45 聖女と騎士団長の気持ち
「ガイズ殿のことを、どう思っている?」
真剣な顔でそう尋ねるダリオスに、セイラは何を言われているのかわからず、キョトンとしてしまう。
「どう、と言いますと?ガイズは元ポリウスの騎士団長としてとても優秀で信頼できる騎士だと思っていますが」
「それは、よくわかっているし、俺もそう思っているよ。そうではなくて……」
そこまで言って、ダリオスはまた口をつぐむ。綺麗なエメラルド色の瞳をあちこちに揺らしながら、セイラを見て口を開き、また閉じるを何度も繰り返している。
(ダリオス様、一体何を聞きたいのかしら?こんなに動揺しているダリオス様は初めてかも知れない)
「あの、私の理解力が足りないなら申し訳ないのですが、ダリオス様のおっしゃりたいことがよくわかりません。ダリオス様は、ガイズについて何か知りたいのですか?もしそうであれば、私の知っている限りのことであればお伝えしますが……と言っても、ガイズと特別仲が良いわけでもありませんし、お伝えできることはそんなに多くはないかも知れませんが」
セイラが少し困ったようにそう言うと、ダリオスは慌てて口を開いた。
「ああ、違う、そうじゃないんだ。ごめん、セイラに余計な気をつかわせてしまった。俺が聞きたいのは、その……ガイズ殿のことを、男性として好ましく思ったことがあるか、ということなんだ」
そこまで行って、ダリオスは片手で顔を覆ってはあーっと大きくため息をついた。セイラはダリオスの質問にまたキョトンとしている。
(男性と、して?好ましく思ったことがあるかどうか?ガイズを?)
セイラの頭の上に、はてながたくさん浮かぶ。そして、セイラはフフッと小さく微笑んだ。
「ダリオス様、それはありえません。私は、ガイズのことを騎士としては尊敬していますし信頼していますが、それ以上もそれ以下にも思ったことはありません」
「でも、彼とはポリウスにいた頃、よく一緒に行動していたんだろう?仲が良かったんじゃないのか?」
「確かに任務の際にはガイズに護衛してもらっていましたけど、それだけですよ。特別仲が良くていつも一緒にいたわけでもありませんし」
「そう、なのか……」
視線を泳がせながら、ダリオスはほっとしたような、でもまだ不安そうな、複雑そうな表情をしている。
「それに、私は裏聖女としてひっそりと生きてきました。男性と特別親しくなることは全くありませんでしたし……男性を、異性として好ましく思ったのは、その……ダリオス様が初めてです」
セイラがそう言ってほんのりと顔を赤らめると、ダリオスは両目を見開いてセイラを見つめる。そして、顔を両手で覆って唸り出した。
「ダ、ダリオス様!?」
「ごめん、セイラがあまりにも可愛いくていじらしいことを言うものだから、理性がはち切れそうなのを抑えるのに必死なんだ」
(えっ!?そ、そんなこと……)
ダリオスの言葉にセイラはさらに顔を赤くする。ダリオスは顔をブルブルと大きく振りながらフーッと息を大きく吐く。そして、セイラを見つめて優しく微笑んだ。
「セイラにそう言ってもらえて嬉しいよ。本当に嬉しい。……でも、セイラがガイズ殿をなんとも思っていなかったとしても、ガイズ殿はどうかわからないと思うんだ」
ダリオスが躊躇いがちにそう言ってセイラの片手をそっと握る。ダリオスは不安そうな顔をしているが、セイラはそれを聞いて目を丸くし、すぐにくすくすと小さく笑う。
「そんな、それもありえません。ガイズは私を国の大事な聖女としか思っていませんし、だからこそどんなことがあっても私を守ると決めて行動してくれているんです。ガイズの忠誠心は並大抵のものではありません。私はそんなガイズのことを尊敬しています。だから、ガイズに対してダリオス様が言うようなことを思うのは、ガイズに失礼な気がしてしまいます」
セイラがそう言って困ったように優しく微笑むと、ダリオスはそれを見て一瞬眉を顰め、すぐに眉を下げて微笑む。そして、セイラをぎゅっと抱きしめた。
「ダリオス様!?」
「はあ、すまない。セイラのこととなると、俺は随分と臆病になってしまう。でも、ちゃんと話を聞けて良かった。ありがとう、セイラ」
ダリオスの言葉に、セイラはフフッと嬉しそうに笑って、ダリオスの背中に手を回す。
「心配事は無くなりましたか?そんなに心配しなくても、私はダリオス様のことしか見えていません」
「……ああ、ありがとう。俺もセイラのことしか見えてない」
そう言って、ダリオスはぎゅっとセイラを抱きしめる。それから、体を離してセイラの額に優しくキスを落とした。
「寝る間にすまなかった。今日はゆっくり休んで」
そう言って、優しくセイラの髪を撫でると、ダリオスはベッドから立ち上がる。だが、ダリオスの袖がクイッと引かれてダリオスの足が止まった。ダリオスが驚いて振り返ると、セイラも自分で自分のしたことに驚いた顔をしている。
(っ!私ったら、思わず袖を引っ張ってしまったわ!)
「す、すみません!」
「……そんなことしたら帰りにくくなってしまうよ。今日はセイラにはゆっくり休んでもらいたいんだから。それに、俺も今日はこの後まだ仕事が残っているんだ」
ダリオスが困ったように微笑むと、セイラは顔を真っ赤にして小さく頷いて手を離した。そんなセイラを、ダリオスは愛おしそうに見つめる。
「おやすみ、セイラ。愛してるよ」
*
執務室に戻ったダリオスは、椅子に座ってフーッと息を大きく吐いた。
(セイラはガイズのことを本当に騎士として尊敬しているだけだ。それに、男として好ましく思ったのは俺だけだとも言ってくれた。あんなこと言われたら、あの場で押し倒してめちゃくちゃに愛してしまいたくなる。理性でなんとか堪えた自分を褒めてやりたい)
机に肘をついて両手を組み、額をつけてまたフーッと大きく息を吐く。思い出しただけで体が熱くなるのを感じてダリオスは小さく苦笑した。
(あの様子だと、セイラは全くガイズ殿の気持ちに気がついていないんだろうな。ガイズ殿も徹底して気持ちを隠し切っているんだろう)
ガイズの様子から、少なからずガイズはセイラを聖女としてだけではない気持ちを持っているはずだ。だが、セイラはそれに気づいていない。セイラにとって、ガイズは信頼できる騎士団長というだけなのだ。
(これからも、ずっと気づかないでいてくれて構わない。気づいたところで、セイラは気持ちに応えられないことに少なからず傷つき、悲しむだろう。もしかしたら、相手の気持ちに気づかなかった自分自身を責めるかもかもしれない。セイラは優しいからな)
だが、そんなことはガイズも望んでいないはずだ。だからこそ、セイラには気持ちが気づかれないように徹底して忠誠心の高い頼れる騎士団長として在り続けているのだ。その姿勢は男としても騎士としても褒め称えたいほどのものだ。どうか、そのままその姿勢を崩すことなく貫いてほしいとさえ思う。
(ガイズ殿には悪いが、セイラは絶対に渡せない。それに、セイラが悲しむこともしてほしくない。彼ならセイラを悲しませることは絶対にしないはずだ。だが、アレク殿下とセイラの妹君がどんな手を使ってくるか……)
ガイズに謀反を起こさせるために、あの二人はよからぬ手立てを企てているかも知れない。絶対にそんなことをさせないためにも、どんな些細なことでも見逃すことはできないのだ。
ダリオスは顔を上げると、真剣な表情で机の上の書類に目を通し始めた。




