43 気掛かり
「なるほど、アレク殿下とガイズ殿が密会ですか。厄介ですね」
ダリオスの目の前に座っているクレアが、神妙な面持ちでつぶやく。
アレクとガイズの姿を見かけたダリオスは、その後すぐにセイラを連れてレインダムへ戻ってきた。そしてその翌日。ダリオスはクレアの元を訪れ、元ポリウスの城で見た光景を話していた。
「第一王子ともあろうお人が元敵国にやってきて、しかも元敵国の騎士団長と二人きりで会っていたなんてあまりにも怪しすぎます。恐らくはセイラ様の双子の妹君の口車か何かでしょうね」
「やはりそう思うか」
「アレク殿下はセイラ様の妹君に頻繁に接触しているようですし、最近では妹君を牢獄から出そうとしているとか」
「は?一体何を考えているんだ!?」
クレアの話に、ダリオスは顔を盛大に顰めて信じられないと言わんばかりの表情だ。
「妹君に唆されている可能性はあります。妹君も、見た目だけであればセイラ様に劣らない美貌ですからね。流石に、牢獄から出すのは国王が許さなかったようですが」
「当たり前だ。そんなことが罷り通ってたまるか」
(本当に、第一王子ともあろう人間がすることではない。国王もさぞかし心労が溜まっているだろうな)
はあ、と盛大にため息をついてダリオスは片手で顔を覆う。
「とにかく、今後もアレク殿下には目を光らせる必要がありますね。それから、ガイズ殿も。彼に謀反を企てる気配は見られましたか?」
「……いや、そんな風には見えなかった。むしろ、セイラが困るようなことは絶対にしないだろう」
だが、自分の発言でガイズが自分に対して不信感を持ったのは間違い無い。セイラがその場を取り持ち、ガイズの騎士としての誇りを立て直してくれたからよかったものの、ダリオス自身も少しキツく言いすぎたと反省していた。
「俺は彼を信じたい。だが、それでもやはり注意はしておく必要がある」
「そうですね。そちらも目を光らせておきましょう」
(セイラが悲しむようなことにだけはなってほしくない。そのためにも、間違いが起こる前にどんな些細な芽でも摘み取る必要がある)
ダリオスはセイラのことを思い、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
「そういえば、今回はセイラ様は倒れたりすることはありませんでしたか?」
「ああ、クレアの腕輪のおかげで聖女の力を大幅に消耗し続けることはなかったようだ。常に身につけていたようだったから、役に立ったんだろう。これは返しておくよ」
そう言って、ダリオスは箱をテーブルに置いてクレアの方へ差し出した。その箱は、セイラたちが旅立つ前にクレアが腕輪を入れておいた箱だ。中には綺麗に腕輪が並べられている。
「それならよかったです。本当はセイラ様自身にもお話を聞きたかったのですが……」
そう言ってクレアはチラ、とダリオスを見ると、ダリオスは思わずウッ、と言葉に詰まる。
「その様子だと、自分にまでセイラ様とはあまり会わせたく無いご様子ですが、そんなにですか?」
呆れたようなクレアに、ダリオスは少しだけムッとする。そして、すぐに小さくため息をついた。
「俺だってクレアのことは誰よりも信頼している。セイラとだって自由に会って話をしてくれて構わないと思っているんだ。……思ってはいるが、いざ二人が楽しそうに話をしている姿を見ると、どうしても胸の中がざわついて仕方ないというか、見ていたくないと思ってしまう」
渋い顔で申し訳なさそうにそう言うダリオスを見て、クレアは苦笑した。
「本当に、ダリオス様はセイラ様が大切で仕方ないのですね。でも、そこまで嫉妬深いとは思いませんでした。それこそ、元ポリウスではセイラ様を慕っている騎士たちも多かったのでは?」
クレアに言われて、ダリオスは神妙な面持ちになる。ガイズのことを思い出して、拳をまた強く握りしめた。
「……ああ。セイラは元ポリウスで本当に聖女として愛されている。嬉しい反面、正直あまり良い気持ちにはならないから困ってしまう」
(ガイズ殿はセイラを聖女として大切に思っているのだろう。だが、時折、それだけではない気持ちを抱えているのではと思えるような態度が、ほんの一瞬だけ見える。あれは、見過ごすわけにはいかない)
恐らくセイラは何も気づいていない。むしろ、これからもずっと気づかないでいてほしいとさえ思う。ガイズもセイラにその複雑な気持ちをわかってほしいとは思っていないのだろう。
だが、セイラが結婚したという事実がガイズの中でじわじわと大きく広がっていて、そのせいでセイラに対する気持ちがいつかガイズ自身も隠しきれなくなってしまうとしたら。
ダリオスの中で、ガイズは一番セイラに近づけてはいけない人物になっていた。
「ダリオス様、あまり眉間に皺を寄せてばかりいると、セイラ様に嫌われてしまいますよ。あまり根気を詰めすぎないようにしてください」
クレアが眉を下げてそう言うと、ダリオスはハッとしてから苦笑する。
「……そうだな」




