41 口づけ
「セイラが無事で本当によかった……!」
不安げに揺れるダリオスの瞳を見て、セイラは思わず驚く。いつも冷静で動揺することがないダリオスが、今はセイラの顔を見ながら今にも泣き出しそうな顔をして少し震えている。
(こんなに動揺してるダリオス様は初めてだわ)
「ダリオス様、どうしてそんな……」
「駆けつけるのが間に合って本当によかった。ほんの少しでも遅れていたら今頃セイラは……考えただけで耐えられない!」
そう言って、ダリオスはまたセイラをきつく抱きしめる。離してなるものかと言わんばかりの気迫に、セイラは驚きながらもダリオスの背中に手を回した。
「ダリオス様……大丈夫です。ダリオス様が来て下さったおかげで、私もみんなも無事でした。本当に、ありがとうございます」
ダリオスの背中を優しくさすりながらセイラが言うと、ダリオスはまたセイラをぎゅっと抱きしめる。そして、ゆっくりと体を離してセイラの左手を掴み、セイラの左薬指の指輪をそっとなぞった。
「この指輪が君の危険を知らせてくれたんだ。慌てて転移魔法を発動してあの場に到着した時には心臓が止まる思いだったよ。もう二度と、あんな思いはしたくない」
「そうだったんですね……!」
ダリオスからもらった、セイラを守る魔法が施された指輪だ。セイラはきらりと光る指輪を見て、静かに微笑んだ。
「本当に、この指輪は私を守ってくれているんですね。いつでもどこでも、ダリオス様とつながっている。そう思うととても嬉しいです」
セイラが嬉しそうに微笑むと、ダリオスは困ったような、そして少し怒ったような顔をしている。
「君はさっきあれだけ危ない目に遭ったことをもう忘れたのか?そんな笑顔を向けられると拍子抜けしてしまう」
「ふふふ、すみません。でも、ちゃんとダリオス様が来てくださったでしょう?だから、私は本当に嬉しいんです」
「はあ、セイラには敵わないな」
そう言って、ダリオスは小さくため息をついてから眉を下げて微笑んだ。そんなダリオスの頬に両手を添えて、セイラは優しくダリオスを見つめる。
「私がもっとしっかりとした判断をして行動していれば、きっとダリオス様をあんな風に不安にさせることもなかったんですよね。本当に申し訳ありません。これからは、ダリオス様に心配をかけないように心がけます」
セイラの言葉に、ダリオスの美しいエメラルド色の瞳は大きく開かれる。そして、すぐに真剣な瞳になって、ダリオスはセイラの両手首をそっと掴んで片方の手に頬を擦り寄せた。
「いや、それよりも、もう二度とセイラがあんな危険な目に遭わないようにすればいいだけのことだ。これからはやっぱり俺が絶対に同行するよ」
「でも、ダリオス様だってお忙しいですし……」
「忙しいことを理由にして君を失ってしまうことの方が恐ろしいよ。どんなに忙しかろうが、俺は絶対にセイラと共に行動する。セイラを守れるのは俺だけだ」
そう言って、ダリオスは掴んだセイラの手に小さくキスを落とす。そのまま、何度も優しくセイラの両手にそれぞれキスしている。
「ダリオス様、くすぐったい……!」
「俺に心配をかけたんだ、これくらいいいだろう?」
フッと不敵に微笑んだかと思うと、そのまままたキスを繰り返した。
(うっ、ダリオス様の色気が半端ないわ……!とてもくすぐったいし、ダリオス様の唇の感触もわかりすぎてなんだか恥ずかしい)
セイラが顔を赤らめて身を捩っていると、ダリオスはキスをしながらチラリとそれを見て満足げに微笑む。
「明日も大変だし、この続きは浄化が終わって屋敷に帰ってからにしよう。覚悟しておいてくれ」
「……っ!」
セイラが顔を真っ赤にして見つめ返すと、ダリオスは嬉しそうに笑ってから、セイラの部屋をゆっくりと眺め始めた。
「そういえば、ここがセイラが過ごしていた部屋なんだな」
「はい、そうです。何もない殺風景な部屋ですけど、私にとっては安心してゆったりと過ごせる唯一の場所でした」
「……思っていた以上に狭いな。いくら裏聖女とはいえ、この部屋でずっと過ごしていたのか?きっと、妹君の部屋は違うのだろう?」
「そう、ですね。ルシアは表の聖女なので、部屋は広いですし何でも買い与えられていました。羨ましいと思ったことは小さい頃だけで、いつの間にかそういうものだと思っていたので、別に苦にもなりませんでした」
眉を下げて微笑むセイラを見て、ダリオスは少しだけ顔を顰める。
「レインダムに来た時、部屋を見て広くて綺麗だと驚いていただろう。そのことを不思議に思っていたが、ここを見て合点はいったよ。君は本当に裏の聖女としてひっそりと生きていたんだな」
そう言いながらセイラを見つめるダリオスの瞳は、慈愛に満ちている。
「レインダムに来てくれて本当に良かった。セイラはもう裏聖女ではないし、レインダムでは正当な聖女だ。もう誰かの影でいる必要はない」
ダリオスの言葉と優しい表情に、セイラの心に温かいものがふんわりと広がっていく。
「ありがとうございます。ダリオス様と出会えて、レインダムに行くことができて、本当によかったです」
(レインダムへ行けと言われた時はどうなってしまうのだろうと思ったけれど、私は今、本当に幸せなんだもの)
セイラが嬉しそうに微笑んでそう言うと、ダリオスはセイラの表情を見て心底嬉しそうに微笑む。そして、セイラの肩を優しく掴むと、いつの間にかダリオスの顔はセイラのすぐそばまで来ていた。
(ダリオス様……)
気づいた時には、ダリオスの唇がセイラの唇に重なる。そのまま、ダリオスは何度も啄むように優しくセイラにキスをした。
「ダリオス様、さっき続きは屋敷に戻ってからだっておっしゃったのに」
「続きは屋敷でだけど、キスは今してもいいだろう?俺は、セイラにキスをしたい」
額と額を合わせながら、ダリオスはフフッと微笑む。セイラもつられて微笑むと、ダリオスはまたセイラに優しくキスをした。




