……かしこまりした」


 ガイズの表情が一瞬なんともいえない複雑な表情になるが、すぐに真顔になり胸に手を当ててお辞儀をする。セイラは気が付かずに微笑んでいたが、ダリオスはその一瞬の表情を見逃さず、ガイズを真顔で見つめていた。





 屋敷に戻り、コンサバトリーでセイラとダリオスはお茶をしながら読書をしていた。二人がけのソファに座っているが、二人の距離はいつもより離れている。ダリオスはお茶に一度も手をつけず、本も読んでいるようで実際は読んでいない。ずっと考え事をしているようだ。


(ダリオス様、屋敷に戻ってからずっと真剣な顔をなさっているわ。本もページが進んでいないようだし)


 本来であれば、二人で街の中を歩きダリオスにポリウスをもっと知ってもらおうと思っていた。だが、あんなことがあったのだ、当分は街中を気軽に出歩くこともできないだろう。


「ダリオス様、申し訳ありません。私が街を歩こうなんて言ったばかりに、あんなことになってしまって」


 セイラが申し訳なさそうに謝ると、ダリオスはハッとして慌てたように本を閉じ、セイラのすぐ隣まで距離を縮める。


「セイラが謝ることじゃない。むしろ、オエルドの人間が入り込んでいると知れたんだ、よかったよ。……!ああ、でも、二人で街を歩けなかったことがよかったとかではなくて」


 ダリオスが慌ててそう言うと、セイラはフッと穏やかに微笑む。それを見て、ダリオスも肩の力が抜けたように微笑んだ。


(よかった、少し力が抜けたみたい)


「わかっています。だからそんなに慌てないでください。でも、何か気がかりなことがあるなら、私でよければ話してくださいね。一人で考え込むより、吐き出したほうが良い考えが浮かぶこともありますから」


 セイラがそう言うと、ダリオスは目を見開いてから眉を下げてまた優しく微笑んだ。


「ありがとう、確かにそうだな。でも、今はセイラとの大事な時間だ。この時間も、俺にとってはかけがえのない時間だから」


 そう言って、ダリオスはセイラの腰に手を回し、もう片方の手でセイラの頬を優しく撫でる。そして、セイラの頬に自分の頬を擦り寄せた。


(ダリオス様、もしかしてはぐらかしているのかしら?それとも、甘えている?私には話しにくいことなのかも知れない。お仕事のことだとしたら私が聞いてもわからないことかも知れないし、仕方ないことかも知れないけど……)


 役に立ちたいのに、役に立てない自分がもどかしい。だが、今の自分にできることはただダリオスに寄り添うことだけだ。いつか自分にも話せるようになった時には、必ず話してくれる。ダリオスはそういう人だとセイラは確信していた。だからこそ、今はただ、ダリオスに静かに寄り添うだけだ。


 頬を擦り寄せたダリオスは、セイラの瞳をじっと見つめ、そのまま唇を重ねる。


(ダリオス様の肩の荷が、せめて今だけでも軽くなりますように)


 そう思いながら、セイラはダリオスが求めるままに口づけを受け止めた。



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